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Photo by Natisha Shapner
イスラエルで毎年行われるユニークな音楽イベントがある。「イスラエル・ミュージック・ショウケース・フェスティバル」と題されたこの催しは “ショウケース・フェス” のタイトルどおり、イスラエル人ミュージシャンの見本市のようなイベント。
ここには世界中から音楽プロデューサーやプロモーター、レーベル、スカウト、ブッキング・エージェンシー、ジャーナリストなど、さまざまな音楽関係者が招かれ、イスラエルの音楽(ジャズやロック、ヒップホップ、エレクトニック音楽など多岐にわたる)が披露される。つまり、イスラエル人ミュージシャンにとっては国際的に羽ばたくための足がかりにもなるわけだ。
このショウケース・フェスティバルに今回、アジア圏で唯一のゲストとして招かれたのが原田潤一(モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパンCEO/『ARBAN』CEO)。本人にイベントの実態や、日本ではなかなか情報を得られないイスラエル人ミュージシャンの魅力について話を聞いた。
日本人ゲストに興味津々
──イベントが開催されたのは、2022年11月22日〜27日のおよそ1週間。
そうです。エルサレムとテルアビブの2都市をおもな拠点として、さまざまな会場でライブパフォーマンスが行われます。10年以上前から毎年開催されていましたがコロナの影響で休止していて、今回ようやく再開しました。
──イベントの内容としては「イスラエルのミュージシャンを知ってもらうためのフェス」という体裁なのでしょうか?
もちろん音楽がメインですけど、総合的に見るとアートやダンス・パフォーマンスなんかも融合した内容。いろんな会場で、音楽ライブだけではなくインスタレーションとかカンファレンスも行われています。加えて、会場として使われる建築物やランドマークの魅力もアピールするような、巧みなプログラムになっていた。そんな印象です。
──一般のお客さんも入れるのですか?
ゲストと関係者だけの場所もありますけど、ほとんどのステージは一般客も鑑賞できます。
──ゲストは皆、音楽関係者?
そうです。プロモーターとかレーベル関係者とか、ジャーナリストも。世界中から50人くらい招待されていて、ヨーロッパが多かったですね。
──リストを見ると、フランスとドイツ、イギリス、アメリカ人のゲストも多いですね。ヨーロッパはほぼ全エリアの国々から来ている。あと、トルコやモロッコ、キプロスも。
当然ながら、地理的に “イスラエルのミュージシャンを呼びやすい国” の人が多く招待されているわけですよね。
──イスラエルのミュージシャンはまず国内で活躍して、次のステップとしてヨーロッパに活動域を広げる。そこからさらにアメリカで認知を得て…。っていうのがサクセスストーリーとしてあるんですかね。
そうですね。で、変化球としてジャパンがある。という感じでしょうか。
──そんな日本から訪問した原田さんは今回、アジアで唯一の招待客だったそうですね。
すごく珍しがられました。おかげで、いろんな人から話しかけられたり興味を持たれたりして。イスラエルの音楽関係者だけでなく、各国のゲストたちと情報交換できたのはかなり有意義でした。
──現地のメディアからもインタビューされていましたね。
『エルサレム・ポスト』紙の取材を受けました。
──どんな内容の記事だったのですか?
日本のカルチャーについて聞かれたり、イスラエルの音楽に対してどんな印象を持っているのか? とか、イスラエルと日本のジャズについての話などいろいろ。あとは僕自身の音楽的なバックグラウンドの話とか。
記者の人は「日本の伝統文化」にすごい敬意を払ってくれていました。その一方で「日本人は欧米の音楽に対しても研究熱心で、積極的にアプローチする人々」という認識を持っていたようで、そういう「日本の“音楽オタクたち”のレベルの高さ」みたいなことにも興味津々でしたよ。
曲に含まれる“イスラエル風味”の不思議
──さて、本題に戻って「イスラエル・ミュージック・ショウケース・フェスティバル」の内容について。
今年で13回目の開催となるんですが、先ほど話した通り、コロナ禍の休止を経ての再開。で、これを機に内容もリニューアルされました。
以前は、音楽のカテゴリーで会場を分けていたんです。大雑把にいうと、ロック系がエルサレムで、ジャズ系がテルアビブ。という具合に分けて、それぞれ3日間ずつやってた。フェス側は「ロック/インディ系」と「ジャズ/ワールドミュージック系」みたいな呼び方で分類していました。
──それが今回、どう変わったのですか?
会場となる都市は今まで通りテルアビブとエルサレムですが、音楽ジャンルの枠を取り払って、すべてをミックスしたフェスとして1週間おこなわれました。ちなみにテルアビブとエルサレムは車で1時間くらいの距離。
──フェスで披露される音楽は、どういった系統のものが多いのでしょうか?
