投稿日 : 2023.04.28

【東京・下北沢/tonlist】ジャズ喫茶文化の音響面を色濃く継承する ホットドッグが美味しいお店

取材・文/富山英三郎  撮影/高瀬竜弥

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いつか常連になりたいお店 #74

「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は下北沢(東京都世田谷区)にあるジャズ喫茶『tonlist(トンリスト)』を訪問。昭和の香りを残す鈴なり横丁にありながら、おしゃれで明るい雰囲気のホットドッグ店、それでいて実は音響がウリのジャズ喫茶という、いく層にもギャップが重なるお店でした。

下北沢にはまだ文化的なものが残っている

再開発が進む下北沢とはいえ、劇場やライブハウスが点在する文化の発進基地としての機能はいまだ失われていない。なかでも、1981年に本多劇場グループ初の劇場として生まれた『ザ・スズナリ』は、往年の存在感を放っている。その1F 部分は『鈴なり横丁』と呼ばれ、10軒ほどのBARや飲み屋が連なっている。この昭和の香りを残す秘密基地のような場所で、2022年11月にジャズ喫茶としてオープンしたのが『tonlist(トンリスト)』だ。

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「自宅のある世田谷でジャズ喫茶をやるならば、下北沢がいいと思っていました。というのも、新宿や渋谷は商業的になり過ぎましたが、下北沢はまだ文化的なものが残っている。街全体が自分のやりたいことをやっている感じがするんです」。そう語るのは店主の宇野雄哉さん。

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宇野さんが音楽に興味を持つようになったのは、中学時代の友人の影響が大きい。その友人からいろいろな音楽を借りるなかで、サンディ&サンセッツやディーライトがお気に入りになったという。その他にも、クラフトワークやYMO、スチャダラパーなど、中学時代からさまざまな音楽を愛聴していった。

「サンディ&サンセッツの流れで、久保田真琴さんがプロデュースしたMonday満ちるの『MAIDEN JAPAN』を高校生のときに聴いて、そこに〈MAIDEN VOYAGE〉のカバーがあったことで、ハービー・ハンコックを知ったのがジャズの入口でした」

そこからジャズにどっぷりというわけではなく、大学ではテイトウワやDJハーヴィーがお気に入りで、ハウスやダンスクラシック、R&B、ヒップホップなどをよく聴いていたという。また、高校時代からオーディオにも高い関心があった。

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オーディオ好き目線のジャズ喫茶巡り

「父親がオーディオ好きで、家にはタンノイのスピーカーがあったんです。当時はネットがない時代でしたので、オーディオ誌を読んだり電器屋に見に行ったりをよくしていました。自分で買うようになったのは大学生になってからですけど」

趣味は音楽、自転車、車だという1978年生まれの宇野さん。大学では自動車部に入り、自動車メーカーに就職。そのことからも、モノへの探究心が強いタイプなことが伺える。そんな宇野さんがジャズ喫茶を始めようとしたのは、「ジャズ喫茶という文化を残したい」という思いがあったからだ。

「大学くらいからジャズ喫茶に行くようになったんです。入り浸ったというわけではないですが、生活圏内だけでなく、旅行に行ったらその土地のジャズ喫茶に足を運んだりして、それぞれのお店の音、かかる曲、雰囲気を楽しんでいました」

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オーディオ好きということもあり、ジャズ喫茶の「音」を楽しむ側面が強かったという。なかでも強烈なインスピレーションを受けたのは、岩手県一関市のジャズ喫茶『ベイシー』。震災の年に初めて足を踏み入れてからは、毎年1回は行くようになった(現在は休業中)。

「よく、ベイシーの何がすごいの? って聞かれるんですけど、そういうときは ”行けばわかる” って答えるんです。逆に言えば、行かないとわからないのが ”音”の面白いところでもあって。初めて行ったとき、ピアノの鍵盤の重さを感じたのは衝撃でした」

ジャズ喫茶を始める直接的なきっかけは、そんなベイシーでの体験が大きい。

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ジャズ喫茶はジャズを最高の音質で鳴らす場所

「前提としてジャズ好きということもありますが、ジャズ喫茶という型に則ってジャズをかけたいんです。ジャズ喫茶は、ジャズを最高の音質で鳴らす場所でもある。オーディオにおいて生音の再生は一番難しい点ですし、ジャズとオーディオは密接な関係があるんです。音楽としてのジャズの詳しさでは他のお店さんより劣っていますが、オーディオはある程度自信があります。昔のジャズ喫茶は両方とも優れていたわけですが」

