投稿日 : 2023.10.27

【東京・白山／レトロ喫茶 ELLA & LOUIS】古き良き喫茶店をそのままにレコードでジャズがかかる店

Food & Drink Jazz

取材・文／富山英三郎　撮影／高瀬竜弥

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レトロ喫茶 ELLA & LOUIS＿写真11 — いつか常連になりたいお店 #77

「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は白山（東京都文京区）にある、『レトロ喫茶 ELLA & LOUIS（エラアンドルイ）』を訪問。自分の生活圏内にあって欲しいと思わせる、老舗喫茶店を受け継いだお店の成り立ちには、人間の第六感が大きく関わっていました。

約48年続いた喫茶店を居抜きで引き継いたお店

都営三田線の「白山」駅から徒歩約2分、白山上の交差点にあるファミリーマートの2Fに位置する『レトロ喫茶 ELLA & LOUIS（エラアンドルイ）』。近隣には東洋大学をはじめ学校が多く、公園や神社などもあり住宅地としても人気のあるエリアでもある。

2023年7月にオープンした『ELLA & LOUIS』は、そんな地で約48年続いた喫茶店を居抜きで引き継いたお店でもある。昔ながらのサイズのため、ひとつひとつの椅子は小さいが席数は35席。トイレ以外は改修せずに、すべての設備をそのままの状態で活用している。

「2年くらい物件を探していたのですが、1年を経った頃から後継者問題を抱えているお店が多いと気づいたんです。良いお店がなくなっていくことのもったいなさを感じていましたし、自分でゼロから作るのではなく、誰かが大切にしていたものを残すのもいいかなと考えるようになりました」。そう語るのは、1977年生まれのオーナー左納宗一郎さん。

現在、独立してプロジェクトマネージャー業をメインにしている左納さんは、ウェブ販売のジャズレコード専門店『JAZZ TRIP RECORDS』を2021年より運営している。それと同時に実店舗を持ちたいと考え、物件探しを始めたという。

物件探しもコンセプトもすべてはインスピレーション

「ジャズの即興と一緒で、ほぼインスピレーションで動き始めたんです。そもそもジャズ喫茶にこだわっていたわけでもなく、このお店もジャズ喫茶とは名乗っていません。何かしらリアルな拠点が欲しかったので、さまざまな物件を見ながら、ここならこんなことができそうだ、という感じで進めていったんです」（左納さん）

『ELLA & LOUIS』は「レトロ喫茶」を謳っており、あくまでも喫茶店という立ち位置で営業している。とはいえ、左納さんがジャズ好きであること、さらにジャズ喫茶やジャズバーを巡ることを趣味としているため横の繋がりもある。その一方で、店主の高齢化も感じていた。「文化の継承」という思いを強くしたのは、前職でたずさわった仕事の影響が大きいという。

物理的な伝統よりも、それを受け継ぐ人や思いのほうが重要

「地域おこし協力隊などの方々と組んで、久米島の高校生20人くらいとワークショップをしたり、文化継承活動みたいなことをしていたんです。そこで感じたのは、最終的には人が持っている“思い”が重要なんだということでした。物理的な伝統も大事ですが、自分たちのルーツを大事にする“人”のほうが宝物だなって。古き良き喫茶店やジャズ喫茶も”人”じゃないですか」（左納さん）

そんななか、店主に大抜擢されたのは久米島出身の町田琉衣さん。2002年生まれの彼女が左納さんと出会ったのは、前述の文化継承活動に参加していた高校時代。高校卒業後は、友人に誘われる形でふらりと上京していた。

「東京のシェアハウスに友だちが住んでいて、すごくいいからおいでよって言われたのがきっかけです。シェアハウスは２年間と決めていたので、次は関西に行こうかなと思って準備しているときに誘われました」（町田さん）

