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【上原ひろみ インタビュー】「遊園地みたいな世界を冒険していくような…」新プロジェクト “Hiromi’s Sonicwonder” 始動

Photo by Mitsuru Nishimura

“あの頃” の自分

上原ひろみのデビューアルバム『アナザー・マインド』が発表されたのは2003年。そこからちょうど20年が経った。あの作品で彼女はいきなり “世界デビュー”を果たし、以来、文字どおり世界を飛び回りながら大冒険を繰り広げてきた。

いまや知名の士であるが、デビュー時はまだ無名の学生ピアニスト。そんな “20年前の自分” と現在の自分を比較して、何がいちばん変わったか? と尋ねると、彼女はこう答える。

ライブ会場にいらっしゃるお客さんの多くが、私のことを知っている。これは最大の変化です

だから楽になった、という話ではない。

ハードルが変化した、ということです。知らない人に私の音楽を聴いてもらうとき、そこにはある種のハードルが存在します。同様に、私を知っている人にもハードルはある。たとえば『前回の演奏はあんな感じだったけど、今回はどうだろう?』みたいな、期待感のようなハードルが生まれます

実績を重ねるたびに新たなハードルが出現する。これをクリアするのは彼女にとって「とても楽しいこと」だという。一方、そうした状況の変化とは裏腹に、デビュー以前からまったく変わらない自分もいる。

ライブの前のワクワクする気持ち。これはずっと変わらないですね

このインタビューの少し前にも、彼女はフランス、スペイン、ドイツ、イタリアのツアーで、そのワクワクを存分に味わっていた。しかも、新たに始動したプロジェクト “Hiromi’s Sonicwonder” でのライブだ。バンド名の「ソニックワンダー」からしてワクワク感に満ちた響き。さらに同名義のアルバム『Sonicwonderland』もリリースされる。

上原ひろみ Hiromi’s Sonicwonder 『Sonicwonderland』(ユニバーサルミュージック)

新作のメンバー捜索

この新プロジェクトの起点になったのは、ベーシストのアドリアン・フェローだった。2016年に上原ひろみのツアーで両者は初共演。このとき彼は代役という形のイレギュラーな参加だったが、上原は「初めての共演とは思えないような不思議な感覚と化学反応」を得て、彼の個性に強く惹かれたという。

彼を想定した曲をちゃんと準備して、一緒にバンドがやりたいという気持ちが湧きました。それが、今回のプロジェクトの実質的なスタートだったのだと思います

こうして新プロジェクトためのメンバー探しが始まった。と同時に、バンドのサウンド感や曲のイメージも、彼女の中で徐々に解像度を上げていった。

久しぶりにキーボードをフィーチャーしたいな…という気持ちがあって。以前にソニックブルームというバンドをやっていた時にキーボードを結構使っていたので、その流れを汲むイメージでソニックワンダーにしよう、と。そこから曲を書いていく中でドラムはこういう音がいいなとかトランペットも聞こえてきたな…みたいな感じで、音像がだんだんはっきりしてきました

Photo by Mitsuru Nishimura

その過程で “このバンドに必要な仲間” の像もだんだん明確になっていき、イメージに合致する演奏者をスカウトしていった。最初に仲間として引き入れたアドリアン・フェローに次いで、彼女が声をかけたのはドラムのジーン・コイである。

私がスタンリー・クラークのバンドをやっている時に、彼が一度、代役で来たことがあって。一緒に演奏したのはそれが最初でした。その後も、ラリー・カールトンのバンドで彼の演奏を何度か見て。すごくエネルギーがあってユーモアにあふれたドラマーなんです。この人だな、と思ってスカウトしました

彼女のスカウターが次に捉えたのはトランペット奏者だった。

曲を書いているときに、低音のトランペットのイメージが浮かんで。少しダークで温かみのある音。そんなイメージの音色を持っている人で、エフェクトが使える人。それでアダムを見つけました

アダム・オファリルは28歳のトランペッター。彼の兄(ザック)も有名なドラマーだが、彼らの父であるアルトゥーロもラテンジャズのオーケストラを率いる有名人。さらに祖父のチコ・オファリルもキューバ・ジャズの先駆者として知られるレジェンドだ。

そう、あの “オファリル家” の人です(笑)。寡黙でいつも物思いに耽っている、そんな雰囲気の人ですけど、ツボにハマるとずっと笑ってる…天然な感じですね

魅力的な仲間が揃い、出発の準備は整った。

このアルバムは、4人で遊園地みたいな世界を冒険していくような、そんなイメージなんです。私の中ではすごくRPG(ロール・プレイング・ゲーム)っぽい感じがあります。と言っても、決して最新の3Dではない、横スクロールのRPGですけどね(笑)」

