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天才トランペッター急逝─ 最後のツアーを追ったドキュメンタリー映画『ロイ・ハーグローヴ 人生最期の音楽の旅』|エリアン・アンリ監督インタビュー


2018年11月2日、現代最高のジャズ・トランペッター、ロイ・ハーグローヴは49歳の若さで亡くなった。映画『ロイ・ハーグローヴ 人生最期の音楽の旅』は彼の最後のツアーとなった同年秋のヨーロッパ・ツアーを追いつつ、彼のキャリアをたどるアーカイヴ映像、そしてミュージシャンたちのインタビューを編集して構成した 「人間ロイ・ハーグローヴ」の軌跡だ。ロイの長年の友人でもあるエリアン・アンリ監督に話を聞いた。

取材・文/村井康司

マネージャーの怒号

村井 映画を観ていて、ロイとアンリさんの関係が、さまざまなレイヤーで重なっているように思えました。監督と被写体であり、ロイの音楽の熱心なファンとミュージシャンであり、何よりもとても親しい友人同士であり、と。お二人がここまで細やかな関係を築けたのはどうしてだと思いますか?

エリアン・アンリ とてもユニークな友人関係だと、彼が亡くなってみて改めて思います。私は彼のような友人に今まで出会ったこともないし、今もそういう関係の友人はいません。映画の最後の方のフランスのシーンを観ていると、なんだか二人で以前にもそこに行ったような気がして、とても不思議です。時間をかけて、友情が自然に育まれていったとしか言えませんね。

村井 私はドキュメンタリー映画が好きでよく観るんですが、ドキュメンタリー映画って、撮影し始めたときには結末が分からないものですよね。優れたドキュメンタリーに共通しているのは、撮影の途中で予想もしなかったことが起きて、その結果その映画が素晴らしいものになる、ということだと思うんです。

この映画の場合も、ロイのマネージャーのラリー・クローシアが撮影を止めろ、と怒鳴り込んできたりしますし、何よりも悲しいのは、ロイが皆が思っているより早く亡くなってしまったことですよね。撮影を始めたときに、映画の構成や結末をある程度考えていましたか?

エリアン 結末は考えていませんでした。でも、資金を集めるためのサマリー(構成案)が必要だったので、そこには、ロイが黒人音楽の歴史上重要な人物であり、その姿を記録する映画である、ということを書きました。とは言っても脚本はなかったので、彼の人生が進んでいくのを追っていくしかなかったですね。

もちろん、ロイが亡くなってしまうことも考えていませんでした。マネージャーのラリーが怒鳴り込んでくるシーンは、そもそもこちらは考えてもいなかったことで、彼が突然やってきたのを撮影したんです。

本人の楽曲が使えない?

村井 撮影の後、完成するまでに数年かかっていますね。編集する上で苦労したことを教えてください。

エリアン 2018年、19年に撮影して、最後のインタビューが2020年2月のハービー・ハンコックでした。そこでコロナウィルスのパンデミックが始まり、編集は2020年から開始したんです。ところが、ラリーがロイの作曲した楽曲の使用を許可しない、と言ってきて、私は編集をもう一度最初からやり直さざるを得なくなりました。今のバージョンが完成したのが2022年の初めですね。

編集作業は興味深いものでした。私は時系列で映像やインタビューを並べるやり方をしたくなかったので、それをエディターに要求して、結果としてエディターを別の人に変える、ということになりました。いわゆる伝記映画ではない、ということを理解してくれるエディターが必要だったんです。

エリアン そして何と言っても辛かったのは、ロイの楽曲が使えないということになって、編集をし直さなければならなかったこと。もう途方に暮れて、毎日泣いていました。当然ロイは自分が作った曲を映画に入れたかったでしょうし、彼の遺志を実現できなかったことが辛かったですね。

結局、彼の曲を16曲削って他の人が作った曲に差し替えました。まるで外科手術をしているような感じでしたね。それが技術的にも感情的にも辛かったです。2本の映画を作ったようなもので、今のバージョンはリミックス版だとも言えますね。

「ロイが考えたストーリー」

村井 ロイがホテルの部屋でスタンダードを何曲も吹いて、それぞれが涙が出るほど素晴らしかったんですが、曲目はロイが決めたんですか、それとも二人で相談したんですか?

