これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈る、ジャムセッション講座シリーズ第7回。
前回、ジャムセッションの現場を体験レポートしたライターの千駄木。そこで紹介できなかった感想と本音を、担当編集者と語りあう。
【今回の登場人物】
編集者 ヤマシタ
本誌編集者。40代男性。ライター千駄木とともに当連載企画をスタート。音楽はジャンルを問わずなんでも聴く。学生時代にファンクバンドでドラム経験あり。ライター千駄木に無理難題を吹っかけて楽しむ悪人。
千駄木 雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。29歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。コロナ禍でステイホーム中、久々にギターを触りジャムセッションに興味を持つ。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという十字架を背負っている。先日、自著『奨学金、借りたら人生こうなった』(扶桑社新書)が「東洋経済オンラインアワード2022」のMVPを受賞。
外国人奏者のステージ度胸
編集ヤマシタ 前回はジャムセッションの有名店「イントロ」に行ってレポートしてもらったけど、初めてのジャムセッションの現場はどうだった?
千駄木 “怖い場所” という先入観があったので、和やかさに拍子抜けしました。とはいえ緊張感というか凛とした空気も漂っていて、その雰囲気が心地よかったですね。ただし、自分の腕では全然レベルが足りないだろうな…ってことも感じました。
編集 あそこはプロのミュージシャンも訪れるようなハイレベルな店だからね。ところでキミ、原稿に「この日のホストプレイヤーはベースの伊藤勇司さん」とサラッと流して書いていたけど、あの人、普通にアルバムとか出してる有名なベーシストだからな。
千駄木 えぇ……。そんな凄い人とは知らず、喫煙所で「おつかれっす〜。出ずっぱりで大変っすねー」って軽口を叩いてしまいました。カジュアルでおしゃれな感じのナイスガイだったんで。
編集 お前、あの人はただのイケメンじゃねーんだぞ。アルバムとか参加作品とか聴いてみろ。音もめちゃかっこいいから。
編集 でもまあ、そういう人たちと一緒にプレイする機会を持てるんだから、ジャムセッションってすごいよな。
千駄木 しかもあの現場にいたプロ奏者は、参加者に対して圧倒的な技量の差を見せつけるのではなく、余裕で見守ってくれる感じがあって。素人の演奏もそれなりに見栄えよく演出してもらえるというか、うまく体裁を整えてくれていました。
編集 ホストの人が「みんなで楽しもうぜ! 俺もエンジョイするからよ」みたいな空気を出してくれるの、いいね。
千駄木 そう、だから参加者もみんな楽しそうなんですよ。外国人のお客さんも多くて、演奏中も「イエーイ」とか歓声を上げたり踊ったり。ただ見てるだけの僕も楽しかったんですよね。
編集 そういう雰囲気になったのはホストのお陰ではあるけど、あの日は外国人が多かったから、ってのもある?
千駄木 それもあるかもしれませんね。日本人の参加者よりも外国人の方が迷いなくステージに上がって演奏していた、っていう印象です。これは単純に「度胸がある」っていう話ではなく、音楽や演奏に対するマインドが(日本人とは)根本的に違うのかもしれませんね。
編集 まあ、少なくとも「ジャズという崇高な音楽をかしこまって聴くべし」みたいな感覚はないだろうね。ちなみに、外国人プレイヤーは学生さん?
千駄木 そうですね、ほとんどが日本の音大に通う留学生でした。だからある意味、彼らもプロ予備軍ですよね。
編集 あの店は外国人と日本人プレイヤーが交流できる場であり、また留学生同士の情報交換の場でもある。同時に、彼らの真剣な腕試しの場として、すごく刺激的な店なんだろうな。
「200曲のスタンダード」どう覚える?
編集 取材しながら、ほかに何か感じたことはある?
