投稿日 : 2023.07.28

東京のミュージック・バー&カフェ ─2020年代の新たな情勢は?【いつか常連になりたいお店/特別編】

「いつか常連になりたいお店」特別編

“音楽に深いこだわりを持つ飲食店” を紹介する連載記事「いつか常連になりたいお店」は、本誌『ARBAN』で最長の連載企画。今回はそんな人気連載の担当ライターと編集者が、この5年を振り返りつつ “東京のミュージックバー&カフェ” 近年の傾向を考察する。

『BLUE GIANT』の効果絶大

担当編集者(以下:編集) 以前、この連載が5年目へと突入したとき(2018年)に 振り返り記事を作りましたが、あれからさらに5年経ちまして。

担当ライター富山(以下:富山) 月日が流れる早さは恐ろしいですね…。

編集 というわけで、この5年を振り返りつつ、昨今のミュージックバーやカフェ事情を教えてほしいのですが、その前に。最近、映画『BLUE GIANT』効果でジャズバーやジャズクラブへの関心も高まっているようで、以前に富山さんが書いた記事「ジャズクラブをスマートに楽しむ方法─予算は? 食事は? 服装は?」がすごく読まれているんですよ。

富山 『BLUE GIANT』効果は本当にすごいですよ。そこに昭和レトロ・ブームが重なって、一部のジャズ喫茶は満席で入れなかったりするほどですから。家の近くにある小さなジャズバーも、久しぶりに行ったら若い女性客がいてびっくりしました。

編集 ジャズというジャンルにおいては、何十年ぶりかに訪れたビッグウェーブですよね。

富山 ほんとですよ! ARBAN含め、ジャズ界隈はもっと便乗するかと思ったのに、意外に冷静なのが気になるんですけど。

編集 そうですよね。いろいろやりたいことはあるんですけど…。

富山 ちなみに、この連載は “ジャズ関連のお店” に限定しているわけではなく、広く「音楽にこだわりのあるお店」を紹介しているので、音楽ジャンルやお店の業態も様々です。ということを、まず読者の方にはご理解いただきつつ読んでもらえればと思います。

編集 そうしたミュージックバーやカフェの、最近の傾向って何かありますか?

90sクラブ文化の再編

富山 都内近郊に限っていえば、アナログレコードをかけるカフェやバーが増えています。

編集 レコード熱は一旦落ち着いた感じはありましたけどね。再び増えている、と。なにか理由があるんですかね?

富山 肌感覚で申し訳ないですが、“世代”ですかねぇ。きっかけはいろいろですが、お店を出す資本力がある人って、40代以上になりがちじゃないですか。その世代は思春期が90年代後半~00年代前半なので、DJカルチャーというかレコードがブームだったんですよ。雑誌のかっこいい部屋特集には必ずターンテーブルがあったでしょ? つまり、レコード好きの母数が多い気がします。それより上の人はフツーにレコード世代ですし。

編集 確かに、レコ屋の袋を持って歩くのがかっこ良かった時代。そこからレコードを買い続けた人たちが、自分の趣味を反映したお店を出す時期にきているわけですね。

富山 その傾向は感じます。あと取材をしていると、出店にもいくつかのパターンがあることも見えてくる。たとえば、お金に余裕のある人(や法人)が、新規事業副業的に始めるパターンがあります。あと、脱サラして始めるパターンも多い。それから、元クラブ関係者が独立して始めるパターンも最近は増えていると感じますね。

編集 なるほど。それぞれパターンごとの傾向みたいなものってありますか?

富山 まず単純に、バックにある資本が大きくて資金に余裕のあるお店は、広くて豪華ですよね。代表格は(株)フェイスが運営している「BAROOM」や、(株)KURKKUと(株)TRANSIT GENERAL OFFICEが共同運営している「THE MUSIC BAR -CAVE SHIBUYA-」あたりです。

BAROOMの写真10
BAROOM(バルーム):東京都港区南青山6-10-12

富山 広くてラクジュアリーな空間なんだけど、意外にもカジュアルな雰囲気なので、初心者でも気軽に行きやすいと思います。オーディオ機材や調度品、内装などの “見栄え” も良いのでデートにも向いていますよね。

THE MUSIC BAR -CAVE SHIBUYA-の写真9
THE MUSIC BAR -CAVE SHIBUYA-(ミュージックバー -ケイヴ シブヤ-):東京都渋谷区渋谷1-15‐12

ワイン充実の清雅な空間

富山 あとは、音楽レーベルである MULE MUSIQ の Kawasakiさんがやられている「STUDIO MULE」や、他業種でお仕事をされながらやっている中目黒の『epulor』、新宿御苑の『MAKANI』あたりですかね。みなさん、余裕のあるスマートな遊び人たちだけに、上品な佇まいをしています。この3店舗はワインをウリにしているのも共通点ですね。

STUDIO MULE
STUDIO MULE(スタジオ ミュール):東京都渋谷区神山町16-4 ヴィラメトロポリス 3E

編集 なるほど、音楽を楽しみながらワインを飲むスタイルっていうのは、なんか都会的ですね。

エプロア
epulor(エプロア):東京都目黒区青葉台1-19-10 エスセナーリオ青葉台 1F

編集 確かに、どの店もかなりの量のアナログレコードを備えていますね。

富山 もちろん、お店によって音楽ジャンルの傾向は異なりますが、たとえば「うちはモダンジャズが中心」みたいな頑固さはなくて、店主が考える “グッドミュージック” を幅広くセンスよく揃えている。ジャンルも時代もシャッフルしたセレクトなんです。これも近年のミュージックバーの特徴の一つだと思います。

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MAKANI(マカニ):東京都新宿区新宿1-29-13 ハレマカニ御苑1F

王道は “脱サラ&定年退職”

編集 さっき話に出た “脱サラ・定年” パターンだと、どんな店があるんですか?