初期コンピュータ・ゲームが醸し出す、ある種ユーモラスでハッピーなレトロ感。このアルバムに漂うのも、そんな雰囲気のファンタジーだ。

ステージ上の「視界」に変化が

こうして新たなアルバムが完成したわけだが、先述のとおり、アルバム完成前からすでにこのバンドで海外での公演を何度も行っている。

今年の5月からこのバンドでツアーしていますが、たとえばサンフランシスコでやったときは、土地柄もあってヒッピーっぽいと言うか…まるで神様みたいな風貌の(笑)お客さんが踊りまくっていて

その周囲には、クラシックのコンサートにも通っているような落ち着いた雰囲気の客も多数いた。が、やがて彼らの身体も揺れ始める。

その瞬間に思わずガッツポーズしたくなるような気持ちになりました。私は新しい扉を開けて冒険に出た。そして彼らも新しい扉を開いてくれた。それがすごく嬉しくて。これだよな、音楽って、と改めて思いました

そして彼女はこう続ける。

この5年くらいの間、お客さんと真正面で向き合っていなかったんですよ

なんともショッキングな告白に聞こえるが、これは “ステージ上のポジション” の話だ。

Photo by Mitsuru Nishimura

ピアニストって基本的に、正面(客席側)を向かないんです。でも今回のようにキーボードも使うときは正面を向くことになります。客席側を向いてお客さんと視線を合わせて、その反応をリアルに感じながら、お客さんと一緒に音楽を創っていく。その感じが面白いし、弾くのが楽しいですね

もちろん彼女はこれまでアコースティックなピアノ演奏も、観客と共に存分に楽しんできた。ただ、この5〜6年のあいだエレクトリック・ピアノを集中的に弾く機会がきわめて少なかったため、このような “アングルの変化がもたらすオーディエンスとの一体感” を久しぶりに実感したのだという。

もう一人の仲間

 そんなライブでよくオープニングに演奏している楽曲が「Wanted」だ。今回のアルバムでも1曲目に配置されている。

最初に、まずメンバーを探しているイメージで書いた曲です

という「Wanted」は、歩行を想起させるような上原の打鍵から始まる。ひとり歩み始めるピアノ。そこにベースがふらりと近寄って歩調を合わせる。ほどなくドラムも絡み始め、やがてトランペットも寄り添い、奏者一丸となったアドベンチャーへと発展していく。

これはまさに出会った順番なんです。メンバーを一人ずつ “Wanted” して獲得していくイメージで作りました。ライブでもこの曲でスタートすることが多いです

まさに前述の「RPGのイメージ」と重なる部分だ。他の収録曲に同様に、さまざまなアドベンチャー要素やゲーム感が見え隠れする。さらに作中にはもうひとり、この冒険に随行するメンバーが登場する。収録曲「レミニセンス」にシンガーとしてフィーチャーされたオリー・ロックバーガーだ。今回、アルバムに参加したメンバーの中でもっとも上原との付き合いが長く、特別な絆がある。

彼はロンドンを拠点に活動するシンガー・ソングライターで、ピアニストでもあります。私とはバークリー(音楽大学)の同期で、卒業してからもお互いのキャリアをずっと応援しあっている、最も仲の良い友人のひとりです

この曲「レミニセンス」を作ったのは2年ほど前。作曲中、不意にオリー・ロックバーガーの声が浮かんできて、すぐに彼に連絡をしたという。

本人に電話して『歌詞を一緒に書かない?』って。そのときはアルバムのことなんて想定していなかったので、ただ二人で、趣味で(笑)書いて完成させた曲です

学生時代からの親友で、いまも気軽に連絡し合う間柄。だが、これまで “仕事” を共にすることはなかった。こうした共作を世に出すことになり、両者の感慨もひとしお。

いつかはこんなこともあるだろうな…と、お互いに思っている感じはありましたが、今回こんなふうに形になって世に出せるのは本当に嬉しいです。昔から知っている二人にしかわからない達成感みたいなものがあって、それを共有できたのも嬉しかった

制作中、ふたりの胸中に去来したのはやはり “あの頃の自分たち” である。

バークリーのカフェテリアで一緒に演奏してたこと覚えてる?  みたいな話をしました。それで『あそこから始まって、こうしてちゃんと作品つくったね』って、お互いに感無量という感じで

まさに「これから大きな冒険へ踏み出そう」という時を一緒に過ごした仲間が、いま再び旅路で合流した。バンドメンバーたちも同様に、奏者それぞれが見事に「ロール(役割を)プレイング(実演)」する本作。RPGに即して言うなら、まるで魔法使いだらけの一団とでも言うべきか、いかにもWonder(不思議/驚異)な一作である。

取材・文/楠元伸哉

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