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サックスを始めたい! 初期費用は? 台湾製が多いのはなぜ? ─達人に訊く「管楽器の選び方」【ジャムセッション講座/第19回】


これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、もっと上手に、もっと楽しく演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。

前回は中古楽器市場について考察したが、おもにギターとベースにまつわるトピックだった。よって今回は管楽器にフォーカス。まずはサックスについてイチから学ぶべく「イシバシ楽器 WINDPAL御茶ノ水本店」を訪問した。

【今回の現場】

イシバシ楽器 WINDPAL お茶ノ水本店
楽器の街・御茶ノ水(東京都千代田区)に店舗を構える管楽器の専門店。サックスを中心とした品揃えで国内外の最新モデルから、中古・ヴィンテージ楽器のレアな逸品まで幅広い品揃え。
●東京都千代田区神田駿河台2-2 B1F


【担当記者】

千駄木雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。30歳。大学時代に軽音楽サークルに所属しギター&ボーカルを担当。ジャムセッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという苦行を課せられ執筆中。学生の頃にあれだけ必死にギターを弾いて覚えた何十もの曲はコード進行すら思い出せないけど、小学生の頃に音楽の授業のときにリコーダーで吹いた「威風堂々」はたぶん今で最後まで吹ける気がする。

リコーダーを吹ければサックスも吹ける?

──本日はサックスのスペシャリスト、工藤正幸さんにお話を伺います。工藤さんはイシバシ楽器 WINDPAL お茶ノ水本店のセールスマネージャー。つまり、サックスにまつわる幅広い知識やデータ、演奏者の趣向や、市場の動向など製品としてのサックスを熟知する達人です。

工藤 よろしくお願いします。

工藤正幸さん(イシバシ楽器 WINDPAL お茶ノ水本店/セールスマネージャー)

──この連載記事は、私(千駄木)が体当たりでジャムセッションにまつわる情報を発信しているのですが、自分の担当楽器(ギター)以外の楽器についてあまりに無知なので、ちょっと勉強が必要だと思いまして。

工藤 サックスはジャズの分野では特に存在感が強いですからね。

──そうなんです。なんなら自分も挑戦してみたいのですが、あまりに未知の領域で。たとえば学生時代に吹奏楽部とかで少しでも経験があれば踏み込みやすいのですが、管楽器は音を出すのも困難という先入観がある。素人の私がじゃ、やってみるかとは思えないハードルの高さなんですよ。

工藤 と言っても、管楽器もギターやベースと同じように楽器であり、そもそも楽器というのは「練習すれば絶対に上達できる」ものです。そう考えていただけると取っ付きやすいでしょう。

──いきなり、楽器店ならではのパンチライン…!

サックスが怖くて二の足を踏む千駄木を、わずか二秒でその気にさせる辣腕・工藤マネージャー。

工藤 周りから「難しいよ」と言われて、手を伸ばしにくいというのは確かにあるでしょう。でも、実際に吹いてみれば、というよりも「リコーダーの経験」があればサックスは吹けます。

──以前、ほかのサックス奏者にもリコーダーと同じだからと言われたのですが、本当なんですか? その理屈だと、僕もリコーダーでエルガーの威風堂々♪ドシドレ〜」は覚えているので、サックス吹けますよ。

工藤 まぁ、運指などは異なりますが…。それとリコーダーの場合は直接息を吹き込めばプーっと音は出ますが、サックスの場合は「マウスピース」と「リード」を使って息を入れて、「振動」させなければ音は出ません。そこで壁を感じられる人もいますが、ちょっとしたコツですぐに吹けるようになります。

──ひと括りにはできないと思いますが、トランペットも同じような感じなんですか?

工藤 トランペットは(サックスと違って)リードではなく、マウスピースに当てた唇を振動させて音を出します。倍音で構成する楽器なので(3つのバルブを使って)その組み合わせを覚えなければなりません。サックスと同じで、音が出せれば、あとはその応用になってくるので、そんなに難しくないと思いますよ。

──私と同じような、初心者のお客さんもここには来られるんですか?