富山 じつは、僕が取材してきたミュージック・バーやカフェのほとんどがこのパターンです。

編集 会社員をやりながら「いつか自分の趣味を反映させた店を出したい」って考えている人は結構いる、ってことですね。

富山 したがって、お店にも店主の個性がしっかり出る。取材させていただいたお店はどこも魅力的ですけど、何かしら際立っているといえば、横浜・日の出町の「shelter people」、吉祥寺の外れにある「SILENCIO」、下北沢の「tonlist」とかですかね。

shelter people(シェルター・ピープル):神奈川県横浜市中区長者町8-136-8 エイトセンター地下1階

編集 なるほど、さっきの “大資本型” は都心ですが、こちらは郊外が多いわけですね。

SILENCIO(シレンシオ):東京都練馬区立野町10-37

富山 スタイリッシュで洗練された空間なんだけど、アットホームでのんびりとした雰囲気も併せ持っている。そこも共通した特徴だと思います。

tonlist(トンリスト):東京都世田谷区北沢1-45-15 鈴なり横丁1F

編集 あとは、“脱サラ” ならぬ “脱クラ”とでも言うべきか、90〜00年代にクラブで働いていたり経営に参画していた人が出店するパターンも結構あるそうで。

富山 そこが意外と増えている印象もありますね。これから取材をお願いしようと思っているお店がいくつかありますが、既出のお店では、渋谷の「RECORD BAR analog」、梅ヶ丘の「梅丘QUINTET」とか。DJバー出身という意味では神田の「Bar SLIGHT」とかもそうですね。

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RECORD BAR analog(レコード バー アナログ):東京都渋谷区道玄坂2-20-9 柳光ビル3F

編集 目指すところはクラブのラウンジみたいな感じなんでしょうか?

富山 そこまでクラブっぽさは追求していないけれど、ほのかにその雰囲気は漂ってる。もともとクラブで遊んでいたけれど、年齢を重ねて、もう少し落ち着いて音楽&ドリンクを楽しみたい……そんな客層を意識してる気がします。

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梅丘クインテット:東京都世田谷区梅丘1-15-9 スペース88 B1

富山 あと、この系統のお店は基本的にオープンというか、お客さんに対してウェルカムです。時代に合わせるセンスというか、そういうものを取り入れようともする。自分の趣味を優先したお店というより、こんなお店なら楽しんでくれるのではないか? という視点で作っているような気もします。

編集 クラブは店舗ごと個性がありつつも、基本はハコですもんね。マーケティング的な目線が自然と身につくのかもしれない。

Bar SLIGHTの写真1、いつか常連になりたいお店Vol.49
Bar SLIGHT(バー・スライト)東京都中央区日本橋本石町4-4-15 平和本社ビル3F

富山 それはあると思います。でも、いまやレコードバーやレコードをかけるカフェは、ほんとバラエティ豊かですよ。その日の気分やシチュエーション、行くメンバーによって選べるので、面白い状況だと思うんですよね。ここまでの話では出てきていない「青ちょうちん」とか「ロックバー叫び」のような、音響がヤバい店もありますし。

編集 この連載で登場する店は、基本的に音響にも強いこだわりがありますよね。

青ちょうちん:東京都目黒区三田1丁目13-4 恵比寿ガーデンプレイス BRICK END

富山 そんな中でも突出した個性を持っているのが「青ちょうちん」と「ロックバー叫び」でしたね。「青ちょうちん」は店主がいるときだけレコードで、「叫び」はレコードじゃないですけど、どちらもすごいサウンド。

ロックバー叫びの写真2
ロックバー叫び:東京都台東区根岸2-16-11 1F

編集 音の良さの評価ってすごく難しいですけど、“オーディオ評論的な音の良し悪し” を超えた、衝撃的な音響体験ってありますよね。

富山 そう、衝撃の不思議体験って感じ。もちろん、そこにはお酒の効果も加味されるわけですが(笑)。

編集 なるほど。お店の個性はそれぞれですが、すべてをひっくるめて良いお店の条件って何ですかね。

富山 う~ん…飲食店って対面商売じゃないですか。とくにバーはそうですけど、お客は「店主やスタッフに会いに行く」って感覚も強いと思うんです。しかも、ひとりとか少人数で行く場所でもある。そうなると、音響もドリンクもフードも、店の雰囲気も選曲も大事ですけど、最後は「」になっちゃいますよね。“常連になりたい” と思わせる店は。

編集 「いつか常連になりたいお店」ですもんね。今回もうまく締めていただきました(笑)。

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