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ロベン・フォードのフェンダー・テレキャスター【名手たちの楽器 vol.4】

ロベン・フォードのフェンダー・テレキャスター

量産型エレキ・ギターのインパクト

エレキ・ギターは、現代のポピュラー音楽に欠かせない楽器である。古くはロック、ブルース、カントリー、ジャズのスタイルをも刷新し、いまやあらゆるジャンルの音楽に入り込む “魔性の楽器” だ。これほど広く浸透した理由は様々だが、きっかけの一つと言えるのがテレキャスターである。このモデルはアメリカ人のレオ・フェンダーが開発し、1950年に販売を開始。当初は “ブロードキャスター”という製品名だったが、のちに “テレキャスター”と改称した。

テレキャスターの登場以前にも、いわゆるエレキ・ギター(弦振動をピックアップで電気信号に変換してアンプで増幅する方式のギター)は存在した。そんななかテレキャスターが画期的だったのは量産性の高さである。旧来のギターのボディは、表板裏板横板を張り合わせた “” 状で、製造工程にも手間がかかる。一方、テレキャスターはボディを “1枚の厚板”とし、そこに4本のボルトでネックを固定する方式を採用。量産性を飛躍的に向上させた。言うなれば、量産システムを確立して自動車を一般に普及させたヘンリー・フォードと同じことを、レオ・フェンダーはギターの世界で成し遂げたのである。

フェンダー・テレキャスターはその登場とともに世界中のミュージシャンに賞用され、いつしかテレキャスターがトレードマークとなるギタリストも続出。ローリング・ストーンズのキース・リチャーズや、ポリスのアンディ・サマーズ。そして、ブルース・スプリングスティーンマイク・ブルームフィールドなど、列挙するときりがない。とはいえ、ジミー・ペイジジェフ・ベックエリック・クラプトンロイ・ブキャナンの名前も挙げておかないと…、といった具合にテレキャスを抱えた名手たちの勇姿が次々と浮かぶ。

テレキャスには全く魅力を感じない…

ジャズ/フュージョン界の名ギタリストとして知られるロベン・フォードも “テレキャスター愛用者” のひとりだ。彼が特に愛着を持って使用しているのが、1960年製のテレキャスター。この “とっておきの1本” にはどんなストーリーがあるのか。その出合いをロベン・フォードが語る。

あれは1992年だったかな。自分のグループ(ロベン・フォード&ザ・ブルーライン)のツアーでサンフランシスコに行ったとき、ギターの弦を買おうと思って楽器店に立ち寄ったんだ。そこでスタンドに立てられたテレキャスターを見つけたんだよ。ヴィンテージのギターは他にも置いてあったけれど、僕はなぜかこのギターに釘付けになった

その理由は、自分でもわかっていた。

そのギターを見たとき、突然、マイク・ブルームフィールド(※1)のことを思い出した。僕にとって最初のギター・ヒーローだよ。彼は1963年のテレキャスターを愛用していて、サンフランシスコで見つけたこのテレキャスターも、ボディの色や使っている木材など、彼のギターと同じ仕様だったんだ

※1:Mike Bloomfield(1943–1981)米イリノイ州シカゴ出身のギタリスト/歌手。1960年代初頭から、おもにブルース・シーンで本格的に活動を開始。1965年にボブ・ディランのアルバム『追憶のハイウェイ 61』のレコーディングに参加。同年にバターフィールド・ブルース・バンド名義でアルバムを発表。エレクトリック・ギターによるブルース表現がシーンに大きな影響を与えた。2003年に『ローリングストーン』誌の「史上最も偉大なギタリスト100人」で22位にランク。同年に「ブルースの殿堂」、2015年には「ロックの殿堂」入りも果たしている。

面白いことに、それまでの彼は “フェンダーのギター”に全く魅力を感じていなかったという。

見た目も好きじゃなかったし、もともと僕はギブソン(フェンダーのライバル・メーカー)のギターのほうが弾き心地もサウンドも気に入っていたからね。ところが、試しにこのテレキャスターを弾いてみた瞬間 “これは買わなきゃ”と思ったんだ。とても不思議な瞬間だったよ。好きでもなんでもなかったフェンダーなのにね(笑)」

ロベン・フォード(Robben Ford) 1951年生まれ。米カリフォルニア州出身。18歳(当時1969年)でプロとしての活動を開始。70年代にはジミー・ウィザースプーンやトム・スコット、ジョージ・ハリスン、ジョニ・ミッチェルらのアルバムレコーディングに参加。以降、80年代にかけてフュージョンバンドのL.A.エクスプレスやイエロージャケッツのメンバーとしても活躍。自身の名義でこれまでに30作を超えるアルバムを発表。

そして彼が率いる、ロベン・フォード&ザ・ブルーラインの2作目『ミスティック・マイル』(1993年)のレコーディングで、早速このテレキャスターを使用している。

頑丈で気軽に持ち歩ける相棒

愛しい楽器を抱えながら楽しそうにインタビューに答えるロベンだが、じつはこの日、彼がテレキャスターを持つのは予定外のことだった。今回の来日公演(※2)はサックス奏者のビル・エヴァンスとのグループ〈Blues, Miles & Beyond〉によるもので、同グループのアルバム『ザ・サン・ルーム』(2019)と『コモン・グラウンド』(2022)を携えたライブである。したがって、新アルバムのレパートリーを中心に披露するわけだが、作中で彼がメイン使用しているギターはエピフォンのリヴィエラなのだ。ところが今回のライブにはリヴィエラではなくテレキャスターを持ち込んだ。その理由を尋ねると…。

