投稿日 : 2023.01.26
【松浦俊夫 インタビュー】心地よくスリリングなリスニング体験─アルバム『TOKYO MOON -somewhere, not here-』リリース
元 United Future Organization(U.F.O.)のメンバーであり、アシッド・ジャズ草創期からグローバルに活躍してきた松浦俊夫。DJやプロデューサーなど様々な顔を持つ彼だが、最新作『TOKYO MOON –somewhere, not here-』は彼なりの審美眼により選曲されたコンピレイション・アルバムだ。松浦は interfmのラジオ番組「TOKYO MOON」で様々な曲をオンエアしてきたが、本作は同番組で流れた曲の中から、厳選された16曲が並べられている。
毎週日曜の17:00~18:00にオンエアされ、〈ふと耳にした音楽がその人の人生を大きく変えてしまうかもしれない…〉と謳う同番組は、空間や時間を超越した独自の選曲が魅力である。そんな番組と同様のフィーリングで作られた『TOKYO MOON -somewhere, not here-』は、ロバート・グラスパー・エクスペリメントのベーシスト=デリック・ホッジから、スピリチュアルな響きを帯びたジョン・コルトレーンの曲まで、ジャンルを自由自在に横断してゆく。
アフロビートとラテンのカラーが強いのも特色。実際、フェラ・クティのバンドでアフロビートを確立したトニー・アレンや、そのグループ名が端的にサウンドを物語っているアルトゥーロ・オファリル・ザ・アフロ・ラテン・ジャズ・アンサンブルなどの曲が鮮烈な印象を残す。選曲の意図からフェイヴァリットの新譜まで、松浦に話を訊いてきた。
「選曲」のクオリティとは何か
──松浦さんは interfmの「TOKYO MOON」というラジオ番組を担当されて13年になります。今回のコンピレイションは、その番組でオンエアされた曲で構成されていますね。膨大な量のストックから16曲を選ぶのは大変だったのでは?
大変でしたね。「TOKYO MOON」のコンピレイションは、2016年にユニバーサルとP-VINEから1枚ずつ出していますが、それから7年経っていますから。この7年ラジオでかけたリストの中から、ユニバーサルが現在権利を持ってる楽曲に絞り込みました。
──今、サブスクリプション・サービスで気軽にプレイリストを作れるじゃないですか。あれは楽しいし、知りあいのリストを見るのも好きなんですけど、今回のコンピを聴いて、やっぱりプロはレベルが違うなと思いました。
ありがとうございます。確かに今って誰もがDJで誰もがキュレーターという時代だと思いますが、そうした中で自分は選曲のクオリティで勝負するしかないなと思っています。
だから、すごく気合いが入っていますよ。曲順を何度も変えたり、つなぎもいろいろ試して、どう雰囲気が変わるか試行錯誤しながら作りました。流れも大事なので、起伏をつけようと微調整したりしましたね。
──ラジオでも今回のコンピでも、純粋に松浦さんがいいと思った曲だけで構成されているとは限らない、と思いました。これとこれをつなげたら面白そうだなとか、パズルのピースを埋めていくような作業でもあったのでは?
とても鋭いご指摘です。まったくその通りですね。このCDの中ではつなぎをぴったり合わせるために、もともと入れる予定だった曲を差し替えたりしています。これとこれがこうつながると面白く聴こえるはずだっていう直観は、週1のラジオをやっているので慣れています。だから単に自分が好きな曲っていうよりは、こっちをチョイスするほうがコンピレイション全体の構成が面白いんじゃないかって考えて選曲しました。
人種や国籍を越えて…
──ラジオで毎週選曲をされていたので、その経験がコンピにも反映されているのでは?
そうですね。今回のコンピレイションはCDだけでなく配信もされますが、ラジオを聴いている時と近い感覚になってもらえればいいですね。78分間、聴いていて気が付いたら終わっていた、と感じてもらいたい。あとは、今の自分の気分に合う曲しか入れない、という縛りもありました。
──今の気分というのは?
コロナ禍で自分の精神がぐらついていた時に、音楽に救われたところがありました。とくに癒やしを求めて音楽を聴いているわけではないですが、音楽を聴いたことによって結果的に癒やされたところがあって。踊れるとか踊れないっていう尺度じゃなくて、特定の曲を聴いたことによって脳が活性化したり、気持ちが落ち着いたり。そういう効果のある曲を優先的に選びました。
──あと、いろいろな国や人種のミュージシャンの曲が入っていますね。アンドレ・マヌキアンはアルメニア系フランス人、アルージ・アフタブはパキスタン出身でNY在住、カリ・ウチスはコロンビア生まれでアメリカ育ち、等々。これは意図せずそうなったんですか?
