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オーストリア出身のジャズ・ギタリスト、ウォルフガング・ムースピールが2023年4月に来日、スコット・コーリー(ベース)、ブライアン・ブレイド(ドラムス)とのトリオで素晴らしい演奏を聴かせてくれた。
1965年生まれのムースピールは米ボストンのバークリー音楽大学を卒業後、1990年代を通じてニューヨークを拠点に、さまざまな一流ミュージシャンと共演した。現在はヨーロッパを拠点として旺盛な活動を続けている。
日本人の“聴き方”に驚き
──昨日の丸の内コットンクラブでのライブを聴きました。とても感動的な演奏でした。じつは私は、おそらくあなたの初来日だったと思うんですが、新宿のピットインでトリオでの演奏を聴いたんですよ。すさまじいテクニックで弾きまくる姿に圧倒されたことをよく覚えています。
そう、あれが初めての来日でした。ポール・モチアンとマーク・ジョンソンとのトリオでしたね。お客さんがとても静かなので、最初は嫌われていると思ってしまいましたが、日本の聴き方はそうなんだ、と後で気づきました。
──みんな集中して、ひとつの音も聴き逃さないように聴いているんだと思います。昨日の演奏は隙間を生かした静かなものでしたので、特にそんな感じで聴いていましたよね。
昨日も思ったんですけど、日本のジャズクラブの聴衆は、ヨーロッパのクラシックのホールみたいな雰囲気で聴いているんですね。僕らの静けさに溢れた、白いカンバスに絵を描いていくような演奏を、集中して聴いてくれていることに感謝しています。
──昨日はクラシック・ギターを多用していましたね。途中でエレクトリック・ギターも弾きましたが、クラシック・ギター中心の演奏でした。
僕はもともとクラシック・ギターから初めた人間なんですが、ジャズの場だとドラムとベースの音にどうやってバランスを取るかがわからなかったんです。今はマイクロフォンだけでそれができるようになりました。あとは、ドラマーもそれなりに繊細な演奏をすることが必要なんですね。
歌唱とギターの関係性
──昨日の演奏は、とても小さい音から大きい音までのダイナミック・レンジが広くて、そして音を使いすぎない、とても繊細なものだったと思います。
ありがとう、まさしくそれを目指しているんです。以前の僕はもっと音数が多かったんですけど、筋肉をオートマチックに動かすのではなく、何を表現したいのかをじっくり考えて演奏するようになりましたね。
──エレクトリック・ギターに持ち替えた最初の曲では、エフェクターをいろいろ使った、幻想的な雰囲気の演奏をしていましたね。まるで夕暮れの風景を見るような気持ちにさせられました。
ループを使って、自分の演奏をリピートさせてその上に新たな音を重ねています。他にもディレイとか、いろいろエフェクターをかけていますね。アコースティック・ギターのドライなサウンドの後に、エフェクトをかけたエレクトリック・ギターのウェットな音で、別の世界を作り出しているつもりです。
──ところであなたは、シンガー・ソングライターとして『Vienna Naked』(2012年)と『Vienna, World』(2015年)の2枚のアルバムを発表しています。自作の歌をギターを弾きながら歌う、という経験が、インストでの演奏にも反映されているとお考えですか?
うーん、どうですかね。わからないけど、自分の歌のためにギターで伴奏するときは、歌が主役でギターが脇役なんですよ。僕はギターの方が歌よりずっと上手いのに、なんでそんな風に考えるのか自分でも不思議なんですけど、歌のためにギターを弾くことと、自分が音の数を少なくした音楽を演奏することは関係があるのかもしれない。
僕らがやっている音楽って、本当は…
──アンコールの曲はフォークソングみたいな、オープンコードを鳴らすシンプルな曲でしたね。シンガー・ソングライターとしてフォーキーな曲を歌うことと、あの曲は関係があるんですか?
