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多彩な音楽性で注目を集めるピアニスト、高木里代子。『Celebrity Standards』(2021年)、『Jewelry Box』(2022年)とストレートなジャズ・アルバムを続けて発表してきた彼女の新作『The Piano Story』(2023年4月発売)は、初顔合わせとなる井上陽介(ベース)、則竹裕之(ドラム)を迎えて、超絶技巧の演奏が飛び出す迫力に満ちたトリオ・サウンドを聴かせてくれる。高木が書き下ろした新曲に加えて、クラシック、ジャズ、ラテンなど、ジャンルを超えたカバー曲も鮮やかに料理。ますますユニークな才能に磨きをかける彼女に新作について話をきいた。
尊敬する2人との共演で得た“気づき”
――『The Piano Story』は過去2作とはメンバーを入れ替えて制作されました。トリオ・サウンドが全面に押し出されているのも印象的ですが、アルバムを制作するにあたって何かテーマにしたことはありましたか?
最初はアコースティックのメンバーとエレクトロニックのメンバーを分けて、2つのトリオでレコーディングしようと思っていたんです。でも、いろんな事情でダメになってしまって。そこで頭の中をリセットして、「だったら、日本でいちばんリスペクトする方とやってみよう」と。そして、これまでの2作は“ジャズ・ピアニスト”高木を打ち出す作品だったんですけど、今回はトリオとしての完成度を目指そうと思いました。
――そこで井上陽介さんと則竹裕之さんに声をかけたんですね。
最初に頭に浮かんだのが井上さんでした。これまで共演したことはなかったのですが、ライブはよく拝見していて。ダメもとで「お願いできませんか?」と相談したら、快く引き受けてくださいました。
陽介さんにお願いするのであれば、ドラマーは陽介さんと同じくらいのレベルの方に頼まないといけない。そこで陽介さんに相談したら、則竹さんのお名前が出たんです。則竹さんともずっと共演させてもらいたいと思っていたので「ぜひ!」って感じでした。ただ、お忙しい方なので大丈夫かなと思っていたら、先に陽介さんのスケジュールをおさえていた日だけ空いていたんです。入っていた仕事がキャンセルになったみたいで。
――このメンバーで録音する運命だったんですね。
昔だったら、気持ちが折れることがあるとそこで止まっていたんですけど、最近は「絶対、前にやろうとしていたことを超えてやる!」と思えるようになって。ネガティブなことを、ポジティブなエネルギーに変えることができるようになりました。
――素晴らしい。尊敬する2人との初共演はいかがでした?
緊張感はもちろんありましたが、演奏が始まってしまえば楽しかったです。安定感にしても全然違う。別のメンバーで何度もやってきた曲でも、これまでとは違う景色を見せてもらいました。もちろん、一緒にやるメンバーそれぞれに良さはあるんですけど「この曲はこういう音が欲しかったんだ!」って気づかされることもあって。
例えば「Rainbow Voyage」のリズムはサンバなんですけど、則竹さんにグルーブを出してもらって「これが欲しかったんだ!」って気づきました。この曲はこれまでいろんな人とやってきましたが、そのグルーブが必要だということに私自身が気づいていなかったんですよね。
――則竹さんが最後の一筆を入れてくれた?
まさにそうですね。レコーディングの時に、則竹さんに「これで曲が完成しました!ありがとうございます」とお礼を言いました。
――「Borboleta」もブラジル・テイストを感じさせますね。
ブラジル・テイストではありますが、いろんなものが混じっているんです。ジャズというよりアンサンブル曲みたいに構成されていて、いつかホーン・セクションを入れたビッグバンド編成でもやってみたいですね。
アルバムのレコーディングが終わったあと、陽介さんに「どの曲が一番難しかったですか?」って聞いたら、この曲だっておっしゃっていました。ピアノの運指が最初の1分間でありえない動きをするんですよ。そのユニゾンを陽介さんにお願いしたんですけど、陽介さんじゃないとできなかったと思います。普通に聞くとそんなに難しく感じないかもしれないですけど、今回のアルバムで一番えげつないことをやってます(笑)。
――「Updraft」も3人の超絶技巧が味わえる曲です。
今まで弾けなかった運指の曲を作りたい! という、私の中のアスリート魂が燃えて作った曲です。この曲が弾けるようになるまで2週間くらい練習しました。この曲も陽介さんにユニゾンでピアノを弾いてもらったんですけど完璧でしたね。陽介さんはエレベ(エレクトリック・ベース)を弾くようにアコベ(アコースティック・ベース)を弾くんですよ。
――この3曲、「Rainbow Voyage」「Borboleta」「Updraft」は高木さんのオリジナル曲ですが、どれも難曲で高木さんのチャレンジ精神が伝わってきます。
毎年、誕生日の9月にバースデイ・ライブをやっていて、その時に自分に課すチャレンジとして、これまで作ったことがないタイプの新曲を作って演奏することにしているんです。必ず1、2曲はやるようにしているんですけど、去年は6曲書いて、そのうちの5曲が今回のアルバムに入っています。
「ジャンルの垣根を感じないのが高木のキャラ」
――5曲すべてが難しい曲だけではなく、「Bubble Bath Story」のようにロマンティックなメロディの曲もありますね。