千駄木 ジャズのスタンダード曲をあまり知らない僕が言うのもなんですが…、あまり聴いたことのない曲が多くプレイされていた印象です。おそらく、スタンダードナンバーの中でも、ベタではない曲というか「通好みの曲」が多かったのではないか、と。
それで気になったのですが、ジャズのスタンダードってどうやって勉強すればいいんですか? そもそも、この連載では “知ってて当然” みたいに「枯葉(Autumn Leaves)」などの曲名が出てきますが、これらは読者に通じているのでしょうか?
編集 一般的には “誰も知らない” と思っていた方がいいよね。ジャズファンにとって「枯葉」は常識だろうけど、道ゆく人に「〈枯葉〉という曲を知ってますか? ちょっとメロディを歌ってみてください」って訊いたらどうだろう。正答できる人は1000人に1人くらいじゃないかな。
千駄木 ジャズファンは「そんなわけない! 5人に1人くらいは知ってるはずだ!」って怒るかもしれないけど。
編集 それは、いわゆる “知識の呪い” ってやつだよね。
千駄木 でもまあ、アンケートの対象を全国民ではなく「楽器を演奏できる人」に絞っても、知らない人の方が多いでしょうね。僕だって一応、音楽好きでギターの演奏もしてきたけど、この連載が始まって初めて「枯葉」という曲を知ったし、それが「ジャズの世界では定番曲である」ってことも初めて知ったわけですから。
ちなみに、そういう「ジャズのスタンダード曲」を効率よく覚える方法ないですか? 山下さんはどうやって覚えたんですか?
編集 うーん、10代の頃からジャズをよく聴いていて、なんとなく自然に知っていった感じ。だから「勉強して覚えた」っていう感覚ではないよ。ロックの有名曲とかヒップホップのアンセムとか、べつに覚えるために聴くわけではなく、好きで楽しいから聴いて自然に覚えていくものでしょ?
千駄木 確かに。
編集 だから、とりあえず好きなミュージシャンのアルバムの中から “ジャズのスタンダード曲を中心にやってます” っていう作品を聴くのがいいんじゃないか?
千駄木 なるほど。僕の場合、ジャズの人だとジョン・スコフィールドってかっこいいな…と感じているので、彼が演奏したスタンダード曲を聴いていくのが近道かもしれない。ちなみに彼はそういうアルバム出してるんですかね。
編集 うーん、ジョンスコで “ジャズ・スタンダード曲だけやりました” っていうアルバムはないかもな…知らんけど。まあ、彼のリーダー作だけじゃなくて参加作品まで範囲を広げれば、それなりにあるんじゃないか?
千駄木 じゃ、とりあえず片っ端から「ジョンスコが弾いたスタンダード曲」ってのを探して聴いてみます。やべ、なんか楽しくなってきた。
編集 そういう楽しさがあると前進できるよね。ちなみに録音作品だけでなく、ライブ映像なんかもものすごい数がYouTubeに上がってるから、楽しみながら調べられると思うよ。
スタンダード曲の “ベタさ” 加減
千駄木 “スタンダード曲を楽しく覚える方法” はわかったのですが、付随してもう一つ知りたいことがあるんです。それは「スタンダー度」とでもいうのか…。
編集 なんだそれ、ダジャレか?
千駄木 要するに、数あるスタンダード曲の中でも “有名な曲” と “あまり知られていない曲” がありますよね。その度合いも知りたいんです。さっきも話したとおり、高田馬場「イントロ」では、スタンダード曲の中でもあまり知られていない曲が多く演奏されていた印象なんですよ。現場にいた外国人プレイヤーも「あんまりベタすぎる曲はやりたくないよね」みたいなことを言ってたし。
編集 なるほど。たとえばスタンダードと呼ばれるものが100曲あったとして、どの曲が “ベタ” で、どの曲が “通好み” なのかを知りたい、と。
千駄木 そうです。結局、たくさん聴いてその登場頻度から推し測るしかないんですか?