エリアン あのときはライブの前に路上で撮影しようということになっていたんですが、ロイが疲れたのでホテルの部屋で休みたい、というので撮影を中止してスタッフは別の部屋にいました。しばらくしたらドアをノックする音がして、ロイが楽器を持って入ってきて、スタンダード曲を次々に吹いてくれたんです。ですので、撮影用ライトもない映像になっています。

そして、後で編集していて、ロイは明らかにある意図をもって曲を選び、順番も考えて吹いていた、ということに気づきました。クエストラヴが映画の中で、ロイはレコーディングのときに先の先まで考えてアレンジしていた、と語っていますが、ロイはこの映画でも同じようなことをしてくれたんです。私とエディターは、ロイが考えたストーリーを追いかけた、ということになりますよね。

courtesy of Poplife Productions

村井 なるほど。〈マイ・フーリッシュ・ハート〉や〈セイ・イット〉を吹いてましたよね。

エリアン 〈セイ・イット〉はコルトレーンのバージョンが有名ですけど、ロイはセットの最後にいつもあの曲を吹いていました。映画でも、最後の曲はあれです。ロイが吹いた順番に並べています。

村井 その意味でも、才能あるドキュメンタリー作家に幸運が降りてきた、という感じがします(笑)。

エリアン 本当に、上の方からの力に導かれて出来た作品だと思っています。ラリーの一件についても、今となっては彼に感謝しています。彼が楽曲を使わせなかったおかげで、じゃあどうすればいいのだろう、と必死で考えることが出来たんですから。

もうひとつの重要テーマ

村井 この映画は、いろいろな側面を持っていますよね。ロイの最後のヨーロッパ・ツアーの記録であり、ロイ・ハーグローヴという音楽家のバイオグラフィー映画でもあり、さらには、音楽家とはなにか、芸術とはなにか、宗教と人間の関係、生きることとはなにか、といった深遠なテーマについての素晴らしい言葉がたくさん散りばめられています。そうした複数のレイヤーを持っている映画だな、と思いました。

エリアン そうですね、1時間47分の映画の中に、一つとして偶然入っているものはないと思っています。4時間に及ぶディレクターズ・カットから、選びに選んであの時間にまとめたので、一つ一つの言葉やシーンが、大切な宝石のように思えます。地中海の美しい風景にしても、ただきれいだから入れたのではなく、すべて私にとって意味のあるショットなんですよ。1オンスも残らないぐらいに自分のすべてを注ぎ込んだので、今やっと現実に戻ってきて息をしている、という気持ちです。

エリアン それから、たしかにミュージシャンたちがスピリチュアルな話をしていますね。フランク・レイシーがスーフィズムの話をして、ハービー・ハンコックが仏教の話をして、ロイが神の話をして、と。私も最初は意識していなかったんですが、出来上がってみると、スピリチュアリティの問題は、この映画のサイド・テーマと言えるほどに重要だったのだと思っています。

村井 そうですね。個々の宗教というより、精神性と人間の関わりみたいなことが語られているんですね。最後の方で、あなたがロイに「死後はどうなると思う?」と尋ねると、ロイは「世界を創造した神様に会えるかな」と答えます。あの言葉がとても印象的というか、ある意味ショッキングでもありました。ロイの言う「ゴッド」はキリスト教の神のことなのか、それよりさらに普遍的なものなのかはわかりませんが。

エリアン 彼のお母さんが敬虔なクリスチャンで、そうした環境で育ち、若い頃は教会で演奏もしていました。でも、音楽でもそうでしたが、彼はとてもオープンな人間だったので、キリスト教に限らないスピリチュアルな物事への関心も強く持っていたと思いますね。

「音楽で生きていく」若者たちへ

村井 あと、ロイが音楽的なことについてのとても具体的で役に立つ、いわば「ジャズを志す人たちへの一言アドバイス」をいくつか話していますね。「ジャズというのはライド・シンバルと八分音符がすべてだ」とか、「スタンダード曲は歌詞を知らないとメロディを正確に吹くことはできない」とか。ああいう言葉をもっと話してもらいたかったです。

courtesy of Poplife Productions

エリアン ロイの最後の一年の記録というだけでなく、彼の宝石のような言葉がたくさん詰まっている映画になりました。ですので、ジュリアード、ニュースクール、マイアミ大学、ニューヨーク大学、バークリー音楽大学など、さまざまな大学で上映会を行っています。ミュージシャンを志す若い人たちにとって、音楽で生きていくとはどういうことなのか、ということを教えてくれる映画でもありますね。