関係があるかどうかはわからないけど、僕はあれはギターに捧げた曲だと思っています。ほら、多くの人がギターでスリー・コードを弾けるじゃないですか。あの曲のタイトル「ヒュッテングリフ(Hüttengriffe)」は「小屋の取っ手」という意味なんです。山小屋の壁にギターがかかっていて、それをひょいと取って「Emコードはこれで、Gのコードは」みたいな感じで弾いているイメージです。時にはこういうシンプルな曲もいいのでは、と。
おもしろいのは、僕らは3人ともほとんどインプロビゼーションをこの曲ではやっていないんです。ブライアンも同じパターンをずっと叩いていて、それがとてもいいんですよ。
──ブライアン・ブレイドはフェローシップというバンドをやっていて、そのサウンドもフォーキーですよね。ブライアンもシンガー・ソングライターとしてのアルバムを出していますね。
僕ら3人はシンガー・ソングライターが大好きです。ジョニ・ミッチェルやボブ・ディラン、ジョニー・キャッシュやビートルズなど。ブライアンに至ってはジョニやディランと実際に演奏してますから、直接的な影響があると思います。
──もちろん3人は素晴らしいジャズ・ミュージシャンですが、ジャズだけではなく、シンガー・ソングライター、クラシック、ブルースなど、さまざまな音楽が3人のフィルターを通して表現されていると思います。
そういう感覚が好きなんです。僕らはジャズのミュージシャンかもしれないけど、本当は「音楽」をやっているんですよね。だから、ブラームスもオーネット・コールマンも同じように楽しめます。
アルバム制作に「3日以上をかけるな」
──昨日は10月に出るという新しいアルバムからの曲をいくつか演奏していましたね。
新作はカリフォルニアのオークランドで録音したんです。昨日演奏した、エレクトリック・ギターにループやディレイをかけた曲が1曲目になると思います。メンバーは今回の3人で、プロデューサーのマンフレート・アイヒャーがミキシングと選曲をやっています。
──そういえば前作『Angular Blues』(2020年)は2018年に東京でレコーディングしたんですね。ツアーの勢いをそのまま録音する、ということですか?
そのときのツアーのバイブスをレコーディングに採り入れたいんですね。リハーサルもする必要がないし。前回は1日、7時間で録音してしまいました。ECMのポリシーは「3日以上をかけるな」なんです。録音に2日、ミキシングに1日、ということが多いですね。これはライブをやっているのと変わらない感覚ですね。
──昨日のライブの心地よさと美しさにうっとりして、その余韻が醒めないうちに話ができてとても幸せです。ありがとうございました。
こちらこそありがとう。とてもいいインタビューでした。
取材・文/村井康司
撮影/ Tsuneo Koga
取材協力/COTTON CLUB
1965年、オーストリアのユーデンブルク生まれ。クラシック・バイオリンを学んだ後、15歳でギターに目覚め、グラーツの音楽・舞台芸術アカデミーでクラシックとジャズギターの両方を学ぶ。その後クラシック音楽の国内コンクールやドイツのメットマン国際ギターコンクールで優勝。幼い頃から即興演奏に興味を持ち、1986年に渡米しニューイングランド音楽院で学ぶ。ボストンのバークリー音楽大学でゲイリー・バートンと出会い、彼のクインテットに招かれる。1995年から2002年までニューヨークを拠点に活動し、多彩なアーティストと共演。マーク・ジョンソン、ゲイリー・ピーコック、ポール・モチアンらのアルバムにも参加した。
2012年の『Travel Guide』で、ギタリストのラルフ・タウナー、スラヴァ・グリゴリヤンとのギター・トリオのメンバーとしてECM作品に初参加。2014年、ベーシストのラリー・グレナディアとドラマーのブライアン・ブレイドというアメリカのトップ・ジャズ・プレイヤーをフィーチャーした『Driftwood』でECMリーダー・デビュー。
2016年に、このトリオにブラッド・メルドー(p)、アンブローズ・アキンムシーレ(tp)を加えたクインテットで『ライジング・グレース』をリリース、この作品が米国ダウンビート誌で5つ星を獲得。2018年には、同クインテットのドラマーをエリック・ハーランドに変えた形で『ホエア・ザ・リヴァー・ゴーズ』をリリース、盟友ブライアン・ブレイド、スコット・コリーとのトリオで来日を果たした。最新作は、その来日時に東京でスタジオ録音された『Angular Blues』(2020)。