MENU
これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。
今回はドラム奏者の黒田和良さんに訊く、ジャズドラムの話とセッション攻略法。まずは自身のYouTubeチャンネル『学校では教えてくれない音楽のちゃんねる』が大好評ということもあり、そんな話からスタート。
【本日のゲスト】
黒田和良(くろだ かずよし)
ジャズドラマー。1971年10月1日、大阪生まれ。K’s presents 代表取締役、名古屋音楽大学ジャズポピュラー科講師。自身が運営するYouTubeチャンネル『学校では教えてくれない音楽のちゃんねる』は5万人以上の登録者数を誇り、ドラムの教則コンテンツだけでなく、さまざまなジャズ関連トピックや、音楽カルチャー情報を発信中。【聞き手】
千駄木雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。29歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという十字架を背負っている。先日、とあるラジオ番組に出演した際、自分ではうまくおしゃべりできたつもりが、アーカイブを聴き直すと滑舌が悪すぎて何を言っているのか、当の本人すらわからなかった。
ドラムでメロディラインを表現する「音韻」
──黒田さんはドラム奏者として活躍するかたわら、『学校では教えてくれない音楽のちゃんねる』というYouTubeチャンネルでも盛んに情報を発信している。ジャズ系ユーチューバーとしては最古参の一人ですよね。
黒田和良(以下、黒田) YouTubeで情報発信を始めたのは5年くらい前です。確かに当時は、ジャズの理論や演奏について実践的なアプローチをしている日本語コンテンツはあまり見かけませんでしたね。
──加えて、名古屋音楽大学のジャズポピュラー科で講師も務められている。
黒田 大学でジャズを教え始めて20年近く経ちます。かつては、「ポップスのドラムを学びたい」という学生が多かったのですが、最近は「ジャズをやりたい」というジャズ専科以外の学生が増えている印象です。
──つまり、ジャズの成分を含んだポップスが増えている、ということなんですかね。
黒田 そうかもしれません。あるいは、基礎的な素養としてジャズを身につけておくことで、表現の幅が広がったり応用力も身につく。そんな期待もあるのだと思います。
──そもそも、音楽大学で学ぶジャズドラムとは、どういったものなのでしょうか?
黒田 大学のカリキュラムでは「パラディドル」等、スネアドラムのルーディメンツ(基礎奏法)があって、それを実践で使えるようにするための練習曲「エチュード」を教えています。さらに、ジャズドラムには「シンコペーションブック」という教本があり、その本に則ってギターやピアノなどのメロディラインを、ドラムでどのように置き換えて表現するのかを学んでいきます。
──ドラムにも音階がある、ということですか?
黒田 音階はないのですが、音韻と音響という効果があります。音をどこにどう配置するか? で音の意味合いが変わります。それを “音の意味すること” として音韻とよびます。それとは別に、音の響きで楽しいとか悲しいとかを表現することを音響。と分けて考えています。
初期の頃のブルースはコード進行がわりと単純で、音色やタイミングで勝負する、つまり音響で勝負していた。ところが、チャーリー・パーカーが現れて、音楽が複雑化していったときに、彼は「音響」と「音韻」を切り離して理論化したんです。
もっと効率よく「正解」に導きたい
──ドラムはリズムをキープするだけではなく、微細なニュアンスも表現しているのですね。