僕はおもにジャズ系のミュージシャンを観ていましたが、ストレートなロックバンドも出ているし、ポップスもいるし、ファンクやヒップホップ、エレクトロミュージックなど、いろんな人たちがさまざまな会場でパフォーマンスを披露している。
ちなみに、こうしたジャンルの音楽は全世界で繰り広げられていますが、イスラエルならではのテイストというか、独特の風味みたいなものを各ミュージシャンが備えていて、そこが非常に興味深かったですよ。
──それは旋律とかリズムに反映されている、ということですか?
言葉で的確に表現できないですけど、例えばジャズでもファンクでも音楽の中にアラビックな成分が溶け込んでいる感じ。それをとてもナチュラルに心地よくアウトプットしている。そんな印象を受けました。
──エルサレムとテルアビブ、それぞれにメイン会場みたいなところがあるんですか?
エルサレムは「イエローサブマリン」という場所を拠点にしつつ、近隣のさまざまな場所にステージが設けられている。
──イエローサブマリンはコンサート・ホール?
いや、いわゆるクラブみたいなところですね。施設じたいは大きいけど、メインホールとして使用していたフロアは200〜300人規模のスペース。僕ら招待客だけじゃなくて普通のお客さんも大勢入っていて、毎晩、大盛況でしたよ。そのバンドのファンじゃなくても「いい演奏だな」と感じたら盛り上がる、そんな空気に満ちていた。オーディエンスの “音楽の接し方” が素晴らしかったし、成熟しているなと感じましたね。
──残念ながら日本ではそういう状況になりにくいですよね。お目当てのバンド以外は興味がない、みたいなお客さんをフェスではよく見かけます。
そうですね。今回いろいろな会場を見て回って気づいたのは、イスラエルにはしっかりとした “音楽を育む豊かな土壌” みたいなものがある、ということ。
小さなバーで聴いた衝撃の演奏
──一方、テルアビブの会場はどんなところだったんですか?
テルアビブは capsula(カプセル)ってところ。中庭のある3階建てくらいの建物で、かつては病院とか学校とか…そういう施設だったのかな。
そこに我々ゲストが招かれてウェルカムパーティみたいな催しがあって。メインの部屋でフードやドリンクが振る舞われてDJが音楽をかけているんだけど、そこでライブも行われた。あと建物内のいろんな場所を使ってダンスパフォーマンスやインスタレーションも行われていて。
──音楽とアートとダンスの複合イベント。
そう、そんな感じの演出でした。他にもいろんなスペースがあって、時間になるとそれぞれの場所で、フラメンコとかコンテンポラリーダンスが披露されたり。そういう、音楽とダンス・パフォーマンスの融合みたいなことが、館内全部を使って行われている感じ。
で、そのイベントのあと、ゲストは2組に分かれるんです。
──2コースのライブが用意されている?
そうです。“ジャズ/ワールドミュージック”コース希望の人は「Shablul」という場所へ。“ロック・インディ”の人は「Ozen」ってところに移動する。僕は Shablul へ行きました。そこは典型的なジャズクラブで、日本で言うとブルーノート東京みたいな感じ。ここでオーセンティックなジャズを3組観ました。
ピアノトリオがメインでしたけど、どれも素晴らしかったですよ。イスラエル・ジャズの懐の深さを思い知るような、非常に良い体験になった。
──他にはどんなライブが印象的でした?
イベントの後半、26日に行った会場が印象的でした。そこは、最初のウェルカム・パーティがあった建物とよく似た感じの作りで、中庭があってバーやレストランも併設された施設。ちょっとしたショッピングモールみたいな感じですかね。そこには屋外のメインステージと室内のサブステージが用意されていて交互にライブが行われていました。土曜日ということもあってか一般のお客さんも大勢入って賑わっていましたよ。
メインステージとサブステージで行われていたライブももちろん素晴らしかったんだけど、建物内の小さなバーみたいなところでもライブが行われていて、そこで見たピアノトリオがめちゃくちゃ良かったです。
──何というグループですか?
Katia Toobool っていう女性ピアニストが率いるトリオ。
──彼女はこれまで日本語で紹介されたことがないようなので表記は分かりませんが、カティア・トゥーブールと読むのでしょうか。いいピアニストですね。
そう、美しくスウィングする、質の高いモダンジャズ・ピアノトリオ。このスタイルのジャズピアノを好むファンは日本にも多いので、ぜひ多くの日本人ジャズファンに知ってもらいたいと思いました。
来日希望! 魅惑の演者たち
──ほかに印象深かったミュージシャンは?
