投稿日 : 2023.12.25
ジュリアン・ラージのナチョキャスター【名手たちの楽器 vol.6】
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民族楽器としてのギター
アメリカにおける「民族楽器」は何か? まずは、インディアン・フルートやインディアン・ドラムと呼ばれる、先住民の楽器類を挙げなければならない。次いで、バンジョーもアメリカを象徴する楽器と言えるだろう。
バンジョーは、かつてアフリカから連行された人々が、故郷の楽器を模して作ったのが始まり。ディキシーランド・ジャズやカントリー、ブルーグラスなどの “アメリカンな音楽” に欠かせない楽器だが、やがてギターに取って代わられる場面も増え、同時に、ポピュラー音楽全体におけるギターの存在感も圧倒的なものになっていった。
有名なところだとマーティン社(1833年創業)や、ギブソン社(1894年創業)のギターは、まさにアメリカの音楽とともに発展していった歴史がある。国家としてのアメリカ(1776年〜)を考えると、多民族・多言語の集団なので “民族楽器“という言い方は適当でないが、バンジョーやアパラチアン・ダルシマー(欧州にルーツを持つ弦楽器)とともに、ギターも立派な「アメリカの伝統楽器」と呼べるだろう。ましてアメリカ生まれのエレキギターはなおさらである。
そんな最もアメリカらしい楽器を使って、いかにもアメリカらしい音楽を創り出しているのが、ジュリアン・ラージだ。現代のジャズ・ギタリストとして “最高峰” の呼び声高い巧手である。
彼は幼少期から非凡さを発揮し、12歳でゲイリー・バートンのバンドに参加。名匠の手ほどきを受けながら技芸を磨いていく。その同時期には、全米でテレビ放映されたグラミー賞授賞式で演奏を披露するなど、驚異の麒麟児として知られる存在となっていた。
以降もトッププレイヤーたちとライブやレコーディングをかさね、22歳で発表した初リーダー作『サウンディング・ポイント』(2009年)はいきなりグラミー賞にノミネート。以降も活躍を重ね、いつしか現ジャズ界における最重要人物の一人となった彼は、今年のクリスマスに36歳の誕生日を迎える。まだまだ今後が楽しみな世代なのである。
両親から学んだ「表現のあり方」
そんなジュリアン・ラージの作風は、しばしば “アメリカーナ”というワードとともに語られる。ギタリストとしての彼はジャズの伝統を踏まえつつ、多様な「いにしえのアメリカ民俗芸能」のエレメントを融和させるのだ。そこにはジャズと近縁のゴスペルやブルースをはじめ、カントリーやブルーグラス、フォークといった多種のアメリカン・ルーツミュージックが含まれる。したがって先述の “アメリカの伝統(民俗)楽器としてのギター” の名手と呼ぶにふさわしい存在とも言える。
ジュリアンがギターの演奏を始めたのは5歳の頃だった。彼は昔を懐かしむように、優しい眼差しで語り始める。
「両親ともに音楽が好きで、父親は僕よりも少し前にギターを弾き始めていた。それで僕も一緒に弾きたいと思ったんだ」
当時の彼にとってギターと音楽は “家族と交流するためのツール” だったという。
「父と一緒に演奏したり、家族でラジオ番組やレコードを聴いたり、音楽が家族交流の手段のようになっていった。つまり音楽は僕にとって “普遍的なもの”として存在していて、ただギターを弾くのではなく、物語を伝えたりコミュニケーションを取ったりすることが重要だった」
同時に彼は、音楽だけでなく “創作や表現をする上で大切なこと” を両親から学んだ。
「父も母もヴィジュアル・アーティストで、とても創造性ゆたかな人。美に対する感覚や、芸術において何が重要か、どんなことを追求すべきか、音楽をどう聴くべきか、といったことは両親から教わった。もちろん、それ以上にギターの先生たちからは大きな影響を受けたけれどね」
ギタリストとしてのジュリアンに大きな影響を与えたのは、彼を教えたランディ・ヴィンセントやクリス・ピメンテル、ジョー・ディオリオといった、アメリカ西部を拠点にするギタリスト/教育者たちだった。
その後、自分自身に大きな影響を与えたミュージシャンとして彼は、ジム・ホールやジョン・アバークロンビーといったジャズ・ギタリストを挙げる。また、ブルーグラスの世界を広げたトニー・ライス(ギター奏者)やデヴィッド・グリスマン(マンドリン奏者)、ベーラ・フレック(バンジョー奏者)といったミュージシャンたちにも影響を受けたという。そうした先人たちの存在感は、彼が生まれ育った街でもリアルに感じていたという。
「僕が生まれ育ったサンタ・ローザ(※1)はワインで知られた街。地理的にはサンフランシスコに近いので、60年代のヒッピー文化とのつながりを感じることもできた。たとえばカルロス・サンタナやジェリー・ガルシア、デイヴィッド・グリスマンやジェファーソン・エアプレインのメンバーらが住んでいたからね。そういった人たちの存在を身近に感じていたよ。あとはオークランドのヨシズ(Yoshi’s)というジャズ・クラブにもよく行ったね」
※1:米カリフォルニア州北部、ソノマ郡の都市。郡内に200以上のワイナリーを擁する国内最大のワイン生産地。ダン・ヒックス(シンガー・ソングライター)やジュリー・ロンドン(歌手/女優)も同地の出身。
ゲイリー・バートンがジュリアンに惹かれた理由
ジュリアンが最初に手にしたギターは、フェンダーのストラトキャスターだったという。名だたるギタリストが愛用する超有名モデルだが、5歳のジュリアンにとっては大きすぎたのではないか?