黒田 ところが、ジャズは基本的に「見て覚えろ」という世界なんです。そのため、せっかくいろいろ学んでも、その学びを具体的にどう活かせばいいのかわからない。いざジャムセッションに参加してみて、ちゃんと手は動くし、フレーズもいっぱい知っているのに、どの部分で何を使っていいのかがまったくわからない、という事態に陥りがちなんです。
──どれだけ知識を蓄えても、実践の場では経験しか助けてくれないという……。
黒田 それは僕も実際に経験してきた一人です。だから「ドラマーのためのセッション向けの教本はないのだろうか?」と思い、世界中のテキストを探し回りました。しかし、まったく見当たりません。もちろん、フレーズ集や小ネタ集はたくさんありますが「そのフレーズをどこで使えばいいのか」とか「なぜ、ここでこの音を入れるのか?」を解説した教本がぜんぜん見当たらない。
──厳密にいうとドラムにも「音程」は存在するのだと思いますけど、一般的には、音階から切り離された楽器という認識ですからね。
黒田 そう、当然ながらドラムの譜面には音符が書いてありません。たとえばギターやピアノの奏者は、ほかの楽器がメロディラインを弾いているときは、一緒にメロディをなぞったりコードに沿って伴奏したり、明確で適正な選択肢がいくつかあります。ところがドラムの場合、メロディラインに対してどういうリズムを選択すべきなのかがわかりにくい。
──そういったドラム演奏の方法論が教本になれば、ドラム奏者が喜ぶだけでなくセッションのシーン全体にとって有益。だけど現場で体得するしかない、という状況だったんですね。
黒田 そうなんです。僕は長年かけて、現場でそれらを覚えて叩けるようになりましたが、そこから今度は学生に伝えるために「どのように言語化したり数値化すればいいのか?」 ということを考えるようになりました。ジャムセッションという会話の中で、ドラムに求められることは何なのか? という問題を、具体的に例示していくわけです。
例えば「ピアノのこういうフレーズに対して、こういうドラムの返し方がある」という事例を挙げて、それをどんなミュージシャンがどんな局面で使用しているのか、あるいは、どんな意図でそのフレーズを繰り出したのか、ということを考察して理論化する作業です。
ドラムのバークリー・メソッド
黒田 ところで、バークリー・メソッドってご存じですか?
──アメリカのバークリー音楽大学で教えられている理論の通称ですね。
黒田 そう。たとえばピアノやギター、ベースのような楽器であれば、コードとスケールの関係を基軸にした「バークリー・メソッド」を学ぶのが手っ取り早い。2年ぐらい勉強すれば、それなりにアドリブを弾けるようになると思います。これと同じような理論がドラムにもほしい。というわけで、僕はそのことを20年近くかけて研究しているわけです。
──いわば、ドラムに特化したバークリー・メソッド。
黒田 これを僕独自のカリキュラムとして普及させたいと思いながら、オンラインで発信しています。最近は「いままで誰も教えてくれなかったけど、まさにこういうことを知りたかった」というコメントも頂きますし、僕の師匠であるドラマーの大坂昌彦氏からは「これバークリーに逆輸出できるよ」と誉めていただいて。ありがたいですね。
──そうして築き上げた “クロダ・メソッド” をYouTubeで発信して、好評を博しています。
黒田 ジャズ・ドラムのフレーズ集はYouTubeにもたくさん投稿されていますが、そうしたフレーズを「どう使えばいいのか?」と、噛み砕いて教えてくれる人は僕が始めた時点では誰もいませんでした。ただし僕は「ユーチューバーになろう!」と思って動画の投稿を始めたわけではなく、最初は大学の学生のために復習動画を投稿していたんです。ところがその動画がいつの間にか多くの人に見ていただけるようになっていた、という感じですね。
──そんな黒田さんのYouTubeチャンネルには、ドラムのレッスン以外にもさまざまなテーマのトピックがアップされています。なかでも人気が高いのはどんな動画ですか?