編集 厳密に言うと、同じ “スタンダード”と呼ばれる曲の中でも「ジャムセッションで演奏されやすい定番曲」と「ジャズ史的に有名な曲」には多少のズレがあるんだと思うよね。そこは演奏の難易度とも関係しているんじゃないかな。たとえば、落語の「目黒のさんま」ってあるじゃん。どんな話だっけ?
千駄木 有名な古典ですよね。昔、庶民に食べさせてもらった下魚のサンマを、もう一度食べたいお殿様のために、家臣たちがサンマの骨を抜いたり、蒸したりして、最終的によくわからなくなった食べ物を提供するという。
編集 うん、じゃあ「死神」は?
千駄木 それもスタンダードですね。えーと…、まず自殺しようとしている男がいて、そこに死神が現れて…。この先がちょっとややこしくて僕では簡潔に全体を説明できないですね。サゲの部分も説明できるし、立川談志のバージョンが有名だとか、呪文のバリエーションがいろいろあることも知ってるんですけど…。
編集 「目黒のさんま」は簡潔にあらすじを説明できるけど「死神」はさらっと語れない。同じスタンダードでも、そういう差異が生まれるよね。ジャズのスタンダード曲も同じように、曲の特性によって “やりやすさ” とか “アレンジの広げやすさ” みたいな差異があるわけだ。
たとえば、さっきの「枯葉」は簡単に口ずさめるけど、「ドナ・リー」はこんな曲です、って説明するの難しいよね。
千駄木 「ドナ・リー」って、テーマのメロディが複雑というか、速いアドリブ・フレーズみたいに音符が連なってる曲ですよね。
編集 ちなみに俺は口で説明できるけどね。ほれ、こんな曲だろ?(口笛で正確に「ドナ・リー」32小節を吹く)。
千駄木 すげ〜、なんですかその芸。江戸家猫八みたいなヤツですか?
編集 この音符の並びを高速で弾くのは、ある程度の技術が必要だから初心者は敬遠しがちだよね。だから、ひと口にスタンダード曲と言っても、曲の知名度とは別に “わかりやすさ” や “演奏しやすさ” に差異があって、そうした兼ね合いでセッションの人気曲(=ベタな曲)みたいなものができるんだと思うよ。
もちろん、聴く側にとっての人気スタンダード曲と、演奏者が好むスタンダードにも相違があるだろうしね。
ジャムセッションに役立つ参考音源は?
千駄木 ちなみに、さっきの「ドナ・リー」だと、チャーリー・パーカーとマイルス・デイヴィスの有名な録音がありますけど、「ジャムセッションの名盤」みたいなものはないんですか?
編集 ん? どういうこと?
千駄木 たとえばロックだと、ウッドストックでジミ・ヘンドリックスが演奏した「星条旗よ永遠なれ」が伝説の名演として知られてますよね。あと日本語ラップだったら、さんぴんキャンプのときの「証言」みたいに、そのとき限りの有名なセッション=伝説のライブというのがありますよね。ジャズのそういった名セッションを知りたいんです。
編集 っていうか、ジミヘンとLAMP EYEを同じ土俵に上げるのか(笑)。でもまあ、言いたいことはわかる。要するに、ジャムセッションの理想形を知りたいから、その参考になるような「有名なジャムセッション録音」を聴きたい、ってことね。
千駄木 そうです。
編集 残念ながら、それは根本的な認識が間違っているかも。
ジャズ作品の中には「ジャムセッション」という設定で録られた曲やアルバムもあるし、有名なライブ録音もたくさんある。けど、そもそもジャズという音楽じたい “即興のかけ合い” を前提にしているから、ライブであれスタジオ録音であれ、楽譜があろうがなかろうが、あらかじめ「ジャムセッション的な性質」が備わってる場合が多いんだよね。
千駄木 なるほど。これもさっきの「枯葉」と同様、ジャズファンにとっては「そんなの当たり前だろ」って話なんでしょうけどね。ジャズ以外の音楽ファンはまったくピンとこないんですよね。
編集 だから “スタンダードをどう弾くか” とか “ジャムセッションでどう立ち回るか” を学ぶために既存のジャムセッション音源を探す必要はなくて、普通のスタジオ録音でも十分に参考になるよ。
実際に、スタンダード曲の演奏で「〈枯葉〉はビル・エヴァンスの演奏が有名」 とか「ジャコ・パストリアスの〈ドナ・リー〉はすごい」とかあるから、そういう名演を聴いてスタンダード曲を知っていくのも一つの方法だよね。
千駄木 それで「自分も弾いてみたい」と思う曲に出会えたら、さらにいろんなバージョンを聴いてみる、と。
ジャムセッションに役立つ動画は?
