ARBAN

【ジャック・リー/インタビュー】 ネイザン・イーストとの共作でゴスペル・スピリットあふれる新アルバム発表


韓国を代表するジャズ・ギタリスト、ジャック・リーが、アメリカ屈指のベーシスト、ネイザン・イーストとコラボレート。“スピリチュアル” をテーマにしたアルバム『ハート・アンド・ソウル』を作り上げた。

ジャック・リー&ネイザン・イースト『ハート・アンド・ソウル』(ユニバーサルミュージック)

本作には、グラミー賞ピアニストのジョンン・ビーズリーをはじめ、ドラマーのスティーヴ・フェローン、ネイザンの息子の鍵盤奏者、ノア・イーストなどが参加。収録曲はフォーク、ソウル、クラシック、賛美歌などジャンルを超えた多彩なカバー曲とオリジナル曲。また、スペシャル・ゲストとして平原綾香が参加してソウルフルな歌声を聴かせている。スピリチュアルなエッセンスと、ジャズの豊かなフィーリング。そして、見事なテクニックが融合した本作について、来日中のジャック・リーに話を聞いた。

この困難な時代に…

──今回、ネイザン・イーストとアルバムを共作した経緯を教えてください。

これまで私がネイザンの作品に参加したり、彼が私の作品に参加してくれたりと、お互いにサポートをしてきて、いつか一緒にアルバムを作りたいという話をしていました。それがついに実現したんです。

──アルバムの内容についてはどんな話をしたのでしょうか。

私はクリスチャンなのですが、私と同じ教会に通っている年長の信者の方から、スピリチュアルなものをジャズでやると面白いんじゃないかと言われたんです。その話を聞いたときに真っ先にネイザンのことが思い浮かびました。ネイザンのお兄さんは牧師で家族全員が経験なクリスチャンですからね。

それでネイザンに相談したら、彼も賛成してくれたんです。そして、二人でアルバムについて話をしているうちに、今の世界は戦争や差別、コロナなどいろんなことが起こっているので、スピリチュアルなテーマというのは今の世相にフィットする気がしたんです。

──収録曲は、スティーヴィー・ワンダー神とお話、サイモン&ガーファンクル明日に架ける橋、ガブリエル・フォーレリべラ・メ、賛美歌アメイジング・グレイスなど、さまざまなジャンルの楽曲を取り上げていますが、選曲の際に心掛けたことはありますか?

まずはメロディーです。ジャンルは関係なく、自分が大好きなメロディー。感情移入できるメロディーであるということが重要でした。

──メロディーはあなたが一番大切にしている要素ですか?

メロディーを支えるコード進行も大事ですし、土台を支えるベースラインも大事ですが、真っ先に惹かれるのはメロディーですね。

パット・メセニーの影響力

──スティーヴィー・ワンダー神とお話はアルバムのコンセプトにぴったりの選曲ですね。

歌詞も素晴らしいし、メロディーも大好きです。この曲は、まず、みんなでスタジオに入ってスティーヴィーのオリジナル・ヴァージョンを聴いてみました。そのあと、自分たちのバージョンをどうするのか考えたんです。最初にジョン・ビーズリーが凝った不協和音のピアノを弾き始めて、そこにスティーヴ・フェローンがグルーヴを加えて、二人の演奏にみんなが合わせていきました。

そして、2~3分で基本的なアイデアがまとまって、それを録音した後、細かい部分を詰めていったんです。こんなにスムースにできたのはこの曲だけでした。アレンジのアイデアは天から降ってきたみたいで、まさに神との語らいから生まれた曲でしたね(笑)。

──では、アレンジに頭を悩ませた曲はありますか?

「リベラ・メ」ですね。16小節あるメロディーを、延々と繰り返して聴きながらアレンジを考えました。同じメロディーを何度も繰り返すのは能がないので、最初はギター、次はピアノ、というふうに楽器の編成を変えていくことで少しずつ変化をつけて、同じメロディーを繰り返しながらもストーリーをエモーショナルに盛り上げるように工夫しました。

この曲はコード進行的に、和声的にもクラシックのなかでは特殊なハーモニーなので、アレンジはとても難しかったですね。でも、最終的には良いアレンジになったし、すごく思い入れがある曲になりました。

──イッツ・ユーには平原綾香さんが参加されていますね。

彼女は本当に素晴らしかった! 「イッツ・ユー」は韓国のゴスペルの曲で、70年代に書かれてから韓国で歌い継がれてきました。最近ではエイリーという韓国の女性シンガーが歌って話題になりました。平原さんはエイリーの歌をYouTubeで一回聴いただけで歌の本質的な部分を捉えて、それをもとに自分の感情を膨らませて独自の解釈で歌ってくらました。彼女はこの曲を気に入ったみたいで、自分のアルバムにも入れることにしたそうです。