そこに注目されましたか、それも鋭いですね。おそらく、並べる時にはなんとなく意識していたと思います。この前、サッカーのワールドカップを見ていても感じましたが、やっぱり人種や国籍ってそう簡単には越えられないなって思うんです。これだけグローバルな時代になっても未だに分断が起きているわけで。
でも、音楽はその壁を越える可能性があると思います。特にジャズやインストゥルメンタルの音楽だと、言葉がない分、音そのものを聴いて何を感じるかが大事だと思うので。
選曲家が読み取る “時代の空気”
──サブタイトルの『somewhere, not here』は、直訳すると多分、「ここではないどこかへ」みたいな意味合いなのかなと思ったんですけど、どんな想いを込めましたか?
「ここではないどこか」というのはinterfmのラジオ番組「TOKYO MOON」の中でキャッチフレーズ的によく使っている言葉なんです。あと、この番組は、オンエアが日曜日の夕方だから、週末が終わるイメージでいつも選曲していて。
現実世界でいろいろ大変なことがありながらも、週末、この番組を聴いている間は、どこか遠くへ連れていかれるような気分になって欲しい。もしくは、その1時間だけは何も考えないで音楽に没頭してもらえたらというのもあり、そういう基準で選曲をしてきたつもりです。そういう意味では2時間なら2時間、集中して見る映画なんかに近いかもしれないですね。
──ここに置かれるとこうも聞こえ方が違うのか、と思う曲がいくつかありました。例えば、終盤のジョエル・ロスはジャズ系のヴィブラフォン奏者ですが、この位置にあるとアンビエント的に響きました。その配置もさすがだなと。
配置はいろいろ考えました。そのあたりは、選曲家としての自負が強いつもりなので。音楽を作る身として、自分はミュージシャンには遠く及ばないと思っています。あくまでもプロデューサーやDJとして、ちょっと先の時代の空気を読み取っていきたい。そうするためにはやっぱりたくさん音楽を聴かないとできないんです。それは昔から変わらないですね。やっぱり根っこには「選ぶ」という行為があると思っています。
──収録曲は音質も音像もバラバラだと思うんですが、マスタリングで全体のサウンドを調整するのはかなり大変だったのでは?
そうですね。U.F.O.のファーストの頃から、マスタリングを担当してくださっているエンジニアにお願いしました。もう70歳近い方ですが、僕の音楽の志向性を理解してくださっているから、すごくやりやすかったです。ここの音はこうしたほうがいいっていうのは、口に出さずとも思っていた通りになっていて。やっぱり頼りになる人だなって思いました。
“宇宙服を着た若者たち” の出現
──今年聴いて特に良かったジャズのアルバムを何枚か、教えて頂けますか?
(ジャズ・ミュージシャン、サックス奏者の)ジョシュア・レッドマンのアルバムは勿論ですが、ノンサッチから出たティグラン・ハマシアンの新作はすごく良かったです。
あと、アルバムではないですが、ボビー・マクファーリンの「Moondance」のライヴ・ヴァージョン。これは配信だけでリリースされています。それから、ベース奏者のアヴィシャイ・コーエンのリーダー作も好きでしたね。他には、マーキス・ヒル、ドミ& JD・ベックとか。
ジャズは新しい世代の活躍がすごいって実感します。日本ではMonday満ちるさん、石若駿さん、松丸契さん、和久井沙良さん等々。皆、新しいことに挑戦していると思います。言うなれば、宇宙服を着た若者がたくさん出てきたなみたいな感じですかね(笑)。
──DJの現場でかけてみて、反応があるものもたくさんあったのでは?
先ほど挙げたジョシュア・レッドマンの新しいカルテットのアルバムは、ラジオでオンエアするには明る過ぎるかなと思ったんです。でも、クラブで大きな音でかけるとそれぞれのプレイのすごさ、すさまじさみたいなものをより強く感じることができて。だから、DJでよくかけていましたね。多分、クラブでジョシュアの曲をかけるDJって、そうそういないと思います。僕と小林径さんくらいしか思い浮かばない(笑)。
だから、お客さんに「今かかっているいのは何ですか?」って訊いてもらえるのも楽しいし、そのために僕みたいなDJがいるんだって思います。クラブが開場したてで、お客さんがゼロの状態から四つ打ちがかかってたら、多分ジョシュアのような音楽に出合うことはないだろうし。そういう意外性も含めて、DJとしてもプロデューサーとしても新しい出合いを常に求め、大事にしたいと思っています。
取材・文/土佐有明
『TOKYO MOON -somewhere, not here-』
Selected by Toshio Matsuura
松浦俊夫
1990 年、United Future Organization (U.F.O.)を結成。5 作のフルアルバムを世界 32 ヶ国で 発表し高い評価を得る。2002 年のソロ転向後も国内外のクラブやフェスティバルで DJ として活躍。ま たイベントのプロデュースやファッション・ブランドなどの音楽監修を手掛ける。2013 年、現在進行形のジャズを発信するプロジェクト HEX を始動させ、Blue Note Records から アルバム『HEX』をリリース。2018 年には UK の若手ミュージシャンらをフィーチャーしたプロジェクト、 TOSHIO MATSUURA GROUP のアルバム『LOVEPLAYDANCE』をワールドワイド・リリース。