工藤 もちろんです。管楽器の専門店は御茶ノ水以外にも何店舗かありますが、うちの場合はビギナーのお客さんも月に5〜6人はいらっしゃいますね。

──結構いるんですね。

工藤 ちなみに当店は管楽器の中でもサックスが専門です。つまり「これからサックスを始めたい」と思っている人が、毎月5〜6人は新規で存在し続けている、ということになります。

──そう考えると、すごいな。

サックスの世界3大メーカー

──ギターやベースで言うところのギブソンやフェンダーのように、サックスにも定番のメーカーはあるんですか?

工藤 定番といったらフランスの「H.Selmer(セルマー)」でしょうか。あとは「YAMAHA(ヤマハ)」と「YANAGISAWA(ヤナギサワ)」という2つの国内メーカーが有名です。

──えっ、日本のブランドが2つも?

工藤 そのほかにもアメリカのヴィンテージサックスが人気ですね。例えば、こちらのショーケースの商品とか。

ショーケース内のサックスがたまらなく欲しい少年・千駄木。

──うわ、ほとんどが50万円以上

工藤 でも、ギターに比べたら安いと思いますよ。例えば1959年製のレスポールはなかなか一般の人は手が届きませんが、サックスの「本物」は少し頑張れば買える価格帯のものが多い。

──ギターの場合は木材が重要視されますが、サックスの場合も材質は重要なんですか?

工藤 管楽器でおもに使われる素材である真鍮(しんちゅう)は、年代によって製造方法や純度が異なります。純度の面だけに着目すると、昔の製品は質が高くないものも多いのですが、逆にそれが音響的に良い効果をもたらす場合もあって、高純度=良い楽器とは言い切れないですね。

──少し不純物が入っていたほうが、複雑で味わい深い音になる場合もある、ということ?

工藤 そうですね。ただ、これも奏者や聴き手の好みの差はありますし、一概には言い切れませんが、そうした奥深さがヴィンテージサックスの面白さであり、音だけでなくルックスの面でも素晴らしい魅力があると思いますよ。

──ヴィンテージだと、どんなメーカーが有名なんですか?

工藤 代表的なのはセルマーです。

──その次がもう日本のメーカーなんですね。

工藤 現行で売られているメーカーだとそうですね。世界的に有名なプレイヤーの多くがセルマーだけではなく、ヤマハも使っています。

──ヤマハは知っていましたが、ヤナギサワというブランドは今日初めて知りました。

工藤 ヤマハと同じく明治時代から続く歴史のある会社で、特徴としては「サックスしか作っていない」ということです。

──サックス専門メーカー!?

工藤 昔はほかの管楽器も作ろうとしていたのですが、先代の柳澤徳太郎氏が「満足のいくサックスをまだ作れていないうちに、ほかの管楽器に手を出すのはやめよう」と考えたようです。そこから、サックス一筋になったといわれています。

──なるほど。その3つが主要メーカーで、ほかにヨーロッパなどにも有名ブランドがあるんですかね?

工藤 そうですね。世界各地に素晴らしいメーカーが存在しますが、製造国としては台湾が多いですね。

──台湾!?

工藤 これは推測なのですが、おそらく台湾は昔から仏像などをたくさん作ってきたため、真鍮の扱いに慣れているのかもしれません。それと、もともと大手の楽器メーカーの工場があったので、そこから独立した人たちが独自のブランドを築き上げてきた、という背景もあるのではないでしょうか。

──前回の記事で中華製ギターの台頭に触れたのですが、サックスも中華圏は強いんですね…。トランペットなど、ほかの管楽器も台湾製が多いんですか?

工藤 そうですね。ただ、やはりサックスがダントツ。他国のメーカーでも製造は台湾ということもあります。そのため、市場に流通している真鍮を使った管楽器はフランス、日本、中国、台湾でほとんどが作られています。

──素人質問で大変恐縮なのですが、セルマーとヤマハの違いは一体なんなのでしょう?

工藤 当然ながら音色も違うし、操作性にも差があります。これは私個人の感想ですが、演奏のしやすさはヤマハのほうが上だと思います。「音色」についても完全に個人の好みとなりますので、ヤマハの音が好きな人もいるでしょうし、セルマーの音を聴いて「あぁ…これだ!」と惚れ込む人もいるでしょうね。

15万円あれば “いいサックス” が買える!