『tonlist』では、スピーカーがタンノイのイートン、ターンテーブルはトーレンス TD160B + SME 3009(アーム)、フォノイコライザーはエレガントピープル、プリアンプはクオード33、パワーアンプはジョブ300という構成だ。

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「オーディオって大きくイギリス系(スタジオモニターから発展)と、アメリカ系(映画などの音響設備から発展)に分かれるのですが、僕はイギリス系が好きなんです。なので、ピークがなくフラットに近いこと、音が聴き分けられることを重視しています。そうでないと自分が落ち着いて聴けないんです。あとは、ジャンルレスで年代問わず聴けることも大事にしています。いまのジャズと昔のジャズでは音作りが全然違うので」

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店内には宇野さんが集めた、その他のオーディオも置かれている。

「オーディオって、欲しい人がいないとゴミになってしまうもの。音はもちろんですが、デザイン面でも優れた工業製品だと思うので、こういうものが残っていってほしい。お店に並べているのも、知らない人の目に触れてもらって、こういうものがあるんだと知ってもらいたいからなんです」

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新旧のジャズを混ぜながら片面ずつ選盤

カウンター5席、テーブル4席の小さい店内だが、素直で美しい音が響き渡る。ゆえに、かけるレコードによってお店の雰囲気が一変するのも面白い。

「選曲に関しては、新しいものと古いものを混ぜながら片面ずつかけるようにしています。片面もある意味ジャズ喫茶文化ですよね。絶妙な長さだと思うんです。1曲だと物足らず、1枚だと趣味が合わないときつい」

レコード棚には、ブライアン・ブレイド関連や、ブランディー・ヤンガー、ジョエル・ロス。ボーカルものではノラ・ジョーンズやセシル・マクロリン・サルヴァント、カサンドラ・ウィルソンなどが揃う。往年のジャズでは、ハービー・ハンコックやマイルス・デイヴィス、ウェイン・ショーター、チャールズ・ミンガス、セロニアス・モンクなど。

音楽やオーディオの話だけを切り取ると、昔ながらのジャズ喫茶を現代に再現したかのように感じてしまう。しかし、店内は明るく誰でも気軽に入れる雰囲気。お店の扉から中を見ることもでき、看板にはホットドッグのメニューが掲げられているので、演劇やライブの鑑賞前、小腹を満たしに利用したくなるお店となっている。

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シンプルなのに味わい深いホットドッグとコーヒー

「内装に有孔ボードを貼るのは音のために僕が決めましたが、カラーコーディネートについてはアパレルブランドのデザイナーをやっている妻に決めてもらいました。ホットドッグに関してはもともと好きなのと、アイスランドが好きで、アイスランドはホットドッグがポピュラーで美味しいのでそこからアイデアが生まれました」

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ちなみに、店名の『tonlist(トンリスト)』はアイスランド語で「音楽」の意味。好きなものにはとことんこだわる宇野さんだけに、ホットドッグも独学で極めた。これが、何度でも食べたくなる美味しさなのだ。5種類用意されたハンドドリップ コーヒーも、どれも味わい深い。その他、紅茶やホットチョコレート、アルコール類も提供している。

「若い人から往年のジャズ喫茶ファンまで幅広く来ていただいています。ジャズ喫茶として認識して来られるのは6割くらいですね。会計のときにちょっと話すくらいですが、いろんなお客さんが来られるので楽しいです。今後は他の(オーディオ)システムもつなげて、違った音響で楽しめる日をイベント的にやれればと思っています」

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一見、気軽に入れるホットドッグ屋さんのようで、実は最高の音響が楽しめるジャズ喫茶。初心者から上級者まで満足できるお店なので、下北沢に立ち寄った際にはぜひ足を運んでみてほしい。

取材・文/富山英三郎
撮影/高瀬竜弥


・店舗名 トンリスト
・住所 東京都世田谷区北沢1-45-15 鈴なり横丁1F
・電話 03-6416-8736
・営業時間 12:00~21:00
・定休日 月曜、火曜

tolist(トンリスト)
・Instagram @tonlist_tokyo
・Twitter @tonlist_tokyo

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