「フルサイズのギターを弾くことに抵抗はなかったよ。ギターのサイズはずっと同じで、僕が成長するにつれてどんどん弾きやすくなると思っていたからね(笑)」
彼の興味がジャズに向いたのは11歳のとき。以降、真剣に取り組むようになり、ギブソンES-175を手に入れた。パット・メセニーらの愛用器としても知られるフルアコースティック・エレキギターだ。その後まもなく彼はゲイリー・バートンの目に留まり、世界に羽ばたくことになる。まだ少年のジュリアンだったが、彼の音楽の中にある “アメリカーナな要素” を、ゲイリーは機敏に嗅ぎ取ったのではないだろうか。そう筆者が問うと、彼は急に表情を変え、身を乗り出してきた。
「そこはものすごく重要なポイントだ。これまで誰にも指摘されたことがなかったけれど、僕はいつもそのことについて考えていた。彼(ゲイリー・バートン)が生まれ育ったのは、アメリカ中部のインディアナ州。土地柄、カントリーやフォークの影響を受けた音楽が盛んで、実際に彼もそうしたサウンドに慣れ親しんでいた(※2)。のちに自分のバンドにラリー・コリエルを迎えたのも、ロックンロールとアメリカのトラディショナル・ミュージックを融合させるためだった。ビバップじゃなくてね」
※2:ゲイリー・バートンの最初のレコーディングは18歳の時で、カントリー・ギタリストとして有名なハンク・ガーランドのアルバム『Jazz Winds from a New Direction』(1960)に参加。同作は、のちにラリー・コリエルを迎えた自作『Duster』(1967)の原型とも言える内容である。
ごまかしの効かない楽器が好き
ジャズに限らず、ギターが活躍するアメリカのあらゆる音楽の要素を自分のスタイルに取り込んできたジュリアンが、近年愛用しているエレクトリック・ギターはテレキャスターである。さらにコリングスの470JLというシグネチャー・モデルも使用頻度は高い。前者は誰もが知るフェンダー社の有名モデルで、アメリカのトラッドなプレイヤーの間ではストラトキャスターよりも人気が高い。後者はグレッチのデュオ・ジェットというセミ・アコースティックのモデルを洗練させたような雰囲気の1本だ。
「僕が求めているのは、透明感があってタッチに敏感で、“弾く人” がそのまま出るような楽器なんだ。テレキャスターはクラシック・ギターみたいに、あらゆるニュアンスがはっきりと出る。コリングスもそうで、恐ろしいほど “ごまかしの効かない楽器” だ。そのかわり、上手く弾けばこれ以上のものはないというほど良いサウンドで鳴ってくれる」
加えて、通称 “ナチョキャスター” も彼のお気に入りだ。このギターはスペインのナチョ・ギターズという工房が制作したもので、1960年代製のフェンダー・テレキャスターを忠実に再現したモデル。彼が今年11月に来日公演を行った際にも持参している。
「ナチョキャスターは今までもずっと愛用してきたけれど、ツアーに持ち出すのは今回が初めてなんだ。1960年代のテレキャスターを再現したもので、ピックアップはロン・エリスが作ってくれたものを搭載しているんだ」
ロン・エリスはギターの蒐集家でプレイヤー、エンジニアとしても知られる人物。名器と呼ばれるビンテージ・ギターに搭載されたピックアップを徹底的に研究し、そのスペックに忠実な製品を作り続けている。アンプで音を増幅するエレキ・ギターにとって、弦振動を電気信号に変換するピックアップは楽器のキャラクターを決定する重要なパーツである。
「僕が使うエレクトリック・ギターには全て、ロン・エリスのピックアップが付いている。コリングス470JL(ジュリアン・ラージのシグネチャー・モデル)に至っては、ロン・エリスが作ってくれたピックアップ(エリソニックJL/※3)を前提に、ギター本体が設計されているほどだ。ナチョキャスターのピックアップもロン・エリスが特別に開発してくれたものだよ」
※3:グレッチのデュオ・ジェット(1953〜)に付いていた「ダイナソニック」というピックアップを基に設計された
このナチョキャスターは、ジュリアンの演奏スタイルや好みに合わせてチューンナップされているが、他のギター・プレイヤーがロックンロールをやっても素晴らしいサウンドが出るという。プレイヤーによって性格が変わるナチョキャスターもまた、彼の言う「恐ろしいほど “ごまかしの効かない” 楽器」なのだろう。そんなナチョキャスターは、アメリカが包容する多様な音楽に寄り添うジュリアンにとって打ってつけの1本。ちなみに本稿の冒頭で触れた「アメリカ伝統楽器」の多くは欧州がルーツである。アメリカーナの体現者が、スペインから渡ってきたギターを愛用する様子は、いにしえのアメリカと重なってなんとも感慨深い。
取材・文/坂本 信