「仲介業者さんからこの物件の写真を見せてもらったとき、可能性があるなと感じたと同時に、琉衣（町田さん）のことが頭に浮かんだんです。彼女がマスターをやって、レコードをかけている風景が見えたんです。出会った頃、将来はバーをやりたいと言っていたことも大きいですね。そんなこともあって、最初の内見から“やる気があれば一緒に見に行かない？”って彼女を誘いました。すべてはインスピレーションです（笑）」（左納さん）

近年、昭和レトロがブームになっているが、『ELLA & LOUIS』においてはそこを戦略的に狙ったわけではなく、偶然の必然のように生まれているのが面白い。突然連絡が来た町田さんも、インスピレーションに導かれるまま店主となった。

面白そう！とふたつ返事でOKした久米島出身の若き店主

「こんな機会もないし、面白そうだなって。高校時代から飲食店でアルバイトをしていましたし、フリーター時代もホテルマンで、料理を研究するのが趣味でもあったんです。音楽に関しては小学生のときに三線をやっていて、高校時代に合唱部や吹奏楽部に入ったりしていました。でも、基本的にはボーカロイドしか聴いてこなかったですね」（町田さん）

店内のレコードは左納さんが用意し、そこから好きなものを町田さんが選んでかけている。

「最初はジャケットを見てかわいいなとか、見たことある人だなという理由で選んでいました。あるときお客さんに、“ここはボーカルしかかからないんだね”と言われてからは気をつけるようになって。最近は、オープン時間帯はステファン・グラッペリとかのバイオリンが気持ちいいなって。サックスは昼過ぎくらいからかけて、女性ボーカルは夕方からとか。あとは時間帯関係なく、店名でもある『Ella & Louis』をときどき入れるようにしています。最近、レコード棚が楽器別に分けられたので、順番に１枚ずつかけている感じです」（町田さん）

名盤『Ella & Louis』を中心としたサウンドをセレクト

「店名をElla & Louisにしたのは、この盤の雰囲気が好きで、エラもルイもすごく明るくて楽しい、心地いいみたいなところですね。そういう雰囲気のお店にしたいと思ったのと、彼女の名前が琉衣なので、そこをかけたというのもあります。お店に置くレコードは、『Ella & Louis』を中心に前後を固めるようなものを意識しています。1950年代以前のレコードをかけるお店は少なくなっているので、他のお店ではかからない、でもすごくいいものを厚めにしていけたら、ジャズ喫茶的な価値も見出せるのかなと思っています」（左納さん）

それらのレコードを鳴らすスピーカーは、以前の店主が自作したものをそのまま使っている。ターンテーブルはテクニクスのSL-1500、アンプはフォステクスのAP25、イコライザーはラックスマンのLXV-OT9という構成だ。それらは、下北沢の『エレガントピープル』にお任せした。

「あくまでも喫茶店なので、BGMとして心地よく鳴らしたい。なので、クセの強すぎない音にしたいとお話ししました。お客さまからは、もっといいアンプを入れたらいいのにとも言われますが、そこは狙ってやっているので…」（左納さん）

定番フードとジャズ喫茶焙煎による珈琲が楽しめる

フードは久米島仕込みのタコライスや、チキンのピラフ風、ナポリタン、ホットサンドなどが揃う。デザートの一番人気は懐かしいかためのプリン。それらすべては町田さんがレシピを考え提供している。また、珈琲は設備を受け継いだサイフォン式で、三軒茶屋の『アンクルトム』、吉祥寺の『シレンシオ』と、ジャズ喫茶が焙煎しているコーヒーが楽しめるのもユニークだ。

「お客さんと彼女（町田さん）の繋がりが着実に生まれてきていて、彼女のお店になり始めてきているのは嬉しいですね。私としては近所にある喫茶店として使って欲しい。そのうえで、あの店のBGMはレコードでかかるよ、くらいの感じで。一方で、若いお客さんはここで初めてレコードを見る人も多いんです。なので、ジャズ喫茶に行ったことがない人の入門編みたいな存在になれればとも思います」（左納さん）