こういうタイプの曲も、これまで作ったことがなかったんですよね。昔、母親に読んでもらった絵本で『おふろだいすき』というお話があって。小さい男の子がお母さんに言われてお風呂に入ると、中からいろんな海の動物が出てくるんです。ウミガメとかオットセイとか、最後には鯨まで出てくる。日常の世界からファンタジーが広がって行く感覚が素敵だなと感じて、そういうファンタジーを、大人ラグジュアリーなバブル・バスから始めてみようと思ったんです。
――「One Night Love」はメロウな雰囲気が漂っていて、ボーカル曲のような趣もありますね。
若い頃はジャパニーズ・ヒップホップを聴いていて、キングギドラとかが好きだったんです。この曲は、私の中ではそういうテイストの曲で、この間、インスタにこの曲の動画をあげたら、K DUB SHINEさんが「名曲だね!」ってコメントしてくださったんです。いつかこの曲のうえで、K DUBさんがフロウしてくれたらいいなって思ってます。
――そういうコラボレートも良いですね。カバー曲も多彩です。1曲目のショパン「Scherzo No.1 Op.20」では、クラシックがジャズへと鮮やかに変化して斬新なアレンジと技巧が光っています。
ありがとうございます。前作『Jewelry Box』でもショパンを1曲やっていて、そこで試みた“クラシックをジャズに変える”という挑戦を受け継いでいるんです。私は楽譜通りにクラシックを弾くという練習を毎日やっていて、そこでピアノのスキルを磨くためにショパンやリストを弾いているんです。
クラシックの旋律にはヒントが隠されていて、ジャズの作品を聴いていて得るものと同じか、それ以上のインスピレーションをクラシックからもらっていて、このアレンジのアイデアも練習している時に思いついたんです。
そうですね。中1の頃、いちばんスパルタな教育を受けていたんですけど、1音を鳴らすのに1時間かかるんですよ。先生に「違う」と何度も言われて、1時間かかっても最初の一小節が進まない。泣きながら1日5~6時間練習していました。その時の経験が今のピアノに生きていて、あの頃、真面目に練習していて良かったと思います。
――ショパンの次に、ラテンのスタンダード「Bésame Mucho」というのも振り幅が広いですね。
私の中で、この2曲が続いているのはなんの違和感もないんですよ。ピアノを弾いて演奏することに変わりはないので。だから、新作は『The Piano Story』というタイトルにしたんです。ジャンルの垣根を感じないのが高木のキャラなんですよね。私はシンプルな曲をひねくり回さずに弾いて、その曲の良さを引き出すのが一番難しいと思っていて、「Bésame Mucho」はそのチャレンジでもあるんです。
――ジャズ・スタンダード「My Foolish Heart」もシンプルに弾くチャレンジですか?
そうです。バラードを美しく弾けるようになる、というのが私の中の課題のひとつなんですよ。それがジャズの醍醐味だと思うし、ジャズゆえの美しさと難しさがバラードに集約されていると思います。ライブでもバラードで落としどころを作れるとお客さんの満足度も上がる。マジック・ショーみたいに超絶技巧を見せるエンターテイメントも必要ですけど、ぐっと染み入る曲の大事さを大人になってわかってきたんです。
なので、今回のアルバムには超絶技巧の曲とシンプルな曲を入れたらバラエティが出て、アルバムを楽しんで頂けるんじゃないかと思ったんです。
良い音を出すために大事にしていること
――ストレートなジャズ・アルバムを3作続けて作って、改めて感じたジャズの魅力はありますか?
うーん、難しい質問ですね。ジャズは自由度が高い音楽なので、どこに落としどころを作るのかは、その人のセンスとスキルの集大成になると思うんですよ。スキルの練習をしているだけでは良い演奏はできない。ジャズは生き方すべてが音に出てしまうので。
でも「出てしまう部分」というのはスキルを磨かないと出ない。私はスキルと情感をいかに共存させるかっていうのを目指していて、この3枚のアルバムでそれに挑戦してみました。3枚のアルバムを通じて、ようやく自分がやりたい音楽が見えてきた気がします。
――生き方が音楽に出る、というのも恐ろしいですね。
清廉潔白に生きていれば良い音が出るかというとそうではなくて、残念なことに辛い時とか病んでる時に良い曲が生まれがちなんです。感情が揺れ動いていないと曲はおりてこない。だから、どんなに辛くても自分の心が動いた瞬間を逃さず、それを曲として残すのがミュージシャンとして幸せなことだと思うので、なるべく、その時々の自分をキャプチャーしながら曲として記録していきたいですね。
――7月に初めてのビルボードのライブが予定されていますが、どんなライブになりそうですか?
自分にとってビルボードは特別な場所なので、すごく楽しみにしています。いま、アルバムのメンバーでツアーに出ていて、日本全国を回っているんですけど、同じ曲でも毎回違うんですよ。違う世界がどんどん広がっていく。ライブには一期一会の良さがあると思うのですが、ビルボードのライブは一期一会の集大成になると思います。
――ツアーで3人の距離も縮まりました?
ツアーでよりファミリーになりました。車で移動しているんですけど、私は運転ができないので先輩方に運転をさせて、自分は後ろに座っているという生意気な後輩なんです(笑)。お2人との間にジェネレーションギャップなんて感じませんし、演奏が始まったら遠慮は一切なし。3人のトリオとしての完成度も回を重ねるごとに高まっているので、ビルボードではそこも楽しみにしていてください!