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村井康司
1958年北海道函館生まれ。ジャズを中心に執筆、講演、ラジオ出演などを行っている。著書『あなたの聴き方を変えるジャズ史』『ページをめくるとジャズが聞こえる』など。尚美学園大学講師(ジャズ史)。鎌倉FM「世界はジャズを求めてる」(木曜20時〜21時)の第一週進行役を担当。
2023年にリリースされたジャズ・アルバムから好きなものを選んでいたら、いつもよりヴォーカルが多くで自分でもびっくり。ここに挙げた3枚以外にも、ミシェル・ンデゲオチェロ『ザ・オムニコード・リアル・ブック』や、サラ・ガザレクをリーダーとする女性コーラス・グループ『セージュ』があり、ジョシュア・レッドマンの新作『ホエア・アー・ウィー』だって、ガブリエル・カヴァッサの歌を全面的にフィーチュアしているのだから、実質的にはヴォーカル作品だ。そしておもしろいのは、どれも従来型の「ジャズ・ヴォーカル」とは一味違う個性を持っていること。2024年はどうなるかな?
Fred Hersch, Esperanza Spalding『Alive At The Village Vanguard』
エスペランサの歌とフレッド・ハーシュのピアノのみによる自由奔放なライヴ。今までいわゆるジャズ・スタンダードをあまり歌ってこなかったエスペランサが、ここではガーシュインやニール・ヘフティといったソングライターたちの曲を採り上げて、ジャズ・ヴォーカルの概念を覆すような驚異的なパフォーマンスを展開している。それに自在に絡んでいくハーシュのインタープレイも圧倒的で、これはなんとしても生を観たいものです。「バット・ノット・フォー・ミ―」や「ガール・トーク」をこんな風に歌った歌手が今までにいただろうか?
Gretchen Parlato & Lionel Loueke『Lean In』
グレッチェンとルエケはモンク・インスティチュート以来の親友で、今までにも共演歴はあるけど、1枚まるごとの共演作はこれが初めてだ。パーカッシヴでメロウなルエケのギターに乗せて、グレッチェンのキュートな歌声が奔放に空間を舞い、曲によってはルエケの歌もグレッチェンに寄り添う。アフリカやブラジルの香りも漂う二人の世界の気持ちよさといったら! どのトラックも素晴らしいけど、個人的にはクライマックスのカヴァー「アイ・ミス・ユー」が一番好きです。そうそう、夫のマーク・ジュリアナを含むバンドでのグレッチェンの来日公演も素晴らしかったなあ。
Cecile Mclorin Salvant『Melusine』
『Melusine(メリュジーヌ)』というタイトルは、フランス中世の伝説に由来する。若い美女メリュジーヌは、母がかけた呪いのために土曜日には下半身が蛇に変身してしまう。土曜日には決して会わない、という約束でレイモンダンと結婚する。しかしレイモンダンは土曜日に入浴するメリュジーヌの姿を見てしまい、彼女は竜に変身してレイモンダンの元を去る。日本の「鶴の恩返し」のような異種婚姻譚を、セシルはフランス語、ハイチ語、英語、オック語(フランス南部の言語)を駆使して歌う。フランスとハイチをルーツに持ち、アメリカで育ったセシルの本領が発揮された、実に感動的なトータル・アルバムだ。