ARBAN

演奏の “終わり方” どうすればいい?─ 歌って学ぶセッションの呼吸〈後編〉【ジャムセッション講座/第17回】


これから楽器をはじめる初心者からふたたび楽器を手にした再始動プレイヤーさらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ

前回、渋谷の「カフェテラオ」でボーカリストとしてジャムセッションを初体験したライター千駄木。今回、再び「カフェテラオ」へ押しかけ、今度はバンド編成のセッションに参加してみた。

【今回の現場】

カフェテラオ
2020年にオープンしたダイニング・バー。代官山・恵比寿・渋谷に囲まれたエリアに位置し、「大人が楽しめる海の家@渋谷」をコンセプトに営業中。火曜日の休業日以外、ほぼ毎日ライブやセッションが開催されている。料金の基本設定は、ライブやセッションごとにホームページ記載のチャージ料金+(できれば)2オーダー制。東京都渋谷区東2-26-16 HANAビル101

【担当記者】

千駄木雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。30歳。大学時代に軽音楽サークルに所属しギター&ボーカルを担当。ジャムセッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという苦行を課せられ執筆中。パソコンやスマートフォンではSpotifyで音楽を聴いているのだが、周りはApple Musicユーザーのほうが多いため、オススメの曲をSNSで共有された際は、その曲名をSpotifyに打ち込み直さなければならないのが面倒。

前回の取材から3日後、筆者は再び「カフェテラオ」に向かっていた。前回のジュリアーノ勝又さんとのデュオ・セッションで、なんとなく手応えを感じた筆者は、もう一度カフェテラオでボーカリストとしてセッションに参加しに来たのだ。今日はドラムやベースも加わったバンド編成なので、難易度も上がるはず。

前回の反省点を踏まえて、以下の3点を肝に銘じた。①各楽器の音をしっかり聴く ②演奏メンバーとのコミュニケーションを怠らない ③楽曲の構成を頭に入れておく。さらに、レパートリーを増やすという課題もあったので、この3日間で新たに曲も覚えた。そして、演奏者の皆さんに配布する譜面も、各5部ほど準備している。下準備は万全だ。

 筆者がここで新たにボーカリストとしての才能を開花させることで、この連載も新たなフェーズに突入するかもしれない。果たしてバンド編成でのジャムセッションはどうなるのか? その顛末を報告します。

SNSで情報収集&スカウトも

この日、筆者は別の取材で埼玉にいた。現地は夕方にとてつもない雨が降り「ああ、きっと渋谷も大雨だ…。平日の夜だし、お客さん来ないかもな」と心配しながらカフェテラオへ。ところが到着してみるとオープン前にもかかわらず店の前には人だかりが(そもそも渋谷は雨が降っていなかった)。

今日のセッションメンバーは山口コージさん(ピアノ)、儀保努さん(ベース)、安達えりさん(ドラムス)。それぞれプロとして活躍する面々である。この連載でいつも思うことなのだが、東京都内でやってるジャムセッションってホストが豪華で本当に贅沢だ。まるで、プロ野球選手がキャッチボールの相手をしてくれたり草野球に参加してくれるみたいな状況。しかも、そこらで毎日のように行われているのだ。これって本当にすごいことだと思う。

今回のセッション参加者は筆者を含めて10人程度。常連客が多いようだが、みんなどこで開催情報を仕入れるのだろうか? 店主の寺尾豊さんはこう語る。

クチコミやホームページを見て来る人も多いですが、最近は『今日ジャズ(編注:ジャズのライブやジャムセッションのスケジュールを検索できるウェブサイト)を見て来た、という人が多いですね

さらに、立地のアドバンテージも。

うちはガラス張りの路面店なので、店の外から『なんか音楽やってるぞ』と気になったお客さんが、ふらっと入りやすいのだと思います。お客さんの入り具合に関しては、オープンしたのがコロナの真っ只中だったので単純な比較はできませんが、コロナも落ち着き出した頃にいきなり15人くらい集まって満員になったこともあります」(寺尾さん)

ホストメンバーや出演者は寺尾さんがSNSで直接スカウトすることもあるという。

たとえば、Facebookでつながった友人が共有した動画投稿で、いい演奏者を見つけたら『うちに出てみない?』と、ネットナンパをすることもあります。ジャムセッションの人口はそれほど多くないですけど、今はインターネットでたくさん知り合いを作れる時代ですからね」(寺尾さん)

寺尾さんは60代半ばだが、かつて『日経パソコン』(日経BP)の記者だったこともありネットリテラシーは高い。SNSを駆使したコミュニケーションや情報収集にも長けているようだ。

大失敗でスタート

今回、筆者が参加したのは「セッション・ボーカル大集合」という回。参加者は皆ボーカリストなので、楽器は持たず譜面だけ準備してセッションに臨む。オープン時から10人ほどの参加者がエントリーしたので、「お店に到着した順番」でステージに上がることになった。これを仕切ってくださったのは、セッションのホストを務めるピアノの山口さん。