編集 ちなみに、さっき「ジャズはそもそもジャムセッションだ」とか「ライブ録音を教材にする必要はない」と言ったけど、いわゆる “ジャムセッションの現場” を捉えた映像を見るのは、立ち回り方の参考になると思うよ。
千駄木 そんな映像、どこで観れるんですか?
編集 たとえばここ、「Smalls Live Foundation」。
千駄木 うわ、なんすか?これ。
編集 ニューヨークに「スモールズ」っていう有名な店があるんだけど、そこで行われているジャムセッションを毎日ライブ配信してるんだ。夜のピークタイムは日本時間の昼くらいだからBGM代わりにダダ流しするのもいいよね。
千駄木 このチャンネル、現場の感覚を掴むのに最高の教材ですね。過去のセッション動画のストックも豊富だし。
編集 あと、こんなのもあるよ。
編集 これはアメリカのリンカーンセンターで行われた討論会で、6人の有名ミュージシャンがパネリストとして参加。テーマは「ジャムセッションのエチケットと最善策」。
千駄木 こんなプログラムをタダで聞けるなんて、すごくありがたいんですけど、もっと直接的に役立つレッスン動画とかないんですか? できればギターで。
編集 あるよ。例えばこんな(Jazz Guitar Online)。
編集 あと、ジャズ以外のジャンルも幅広くやってるのがここ(Dylan Torrance)。
千駄木 できれば日本語がいいんですけど。
編集 うるせーなー、自分で調べろよ。ちなみに日本人講師のギター指南チャンネルもめちゃくちゃいっぱいあるから、好みの先生を探すといいよ。ギターだけではなく、ジャムセッションに関する総合的なトピックを動画として上げているチャンネルもいろいろあるよ。こことか。
編集 ドラム奏者の黒田和良さんがやってるチャンネルで、ドラム演奏だけでなくジャムセッションや音楽に関するあれこれを総合的に取り上げている。
千駄木 うわ、これおもしろい。めっちゃ勉強になるじゃないですか。
編集 というわけで、こうした動画も教材にしながら上達して、今年は千駄木くんも実際にジャムセッションに参加してもらうから。ステージに立つのは学生時代以来になるのかな?
千駄木 最後に人前でギターを弾いたのは5年くらい前ですかね。先輩の結婚式の二次会で長渕剛の「乾杯」を弾きました。
編集 スタンダードだな。しかもベタな方だな。
千駄木 違いますよ。僕がやったのは、長渕が「FNS歌謡祭」で演奏して話題になった「アメリカの大統領が誰になろうとも〜」のバージョンですから。
編集 それ、まさに “伝説のライブ” のやつじゃないか。しかも「ドナ・リー」なみの高速フロウだろ。まあ、なんでもいいからジャムセッション用のギター練習しといてね。
ライター千駄木が今回の取材で学んだこと
① イントロのステージに立つにはもう少し修行が必要
② ジャズのスタンダードと古典落語の演目に共通点多し
③ そもそもジャズはジャムセッション的な様式を前提とした音楽
④ だからジャムセッションのお手本は“ライブ盤”である必要ない
⑤ でも「ジャムセッションの動画」は最高の教材である