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これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。今回はギタリストの山田忍さんに訊く、ジャズギター練習法。
山田先生は最近の著書『名演コピー&アナライズで学ぶ 実践ジャズ・ギター・コンピング』(リットーミュージック)のほか、自身のYouTubeチャンネルでも教則コンテンツを惜しみなく公開中。リアル対面式のレッスンはもちろん、オンラインでの指導実績も高い大人気講師だ。
【本日のゲスト】
山田 忍(やまだ しのぶ)
ジャズギタリスト・作曲家。愛知県出身・神戸在住。Mistletoe Music School代表。ギター講師として、これまで教えてきた生徒の数は1000人以上。現在もギター教室で100人近くの生徒を見守りつつ、オンライン用のレッスン動画も多数制作。【聞き手】
千駄木 雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。30歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという十字架を背負っている。好きなジャズギタリストはウェス・モンゴメリー。学生時代、よくコピーした楽曲はオルタナティブ・ロックバンド、ピクシーズの「ホエア・イズ・マイ・マインド?」。
オンラインレッスンの利点と難点
――まずは山田さんの紹介から。神戸にあるギター教室「Mistletoe Music School」の代表で、オンライン・ジャズギターレッスン「バード・ジャズギター大学」、そしてYouTubeチャンネルを運営しつつ、常時100人近くの生徒を抱えている人気のギター講師です。ジャズギターに特化したYouTubeチャンネルとしては最古参のひとりですよね。
山田 YouTubeで情報発信を始めたのは10年ほど前です。東京から神戸に活動の拠点を移した際に、ギター教室の集客のためにスタートさせました。当時は今みたいにユーチューバーもたくさんいなかったので、顔を出すことには抵抗がありましたね。
――現在、およそ1万5000人のチャンネル登録者数。ギター演奏やジャズの専門チャンネルとしては絶大な支持だと思います。コンテンツの内容がしっかりしているし、山田さんのキャラクターや軽快でやさしい語り口も人気の要因だと思います。
山田 いや、噛み噛みですよ(笑)。
――またYouTubeだけではなく、オンラインで学ぶ「バード・ジャズギター大学」も人気で、現在4期生を募集中。こちらは対面レッスンのカリキュラムが毎週配信され、動画添削もしてもらえる。また同期生同士のフォーラムでジャズギターの悩みを共有できる内容。ちなみに初心者の私は、先生のYouTubeチャンネル内にある「0から始めるジャズギタービギナーシリーズ」で学んでいます。
山田 ジャズというのはビギナーにとって、どのような順番で学べばいいのかがわかりにくい音楽です。そこで、わかりやすく効率的にジャズ演奏を身につける“順番” を意識しつつ「0から始めるジャズギタービギナーシリーズ」という講座をYouTubeで始めました。
――チャンネル内には他にもいろんなシリーズの動画コンテンツが盛りだくさん。こんな有益な内容をタダで公開していいんですか?
山田 おっしゃる通り、すべてのコンテンツを無料公開することに、やや抵抗を感じたこともあります。
――現実でギター教室をやっているのだから、当然の話ですよね。
山田 それに、ビギナー向けとはいえ動画制作にはそれなりの時間とコストがかかります。そこでYouTubeのメンバーシップに移行して、できるだけ収益につなげることを考えたのですが、そうなるとYouTube側に手数料を引かれる。その割合(30%)も高いな…と感じまして。
――そのままクリエイターに入ってくるわけではないんですね。
山田 はい。そこから改めて「どのような形で提供するのがベストなのか?」と考えたときに、これまで18年間の僕の指導経験のなかに、ビギナー向けのジャズのカリキュラムはすでに “ある程度、完成している” ことに気づいたんです。ただし、先ほども言いましたが、「順番」が重要であると考えたため、オンラインサロンのようにカリキュラムをいっぺんに公開するのではなく、1週間ごとに徐々に配信する形式で実施しよう、と。
――それが「バード・ジャズギター大学」ですね。
山田 そうです。ただ一方的に教えるだけでは生徒さんの技量が分からないし、どこまで進めていいのか判断できないため、添削も付けることにしました。そうすることで、実際に対面レッスンで行っている内容と、まったく同じものをオンラインでも提供できるようになりました。
事故をきっかけに武者修行開始!?
――そもそも山田さんはどんな経緯でギタリストになったんですか?