──ジャックさんが書いたオリジナル曲ヘヴン・ノウズは、ギターの音色も柔らかくて安らぎに満ちた曲です。この曲はどういったイメージで作られたのでしょうか。

アルバムのコンセプトに合わせて、ネイザンと1曲ずつオリジナル曲を入れることにしたんです。「ヘヴン・ノウズ」はパット・メセニーの「イフ・アイ・クッド」にインスパイアされながらも、超自然的な存在と交信するイメージで曲を書きました。

Jack Lee/韓国出身のギタリスト。17歳で渡米。コロンビア大学でコンピューター・サイエンスを専攻しながら、放送局WKCR-FMでDJとしても活躍。これを機にさまざまなミュージシャンとの交流を持ち、ラリー・コリエルら著名ギタリストから学びを得る。卒業後にプロのミュージシャンとなりニューヨークを拠点に活躍。これまで16枚のアルバムをリリース。今回の最新作は2019年リリースの『La Habana』以来4年ぶりのアルバム。

──パット・メセニーとは交流が深いようですが、彼の音楽のどんなところに惹かれますか?

パット・メセニーのやることなすことすべてが好きですね。彼は現役ミュージシャンでは最高の一人だと思います。韓国で彼と共演したことが何度かありますが、そこで彼の音楽に対するアプローチを学ぶことができました。ちなみにネイザンも私と同じような感情を持っていて、彼もパット・メセニーが一番好きみたいですね。

レジェンドたちとの交流

──あなたは10歳の頃からギターを弾き始めたそうですね。きっかけを覚えていますか?

テレビでクラシックギター奏者のアンドレス・セゴビアの演奏を見たんです。彼が演奏する姿を見てギターに魅力を感じました。その後、周りの友達の影響でジミヘンやエリック・クラプトン、ジェフ・ベックといったロック・ギタリストを聴くようになったんです。そして、ジャズを知りました。

最初の頃はマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンなんかを聴いていて、そこからウェス・モンゴメリー、ジョン・マクラフリン、メセニーといったジャズ・ギタリストを聴くようになりました。

──ジャズのどんなところに惹かれたのでしょう。

初めてジャズを聴いた時、ブルースをルーツに持つギターを聴いていた者にとっては、とっつきにくい音楽でしたね。弾くのも難しいですから。でも、高度なメロディーやハーモニー、リズムに慣れてきて、ジャズという音楽の感覚を掴むと離れがたくなる。それがジャズの魅力だと思います。

──17歳で渡米して、大学で学びながら本場のジャズに生で触れられた。この経験は大きかったですよね。

アメリカでは大学で学びながら、2年間、WKCR-FMのジャズ番組でDJをやっていました。その2年間に、マイルス・デイヴィスやマックス・ローチ、ソニー・ロリンズ、ジョン・スコフィールド、エミリー・レムラーといった人たちに会ったり、インタビューをしたりしたんです。ビル・エヴァンスと朝食をとったこともありました。

そういう貴重な経験をするなかで、ラリー・コリエルに出会い、彼が私の最初のギターの先生になったんです。それまではずっと独学でやっていたんです。2年で20年分くらいの濃い経験をして大きな影響を受けました。10歳の頃からギターを弾いていたので音楽の仕事をやりたいとは思っていましたが、この2年間の経験を通じてプロとしてやっていこうと確信したし、自分の演奏に自信が持てるようになったんです」

──ギターを弾く時に心掛けていることはありますか?

若い頃は「自分はこんなことをできるんだ」とテクニックを見せびらかせたい気持ちもありましたが、歳をとるにつれて一貫した物語を語ることに気持ちが向かうようになりました。そういうことの名手といえば、キース・ジャレットやウェス・モンゴメリーです。彼らのように演奏を通じて物語を語るのが得意な人たちの演奏を見習っています。あと、メロディーはとても重要で、メロディーをしっかり弾くことができれば8割は成功したと思います。

──新作を聴くと、あなたは一音一音、丁寧に心を込めて弾いていますね。アルバム・タイトルは、あなたのギター・プレイを表しているようにも思えました。

ありがとう。タイトルを考えたのはネイザンで、このタイトルには、ネイザンと私、「ハート」と「ソウル(韓国の都市名)」という意味もあるんです。ちょっとしたジョークでけすどね(笑)。

取材・文/村尾泰郎

ARBANオリジナルサイトへ
モバイルバージョンを終了