前回のボーカルセッションで筆者は「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」と、映画『世界残酷物語』のテーマ曲「モア」の2曲だけで挑んだ。が、後半は持ち歌がなくなり苦戦。この反省を踏まえ、今回は下準備も頑張った。この日のためにボサノヴァのスタンダード「イパネマの娘」、ジョージ・ガーシュウィンの「バット・ノット・フォー・ミー」、さらにもうひとつ有名曲「テネシー・ワルツ」を聴き込んできた。

なんか偏りがあるな…と思われるかもしれないが、「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」などのいわゆるジャズ・スタンダード曲はボーカルも楽器のひとつなのか、歌いにくいし、覚えられないのだ…。

あと、筆者はポストパンクやニューウェーブといったジャンルの音楽ばかりを聴いてきたので、いまだにジャズの歌い方がわからない。ちなみに、学生時代にボーカリストとして演奏したGang Of Fourの「Damaged Goods」はこんな感じだ。この彼がジャズの歌い手になれるとは全く思えない…。

そこで今回は「ほかの参加者はどういう曲を歌うのか」という点にも注目しながら、いろいろ学ぶことにした。

まずはこの日、一番手の女性が歌ったのは「チュニジアの夜」。筆者はアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの激しいインストしか聴いたことがなかったため、「この曲って、歌詞あるんだ…」という驚きが先行。

次のボーカリストが歌ったのは岡本真夜の「TOMORROW」である。オリジナルに忠実なJポップ調で演奏されるのかと思いきや、セッションメンバーたちによってジャズ風にアレンジ。なるほど、これがジャム・セッションか…。

そして、次の男性客の選曲は「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」。しまった、早くも曲が被った。あまりに有名な曲だから、こうした曲かぶりは覚悟しておくべきだった。それにしても、まさかこんな早い段階で…。どうしよう? 次は自分の番だ。

悩み抜いた結果、前回歌った「モア」の譜面を楽器奏者たちに渡す。ジャズボーカルの分野ではメジャーとは言えない曲ないので、演奏者たちも「なんか聴いたことあるかも」という微妙な反応。

とはいえ、前回はうまく歌えたし、4小節ごとに区切られているので、なんとかなるだろうと思いながら、セッション開始。ところが、前回ジュリアーノさんとセッションしたときと違い、今回はドラムとベースが入ったためか、なぜか歌えなくなってしまった。

構成も間違えまくり、最後はセッションメンバーたちのおかげでなんとか曲は終わったが、明らかに失敗だ。デュオと違って、バンド編成になると途端に難しくなるのか…。

終わり良ければ…

その後もセッションは続き、ほかのお客さんたちはボサノバや日本語の歌謡曲など、さまざまなジャンルの曲を歌っていく。筆者が想像する「ジャズのジャムセッション」とは少し雰囲気が違う。店主の寺尾氏はそれがこの店の魅力だと語る。

内装もそうですが、うちは何でもアリだと思っていただければいいと思います(笑)。強いて言えば、ウェストコーストのジャズかな。もちろん、それ以外の多様なスタイルのジャズもやるし、今日みたいなごちゃ混ぜの日もあります」(寺尾さん)

そういうことなら、付け焼き刃で覚えた曲ではなく、歌い慣れた曲のほうがいいのではないか…? そこで、急いでネットで譜面を購入し、店を飛び出して、近くのコンビニで出力。そして、店に戻ってセッションメンバーたちに、前回も歌った「君の瞳に恋してる」の譜面を渡した。

この曲はボーイズ・タウン・ギャングのディスコバージョンが有名だが、もともとは60年代にヒットしたフランキー・ヴァリの楽曲であり、アンディ・ウィリアムスをはじめ、さまざまなジャズボーカリストたちによってカバーされてきたのだ。仮に「ジャズじゃない」と言われても構わない。場を盛り上げるほうが正しいのだ。

結果、いざ歌ってみるとみんなが知っている曲なので、客席は想定外の大盛り上がり。サビ前の有名なメロディはみんなも口ずさんでくれたし、外国人の親子もお客さんで来ていたのだが、彼らも大喜びだった。

アウトロがフェードアウトのため、着地はうまくいかなかったし、「ジャムセッション講座」という趣旨は多分、ズレてしまったが、無事終わったのだから「ヨシ!」ということで…。

大いに会場が盛り上がったところで、外国人のお父さんが「ビートルズかローリング・ストーンズを歌って!」と言ってきた。本当は次の自分の番で、準備してきたほかの曲を歌おうと思ったのだが…盛り上がる曲ではなさそうだ。

そこで、またネット通販で譜面を購入して、再び近くのコンビニへ。みんなが歌えそうで盛り上がるビートルズの曲ということで「抱きしめたい」の譜面のコピーをセッションメンバーたちに渡す。今回はギターで寺尾さんも参加だ。コンビニで譜面を多めに刷ったので、ほかのお客さんたちにも渡して演奏開始。

これもやはり、みんなが知っている楽曲なので、一緒に歌って盛り上がってくれた。ただ、またしても曲の終わり方に失敗してしまった。なぜだろうか…? そのとき、ふと1年前に取材した納浩一さんの言葉が頭をよぎった。

演奏者たちにとっていちばん大切なのは、このセッションがどうやって始まり、どうやって終わるのかということだと思います。まずはそこをきちんと意識する必要がある

そういえば、この連載の第4回のタイトルは「大切なのは “演奏の終わらせ方”」だった。当時はセッションに参加したことがなかったので、ピンと来なかったが、まさかここであのときの教訓を思い出すとは…。

どんな譜面を用意すればいい?