山田 中学生の頃にテレビの深夜番組で、イギリスのとあるロックバンドの演奏を観たんですね。それがすごくカッコいいと感じて「僕もロック・ギタリストになりたい!」と思った(笑)。それが最初の衝撃だったかな…。
――入り口はロックだったんですね。
山田 その後、京都にある音楽学校に入学したのですが、担当講師がジャズの専門だったんですね。でも「ロックをやるなら東京だろう」と思い、1年後には上京して、同じ学校の東京校に通っていました。その頃はロックスターを夢見ていたので髪も長いですよ(笑)。
ただ、東京校でも同じ講師が指導されていたことは当時の僕には最大の誤算でした(笑)。だって、ロックをやるために上京したんですからね! とはいえ、迷いながらもジャズに影響されていって、あっという間にのめり込んでいました。まあ、正直なところ「地元に帰りたくない」という気持ちも強くて(笑)。ある時、髪をバッサリ切って、フルアコースティック・ギターを購入し、ジャズに浸かる決心をしました。
――なるほど…、ロン毛との決別がジャズへの第一歩…。
山田 いや、千駄木さんは切る必要ないですよ。まあ、そんな感じでジャズギタリストとして本格的に演奏活動を開始するわけです。
――でも、いきなり「今日から私はジャズギタリストです」と宣言しても、そう簡単に仕事は来ないですよね。
山田 もちろん、アルバイトをしながら頑張るわけです。ただ、そのアルバイトが原因で大きな挫折を経験します。
――どんなバイトをやってたんですか?
山田 バイク便です。その勤務中に交通事故に遭って左手の小指を骨折してしまった。その後しばらくギターを弾くことができなくなり、仕事もすべて失ってしまい「もう人生終わった」と思いました。
――左手の小指はギタリストにとって、命ですからね。
山田 はい。それで失意のまま実家に戻り、リハビリを兼ねて包帯が巻かれた指で、ふたたび基礎練習から始めました…。
――すいません…、聞いてて辛くなってきました。
山田 いや、辛い話じゃないんです。その基礎練習がもう楽しくて楽しくて(笑)。不幸な事故に遭ってしまったことは仕方がない。だからダメでもいいじゃないか。そんな潔い諦めというか、なんだか吹っ切れたような気持ちになれた。それと同時に「これを機に、もう一度ギタリストとして最初からやり直してみよう」というワクワク感もあったんですね。
その勢いで当時の僕のアイドルだったジャズギタリストのエド・ビッカート(※1)に会いに行くために、カナダに飛びました。
※1:Ed Bickert(1932-2019)カナダ出身のギタリスト。1950年代半ばにトロントのジャズシーンを拠点に活動を開始。70年代にはロン・カーターやポール・デスモンド、アート・ファーマーなどアメリカの著名奏者と共演を重ねる。のちに米レーベル、コンコードと契約し9枚のアルバムを制作。
――急展開!
山田 そのときは彼に会うことはできませんでしたが、海外でさまざまミュージシャンたちと共演しました。そこで知り合ったミュージシャンたちとは、来日したときに一緒にツアーを回ったりして、関係を築き上げることができました。
情報過多の時代で “学ぶ”ということ
――こうして “ジャズギタリスト・山田忍” は誕生し、プレイヤーとして活躍しながら、指導者としても知られるようになった。つい最近では『名演コピー&アナライズで学ぶ実践ジャズ・ギター・コンピング』(リットーミュージック)も出版されました。
――そんな山田さんのもとには、これまでさまざまなジャズギター挑戦者たちが教えを請いに来たと思うのですが、ビギナーに多い悩みとはどんなものがあるのでしょうか?
山田 かつては漠然と「練習方法がわからない」という質問が多かったのですが、最近はYouTubeチャンネルや書籍など、情報の提供が多岐にわたるため、「この情報は信頼性があるのか?」という質問が増えてきました。
――多チャンネル時代ならではの悩みですよね。自分もいざ、始めようと思ったとき、何を参考にすればよいのかがわかりませんでした。
山田 あとは “情報だけが先行している” と感じますよね。例えば僕のYouTubeチャンネルで「ジムホールの枯葉に学ぶ インタープレイ〜音の会話〜」という回があるんです。これはジム・ホールとロン・カーターのインタープレイ(対話的な演奏)について解説した内容で、自分としても非常に良い内容になったな…という実感があるのですが、思いのほか再生数は少ない。
山田 その一方で「9つのステップで学ぶコードトーン練習の決定版!」のようなコードトーンに関する動画はずっと再生され続けています。きっと「コードトーンが大事」という情報が多く出回っている影響もあるのだと思います。
――なるほど。しかも後者のタイトルには「手軽さと即効性」も感じますからね。思わず飛びつく気持ちもわかります。
山田 まぁ客観的に見ると、前者(ジム・ホールとロン・カーターのインタープレイ)はちょっと難しい内容なのかもしれないですけどね(笑)。
ただ、ここで強調したいのは「音源をしっかりと聴いて模倣する」ということです。少し厳しい言い方になるかもしれませんが、ビギナーは “苦労しなければならない” ものだと思います。試行錯誤しなければ身に付かないものはありますし、上達するためにはミスも必要です。
YouTubeや書籍には譜面、度数、解説など、これまで私が学んできたことを記載していますが、あくまでもこれらは学ぶための道筋を示す「順番」なんです。情報はすべて出していますが、それで上達するかどうかは皆さんの取り組み次第です。
――先ほどから「学ぶ順番」という言葉がよく登場します。
山田 はい。例えばビギナーの悩みでよくあるのは「指板の音名が読めない」というものです。TAB譜の登場によって音名が分からなくても音楽が演奏できますから、ロックやポップスでギター人口は急増したと思います。しかしジャズの場合は、音名が分からなければ演奏することができません。
また「コードトーンを練習しよう」とか「オルタードスケールがジャズっぽい」や「耳コピが大事」といった情報過多により、“何から始めたらいいのかが分からない” という壁にぶつかるわけです。自身のレベル以上の練習方法に手を出したら習得に時間がかかります。ひょっとしたら挫折してしまうかもしれない。だからこそ「学びの順番」は大切なんです。
「好き」という気持ちを忘れるな!