クリスチャン・マクブライドが言っていたように、ロイは大学の先生にはならなかったけど素晴らしい教育者だったんです。そして彼の教室は「スモールズ」(註:ニューヨークのジャズクラブ)でした。

村井 映画の中で何人ものミュージシャンたちが、ミュージシャンは往々にしてマネージメントや音楽産業に搾取されることがあるんだ、と語っていて、それは確かにそうだと思います。一方でマネージャーのラリーについて、ハンコック氏が「ロイにとってラリーは父親のような者だったんじゃないか」と述べていて、それもそうなのだろうな、と感じました。

ロイ自身も「ラリーはこの映画についてはクソみたいなことを言ってるけど、人を裏切るようなやつじゃないんだ」と言っていて、二人の間には複雑な感情があったんでしょうね。「ラヴ&ヘイト」というような。

エリアン そうですね、二人の関係はとても複雑で、一言で言い表せるようなものではなかったと思います。なので、父親と子のようでもあり、マネージャーと音楽家でもある、といった二人の錯綜した関係を、なるべくフラットに、私の個人的意見を入れないように編集するように務めました。でも、ロイとラリーと私の関係は、ある種「カルマ」のようなものになったのかもしれません(笑)。

なぜ腎臓移植を受けなかったのか

村井 私のような凡庸な人間からすると、なぜロイは腎臓病がかなり重篤になっても休んで手術を受けないでワールド・ツアーに出ていたのか、というのはシンプルに不思議なんです。人工透析を数日に一度受けないと生きていけない人が、長期にわたる外国のツアーに出たんですから。どうして彼はあえてそうしたのか。

エリアン 多くの人がラリーに対して怒っているのは、それもあるんです。なぜ腎臓移植を受けさせないでツアーを組んだのか、と。でもロイは、私が映画の中で「腎臓移植を受けないの?」と尋ねたときに、「移植手術をすると6か月は休まなくてはいけない。今はその時間がない」と答えたんですね。それをインタビューで答えたのは2018年の5月2日で、亡くなったのはぴったり6か月後の11月2日でした。もしかしたらロイは自分の死期を悟っていたのかもしれません。

エリアン それにしても、無理矢理休ませて移植手術を受けるようにしていれば、30年ぐらいは長生きできたのではないか、と思うと、なぜロイがそれを選ばなかったのか、というのは、私の中でも大きな疑問なんです。最終的にはロイが決めることなのですが。

村井 人の「死生観」というのがありますね。どう生き、どう死ぬべきかという一人ひとりの考え方はみな異なると思うんです。映画の中でソニー・ロリンズが言った言葉が忘れられません。「家庭の団欒を大事にする普通の人たちとアーティストは違う。アーティストにとって最も大事なことは芸術をクリエイトすることなんだ」とロリンズは語っていました。ロイももしかしたら、音楽を演奏することがいちばん大事で、自分の健康は二の次だったのでしょうか。

エリアン それはとても鋭い指摘ですね。ロイはトランペットのこと、音楽のことしか考えていませんでした。なので、ラリーに生活のすべてを委ねていたんです。ロイは家賃や税金の支払いも自分ではしていませんでした。考えているのは音楽のことだけ。でも、その代償も大きかった、とは言えますね。

村井 今まで話してきたように、この映画にはさまざまなことについての深い言葉がたくさんあって、音楽だけでなく、人が生きることや死ぬこと、芸術と人生について考えさせられました。

エリアン ありがとうございます。アメリカで配給会社にこの映画を持っていくと、「ああジャズ映画ね。ジャズ映画は間に合っています」と言われたりするんですが、私としては、単なるジャズ映画ではなく、芸術について、健康について、人の生き方についての映画だと思っています。その意図を汲み取っていただけて嬉しいです。

撮影/加藤雄太

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