黒田 有名なジャズミュージシャンについて語ったものは人気が高いです。たとえばマイルス・デイヴィス関連のトピックは伸びやすいですね。ドラム関連でいうと、ジャズのテクニックをまとめている動画は人気です。これは先ほども申し上げた通り、ほかのチャンネルでは見ることのできない内容だから、だと思います。
ただ、基本的に私のチャンネルはジャズをやっている人しか見ないので、ドラムの演奏動画は有名な楽曲でないと伸びづらいですね。だから、再生回数も3000回だと「共感されたな」という肌感覚ですが、1万回を超えると「一般の人にも届いたな」という印象を受けます。
それよりも、レッド・ツェッペリンのジョン・ボーナムや、ディープ・パープルのイアン・ペイスなどのブリティッシュロックについて語った動画や、TOTOのジェフ・ポーカロなどAORの解説動画のほうが見られます。彼らのプレイスタイルはジャズにリンクするんですよね。あと『BLUE GIANT』について語った回も再生数が多かったですね。
──黒田さんのチャンネルの動画は、ドラムのテクニックを教えるだけではなく、ときに映画や本の話をしたり、他のミュージシャンと語らったり、バラエティ番組のような実験企画もおもしろいです。
黒田 僕のチャンネルの意義は「ジャズが好きな人が増えるように」ということですからね。例えば「アンパンマンのドラムセットで思いっきり本気演奏してみました」という動画も「ジャズを極めればおもちゃでも面白い表現することができる」ということを示したかったわけです。
あと「演奏中、何を考えてるの?」というシリーズの動画があるのですが、これは「演奏者って、ただ適当に音を選んでいるわけじゃなくて、相手の音に対して効果的な音を選んでいる。それがリアルタイムでわかるのは面白いよね」という着眼で制作しています。
──ジャズの歴史や名盤、名曲をテーマにした回も非常に興味深いです。
黒田 楽曲について解説した動画ひとつにしても、いろんな狙いがあります。その曲が生まれた経緯や歴史はもちろん、歌詞の内容や意味を知ることで、たとえば「曲のどの部分にどんなフレーズを入れるのが有効か」ということも理解できるわけです。ジャムセッションの現場でそれを実際に試してみれば、ボーカルの人はそれだけでこっちを振り向いてニコッと笑ってくれます。
さらに、そんな場面を見た人が「どうして、あのときボーカルの人は笑っていたの?」と尋ねてきたとしても、私の動画を見ていればいろいろと説明ができますよね。そのような “ジャズのお作法” がわかった上でライブハウスに足を運んでもらえると、その仕掛けがふとわかった瞬間、「また来ようかな」と感じてもらえるはず。そんな想いで動画を作っています。
──ジャムセッションに参加するために演奏テクニックを磨く。これは重要なことだと思いますが、楽曲の特性を知ることや、ジャズ史の変遷を理解することも大切かもしれませんね。
黒田 そう思います。僕自身もジャズをやっていくうえで苦手に感じることや壁にぶつかることもありましたが、歴史を学ぶことによって理解が深まり、問題が解決することもありました。
よく「ジャズは難しい」なんて言われますけど、そんな中でも「難解なジャズ」ってすごく多いと思うんですね。どうして難解になるかというと、ミュージシャンが表現したいものがいっぱいあるからなんです。だから、それをキャッチする側もある程度の勉強が必要なのかもしれません。つまりジャズというのは、アンテナを高くしないと引っかからない音楽だと思うんです。難しいけれど、アンテナを高く立てて、ミュージシャンの表現をキャッチできたときは、普通の音楽にはない感動が得られると思います。
──それはジャズを聴く上でも、演奏する上でも。
黒田 そう、ミュージシャンたちは常に苦悩しながら、新しいことをやろうとしているんです。「マイルス・デイヴィスが、この時期にどんなことを考えていて、どんなことをやろうとしていたのか」は、音楽を聴くだけではすぐにはわからないでしょう。しかし、音楽の歴史や録音当時の背景を踏まえて聴くことで、その作品の本質を理解できる。
マイルスが影響を受けてきたミュージシャンはたくさんいて、彼の音楽にも先代たちのさまざまな引用が出てきます。そのような引用元が分かると、演奏する上でもテクニックや表現にいろんな広がりが出てくると思います。そういった意味でも、歴史を知ることは大切ですね。
──うーん…。ジャムセッションに参加するために、ただ楽曲を覚えればいいと思っていましたが、また課題が増えました…。
黒田 冒頭で “音韻”や “バークリー理論” の話をしましたが、そうしたものはあくまでも理論であって、結局ただの文法なんです。これは音楽に限った話ではなく、文法をひたすら勉強すれば、いい小説を書けるかといったら、そんなことないですからね。
──なるほど…。自分はもっといろんな鍛錬が必要だってことがよくわかりました。
というわけで、次回も引き続き、黒田さんのお話。
取材・文/千駄木雄大
ライター千駄木が今回の取材で学んだこと
① ドラマーは音韻と音響の区別を理解しよう
② YouTubeにはいろんな教材動画があるね
③ ジャズがわかればどんな楽器でも表現できる
④ 引用元がわかると聴くだけで楽しい
⑤ 理論だけではなく歴史も学ぼう