同じジャズ系だと、この2組が印象的でした。まずGuy Mintus(ガイ・ミンタス)。
彼はアメリカで教育を受け、さまざまな国での演奏経験、受賞歴を持つ才気あふれるジャズピアニスト。ヴォーカルもこなす究極のエンターテイメント性も持ち合わせています。彼はすでに何作かアルバムを出しているので、日本でも知っている人がいると思います。
もう1組は、Ofer Ganor Group。
──読みはオフェル・ガノールですかね。ネットで調べても日本語で表記された例がないですね。
彼はイスラエルのウェス・モンゴメリーとでも形容したくなるギター・ヴァーチュオーゾ。僕が観たライブも、本当に味わい深くて素晴らしい演奏だった。
──オーソドックスなジャズ以外で、気になったミュージシャンはいましたか?
滞在中は50組以上のバンドを見たと思うんだけど、もっとも衝撃を受けたのは、The Piyut Ensembleかな。
僕が観たステージでは、16人編成で、うち10人がボーカル。ユダヤの伝統音楽をベースにした深淵な歌詞と圧倒的なパワーをもつボーカル・アンサンブルは何とも言えぬ恍惚感でした。
──礼拝的な要素もあるのでしょうか。このポエトリーというかチャントは、声楽として素晴らしいし、ある種のトリップ感もありますね。
僕自身はこういった音楽の存在を知ってはいたけど、好きでも嫌いでもないし、これまであまり興味を持てなかった。そんな自分が、震えるくらいに感動したというのがあまりに意外で。ステージが終わっても、しばらく動けなくなるほどの衝撃体験でした(笑)。
──確かに、動画で見ても吸い込まれる感じがありますからね。生で聴いたらヤバいでしょうね。
彼らと同じく、ユダヤ音楽の要素を多分に含んだグループは他にもいて、たとえばこのHoodna Orchestra(フードナ・オーケストラ)も素晴らしいバンドだった。
──14人編成のビッグバンドなんですね。
エチオピアやアラビックのムード漂う、ダークな旋律と骨太なグルーヴが魅力のファンクグループ。ライブも盛り上がっていて、すごく良い雰囲気だった。彼らは日本のフェスに出演しても盛り上がると思いましたね。
それから、また違う系統のビッグバンド/オーケストラでCastle in Time Orchestra(キャッスル・イン・タイム・オーケストラ)というグループにも感銘を受けました。激しくダンスするように指揮するMatan Daskalに導かれて演奏される、前衛的でありながらとても洗練されたコンテンポラリーミュージック。
特に印象的だったものをいくつか挙げましたが、ほかにも多くの素晴らしいミュージシャンに出会えました。
最終日にセットされた“本命イベント”
フェスとしては26日が最終日なんですけど、翌日の日曜日にネットワーキング・イベントという催しがあって。じつはこれがゲストにとってもミュージシャンにとっても重要なイベントなんです。
──どんな内容なんですか?
いわゆるカンファレンスというか親睦会というか……要するに、ゲストとミュージシャンが交流しあう場です。セリーナ・テルアビブ・ビーチホテルっていうビーチ沿いにある素敵なホテルのルーフトップが会場になっていて、イスラエルのいろんなアーティストがブースを設けている。そこにはアーティスト本人がいたり、マネージャーや関係者がいたり。
で、我々ゲストは興味あるアーティストのブースに行って、いろいろ話をしたり資料をもらったり。なんならその場で出演オファーもできる。
──ちょっと想像つかいないというか…日本でそんなイベント見たことないですね。
僕もちょっとびっくりしました。こういうことやるんだ…って(笑)。
──でもまあ、このフェスの最終的な目的というか本丸はここなんですよね、きっと。
その通り。アーティストにとってはリアルに売り込みができるし、招待客にとっても具体的な情報を得られる。その場で連絡先を交換したりミュージシャンとの接点を作れるわけです。
会場内にはアーティスト本人や関係者、各国のゲストたちが行き来しているんだけど、その間、ホテル内のイベント会場ではゲストのトークイベントが行われたり、本国の識者がいろんなテーマでプレゼンしたり。
──各国のゲスト同士が情報交換をしたりも?
もちろん。それは最終日のカンファレンスに限らず、会期中も頻繁に行われていました。興味があればどんどん話しかけて情報収集する。ひとりで居ると誰かしら話しかけてくるし、僕自身も積極的にコミューニケーションを取っていました。
今回のようなショウケース・フェスティバルって、意外と“ありそうでない”んですよ。それに近しいものには行ったことあるけど、だいたい一つの会場で行われますよね。
──このフェスはイスラエルの2都市を中心に、街なかのいろんな建造物やスペースを使って、アートやダンスも加味した複合的な催しになっている。
そう、イスラエルの観光名所はもちろん、街場の魅力とか、気候、風土、食文化みたいなものに至るまで、多様なデザインが組み込まれている。ミュージシャンのラインナップやパフォーマンスの内容にも感銘を受けたけど、音楽フェスの在り方について改めて考えさせてくれるし、いいヒントをもらえる。そんなイベントでしたね。