こうして、3時間のセッションはあっという間に終了。さすがに10人もいたので3時間のあいだ出番は3回だったが、もうやり残したことはない。

ただ、反省点はいくつかある。まずメンバーに渡す譜面についてだ。

今回、自分はコンビニでA4で刷り出した譜面を準備してきたが、ほかのお客さんたちはみんなA3だった。確かに大きいに越したことはないが、そもそも自分が準備した譜面は「ジャムセッションには向かない」ものだったようだ。この日、ピアノを弾き続けた山口さんが解説する。

ジャムセッションでは、ボーカルのメロディとコードさえあれば大丈夫なんです。むしろ、ベースとドラムなどのパート譜を細かく記譜されていても、ジャズ系のミュージシャンが譜面通りには弾くことはありません。具体的にいうと、ピアニストはベースラインを弾かずに、コード・ネームを元に、自分の感性で彩り豊かなハーモニーを添えていくんです。そのため、コードの構成音などが細かく書かれるよりもコードが記載されている譜面のほうがいいんですよね」(山口さん)

だから、黒本にはコードとボーカルのメロディという、最低限の情報しか載っていないのである。そういえば、ほかのお客さんの準備していた譜面にはメロディとコードしか載っていなかった。

ちなみにこの日、来店していた外国人のお父さんがローリング・ストーンズの「サティスファクション」を歌いたがっていたが、この曲はほとんどEとAの繰り返しである。むしろ、ジャムセッションにおいては、こういったシンプルな曲のほうがやりやすいのだろうか?

できなくはないのですが、ストーンズは構成がうろ覚えだったものでスルーしました…(笑)。でも、『コードはEとAの繰り返しだけ、リズムは一定でいいから』というオーダーであれば、こちらも対応可能です」(山口さん)

ところで、筆者は今回「曲の終わり方」を何度も間違えてしまった。実際どうやって終わらせるのがいいのだろうか?

これもまた僕らがビートルズをちゃんと聴いていればいいだけの話ですが、可能だったらセッションを始める前に30秒ほど打ち合わせて、『最後は3連符2回で終わります』と決めていれば、それで終われましたね。また『君の瞳に恋してる』は譜面ではフェードアウトとなっていますが、セッションリーダーやホスト・ミュージシャンに『ここで終わらせてほしい』と合図をするのがよかったでしょう」(山口さん)

なるほど。そういえば、納さんも「打ち合わせは必要」と言っていた…。ちなみに、この日、岡本真夜の「TOMORROW」や、そのほかの日本語の曲はジャズっぽいアレンジだったが、筆者が歌った「抱きしめたい」は、特にジャズっぽいアレンジではなかった気がする。

あのときは何も変えませんでした。というのも、ロックの曲はロックテイストでやるというのが前提なので、オリジナルで使われるコード(特に顕著なのがパワー・コード系)からあまり逸脱させられないのです。そういう意味では、J-POPのほうがアレンジしやすいですね。コードはFといわれても、我々は単純にファでは弾かずに、勝手にセブンスやサーティーンスなどのテンションノートを加えていきます。ピアニストの技量で、いかようにもハーモニーを豊かな彩りに変えられるんです」(山口さん)

実際にジャムセッションに参加してみたことで、これまでの取材で聞いた話が非常に重要だったことを改めて理解できた。加えて、実践的なポイントが細かく具体的に見えてきたのは嬉しい。何はともあれ、これにてようやく「ジャムセッションデビュー」は達成できた。次はボーカルとしてだけではなく、ギターで参加したいところだが、歌うだけでも十分楽しい。それに、初対面の人たちしかいないのに、セッションするだけで一気に仲が深まる。

なにコレ、かわいい〜。素敵なお姉さんにヒゲを弄ばれ、まんざらでもない様子の千駄木。

そんなわけで、ジャムセッションに参加したいけど、まだ一歩踏み出せない読者諸氏も、まずはボーカリストとして参加してみるのはいかがだろうか。

取材・文/千駄木雄大
撮影/加藤雄太

ライター千駄木が今回の取材で学んだこと

① ジャズのスタンダード・ナンバーは覚えにくい
② 有名曲のレパートリーは被る可能性が大きい
③ ロックの有名曲はあまりアレンジができない
④ 譜面はメロディとコードが載っているといい
⑤「終わり方」は事前に打ち合わせしよう

ARBANオリジナルサイトへ
モバイルバージョンを終了