※2:ブルーノート東京(4/14〜17)公演/ビル・エヴァンス & ロベン・フォード “Blues, Miles & Beyond” featuring ダリル・ジョーンズ & キース・カーロック

ほんとうはリヴィエラを持って来るべきだった。けど、あのギターは(ボディが中空の“セミホロウ”タイプであるため)ツアーで持ち運ぶには丈夫で重たいハード・ケースが必要だし、飛行機に乗るときに手荷物で預けるのも心配なんだよね。その点、テレキャスターは頑丈だから、軽量なソフト・ケースに入れて気軽に持ち歩ける

テレキャスターが発売当初から多くのギタリストに受け入れられた理由のひとつが、この頑丈さである。それまで主流だった “箱状ボディ” のギターは壊れやすく、慌ただしいツアーで持ち運ぶには取り扱いが厄介だった。テレキャスターは、それに代わる頑丈なギターということでも重宝されたのである。

ついでながら、フェンダー社がテレキャスターに続いて発売したエレキ・ベース “プレシジョン・ベース(51年に発売)” も、ギターのように弾ける小型のベースとして革命を起こした。ギターよりもはるかに大きな “箱”を持ち、持ち運びも取り扱いも厄介だったアップライト・ベースに代わる楽器として登場したのだ。

テレキャスターに誘引されてブルースへ

ひとくちにエレキ・ギターと言っても、多くのギタリストは演奏する音楽のスタイルに応じて様々な楽器を使い分けている。ロベンも例外ではなく、過去にはギブソンのES-335やSG、フェンダーのストラトキャスター、同じフェンダー製ながらギブソン・ギターのような自身のシグネチャー・モデルなどを併用してきた。

ギターにはそれぞれ相性の良い音楽があると思う。僕にとってテレキャスターはブルース・ギターなんだ。ちなみに僕は、このギターをたくさん弾いてきたから、身体的にもこのギターの影響を受けているんだよ

たとえばピアノやサックスにはある程度の “標準的な規格”があり、演奏する際の体の構え方や指の開き具合などは基本的に共通している。ところがエレキ・ギターの場合、メーカーやモデルによって弦の長さも違うし、ネックの太さや弦と弦の間隔にも差異がある。よって弾き方もそれに応じなければならない。

かつての彼が慣れ親しんでいたギブソンのギターに比べると、テレキャスターは弦も長く、弦と弦の間隔も広い。慣れるまでに相当な苦労があったと彼は言うが、そこを我満しながら弾いているうちに、やがて自身の音楽性にまで変化が生じたという。

テレキャスターを弾くための身体的な反応が求められる。つまり “この楽器と格闘しなきゃならない”という状況が、ブルースというハードでエモーショナルな音楽を選択させた。テレキャスターを弾けば弾くほど、僕の音楽スタイルはそれまでやっていたフュージョンから、自分の原点でもあるブルースに回帰していった

抑えきれない “歌唱” の欲求

若き日の彼はマイク・ブルームフィールドに憧れ、エリック・クラプトンやジミ・ヘンドリックスといったギタリストのプレイに多くを学んだというが、いつしかジョン・コルトレーン(サックス)やマイルス・デイヴィス(トランペット)など、ギター以外のプレイヤーを熱心に聴くようになったという。

ギター・プレイヤーの演奏はもう、長いあいだ聴いていないよ。演奏というのは、普段聴いているものに影響される。ギタリストばかり聴いていたら、おのずとそういう演奏になってしまうんだ。だから、ギタリストの演奏を聴くのは何年も前にやめた。聴くとしても、たまにチェックする程度だね。ちなみに10代の頃、ウェイン・ショーターやジョン・コルトレーンみたいな音楽がやりたくてサックスを手にしたこともあったけれど、あまり上手く吹けなかった。僕にはギターのほうが向いていたんだ

つまるところ、自分はブルースに始まりブルースに回帰した “ブルース・ギタリスト” であり、その過程でジャズの影響を取り込んだのだという。そんな彼がいま心血を注いでいるのは “良い歌詞”と“良い曲”を書き、これを上手く“提示する”ことだという。無論そのスタイルはブルースに立脚している。

僕が初めてブルースを聴いたのは13歳のときだった。父親もギターを少し弾いて、おもにカントリーだったけれど、彼の歌や演奏する音楽にもブルースっぽい雰囲気があった。それに、僕は教会の音楽もよく聴いていたから、ソウルフルに物語を聴かせたいという欲求は、もともと自分の中にあったものかもしれない。ブルースも本来は歌が中心の音楽で、感情を歌で直接、聴衆に伝えるものだからね

ロベンの爽やかな歌声や洗練されたサウンドは、ブルースの持つ「しゃがれ声とダーティなサウンド」のイメージと対極にあるかもしれない。しかし彼はそんな個性を強力な武器にして、いまも自身のブルースを追求し続ける。そして、マイク・ブルームフィールドに導かれるようにして手に入れた、あの古びたテレキャスターとともに、これからも創造的な円熟を重ねていくのだろう。

取材・文/坂本 信
撮影/山下直輝
取材協力:ブルーノート東京

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