――ところで、この連載を始めてから、私もジャムセッションに参加するために、「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」のギターを弾く練習をしていますが、一向にコードが覚えられません。山田さんの「楽曲解説 Fly Me To The Moon ジャズスタンダード攻略ノート#2」という動画で、「電話機のプッシュボタンの配置でコードを記憶する」方法を紹介されたときは、「これだ!」と思ったのですが、いざ見始めるとどんどん内容が高度になって、ついていけなくなりました…。
山田 あれはメンバーシップ用のコンテンツを一部公開した動画なので、レベルが高いと思いますよ。
――っていうか、コード進行を覚えられないのですが……。
山田 まったく弾けないのであれば、ひとまず、1〜3か月は同じ曲を集中的に弾き続けて、コードを丸覚えしたほうがいいですよ。それで、10曲くらい弾けるようになりましょう。
――10曲くらい…?
山田 そうですね(笑)、伴奏だけです。ビギナーはジャズのコードを弾くことも難しいと思うので、僕のレッスンではボサノヴァの楽曲から覚えてもらうようにしています。ボサノヴァはリズムパターンが決まっているので、コードを覚えることに専念できます。
――なるほど! もちろんボサノヴァが簡単ということではないし、深くて魅力的なジャンルなので、そのままボサノヴァにハマっていくのも悪くないな…。ただ現状は、ナインス・セブンス・シックスのテンションコードも覚えられていません。
山田 最初はみんな、コードネームを意識しますが、だんだん指の動きが覚えてくれますよ。というか…、多くの人が “いきなり理想を高く持ちすぎている”ようにも感じます。そもそも楽器演奏というのは難易度が高いものなんです。いきなりアドリブで自由に弾けるようになることを安易に目指すと失敗しますよ。
――コードをようやく弾けるようになっても、次はアドリブがあるんですよね…。
山田 コードトーン同様、「ここではこのスケールが使える」とよく言われていますが、スケールはあくまでも “結果” です。
ジャズギタリストはスケールを自由に使っているわけではありません。スケールというのは日本語の「五十音」みたいなもので、「五十音」をランダムに組み合わせて話しているわけではなく、「五十音で作られた単語」を僕たちは話しているわけですよね。だからこそ、最初は12音で作られたフレーズをたくさん学ぶべきでしょう。だから、僕が生徒に実践的なコードトーンの練習方法を教えるのは1年以上経ってからです。
――当たり前の話ですが、一朝一夕にはいかないですよね。自分もゆっくりと勉強していこうと思います。
山田 付け加えると、スケールを自由に弾けることよりも「ビバップというのはコードを装飾する音楽である」ということを思い返すべきです。ビバップ以前はメロディーをフェイクしたり、楽曲の雰囲気から派生するメロディを、アドリブで生み出していたかもしれないですが、例えばチャーリー・クリスチャンたちはコードを装飾して表現する方法を模索していきました。だからこそ、彼らと同じ手順でジャズを学ぶといいんですよ。
――ここでも「順番」だ。先駆者たちが悩んだであろうことを考えながら、弾いていくということですね。
山田 その通りです。それとリスニングがしっかりしていないと、仮にジャズっぽいフレーズを弾いても、雰囲気は出ません。むしろ、メジャースケールしか覚えていなくても、たくさんリスニングして、リズムとニュアンスを模索してきた人の方がジャズに聴こえるんです。
――なるほど。そこから、前出の「苦労しなければならない」 の話につながっていくわけですね。
山田 はい。僕は教本『本気のジャズ・ギター・メソッド』で「フレーズの作り方」という情報を提供しましたが、それを読んだだけではジャズにはなりません。読んだうえで、原曲を聴いて模倣しなくてはならないのです。
山田 例えば、千駄木さんは「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」を何テイクぐらい聴いて、誰のバージョンが好みですか?
――『新世紀エヴァンゲリオン』の林原めぐみのカバーが好きなので、そればかり聴いていますね…。
山田 即答ですね! 素晴らしいです! 大事なことは、その楽曲を演奏している多くのアーティストを聴くことです。自分がいいと思うバージョンがあれば、その演奏を模倣するべきでしょう。みんなが情報に流される中、千駄木さんのように「自分はこれが好き!」と言えることが、ジャズ学習で最も大事なことなんです。
取材・文/千駄木雄大
ライター千駄木が今回の取材で学んだこと
① YouTubeでのレッスン動画も限界がある
② ギターヒーローがいれば飛んで会いに行け
③ 学びの順序が重要
④ 技法だけではなくリスニングを怠らずに
⑤ 『エヴァ』の「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」、じつは数種類ある