──改めて店内で大小さまざまなサックスに囲まれると混乱してしまうのですが、どんな違いがあるんですか? 大きい方が音がデカいとか

工藤 管体が大きいほうが音域は低いです。ジャズでよく使われるのはアルトサックスやテナーサックスですね。

──あっ、そうか。音域によってソプラノ、アルト、テナー、バリトンと種類が分かれているんですよね…。

工藤 厳密に言うと、もっといろんな形や種類のサックスが存在しますが、一般的にはソプラノ、アルト、テナー、バリトンが主流ですね。

──ソプラノだけ縦笛みたいな形なんですね。

工藤 そうです。ソプラノは、例えばケニー・Gが使っているストレート型のものが一般的。同じソプラノでも音色の違いは当然あります。

──ところで、店内には大きさだけではなく、金・銀・銅とさまざまな色のサックスもあります。例えばこのシルバーのやつは素材が違うんですか?

金や銀メッキ、プラチナ、ニッケル、金と銅の合金など、さまざまなメッキ加工が存在する。また、真鍮の管体にラッカーを塗布して仕上げたものなど、見た目の違いも多種多様。

工藤 これはニッケルです。全てではありませんが、ほとんどのサックスの中身は真鍮製で金色の状態なんです。そこにほかの金属をメッキすることによって、こうした外見の違いが出てきます。同時に、メッキの材質によって音も変わってくるんですよ。これが楽しいところでもあり、悩ましいところでもあります(笑)。ギターの場合は色が変わっても音色は変わりませんが、サックスの場合は色と音に関連性がある、と言えるのかもしれませんね。

──このニッケルのサックスを最初の相棒にする人もいるんですか?

工藤 います。たとえば「初心者にはこのタイプがいい」とか「これは避けた方がいい」といった目安みたいなものも存在しますが、結局のところ、初心者の人はどれを持っても “吹けない” という点では同じです。だから、「ずっと触っていたいな」とか「カッコいいな」と感じる、いわば “心を惹きつけられる1本” をお勧めしいたいです。そのほうが練習する回数も増えますし、楽しく吹ける。そして1曲でも吹けるようになったら、さらなる楽しさがわかってきます。

──とはいえ、現実的には王道のモデルを購入したい人がほとんどでしょう。これからサックスを始める入門者にはどのメーカーを紹介されるんですか?

工藤 例えばギターだと5万〜10万円で十分いいものは買えますよね。しかし、管楽器の場合はあまり安すぎると吹きにくいんです。そのため、だいたい予算は15〜20万円前後で考えてもらっています。

金額を提示された途端に険しい表情を見せる千駄木。わかりやすい男だ。

──うーん…。僕にとっては高いですねぇ

工藤 特にギター奏者からしてみると、そう感じられやすいと思います。でも、お客さま全員に「20万円用意してください」とは言いません。最初にご予算を伺って、その中からいいものを我々も提案します。

──ちなみに、新品でいくらくらいするんですか?

工藤 メーカやモデルによって価格帯は幅広いので、一言で「いくら必要です」と言い切れませんが、おおむね20万〜100万円くらいの幅ですね。

──なるほど。だんだん様子がわかってきました。ところで、この選定者というのは何ですか?

「選定者」のお墨付きを示す証明書

工藤 「この楽器の音色はいい」とお墨付きを与える人ですね。その人たちが選んだ楽器には「選定書」が付くので、楽器を選ぶひとつの基準となります。メーカーによって選定者はたくさんいます。

──サックスを始めるにあたって、ほかに必要なものはありますか?

工藤 収納ケース、マウスピース、リード、リガチャー、そしてストラップがあれば吹けます。サックス本体と同じぐらい大事なものがマウスピースです。入門者セットだと質の低いものが付属されることもあるので、自分に合った良い製品をお勧めしたいです。マウスピースを変えるだけで俄然 “使える楽器” になってきますよ。

──なるほど。このお店では、そういったマウスピース選択のアドバイスなどもお願いできるのですか?

工藤 もちろんです。

──ちなみに、マウスピースもいろいろと種類があると思うのですが、それぞれどんな違いがあるんですか?

工藤 ギター奏者にわかりやすく説明すると「マウスピース=ピックアップ」です。

──ピックではなく? そこまで重要なパーツなんですね。

店内に陳列されるマウスピース。新品はもちろん中古品、新古品も含め様々なパーツが在庫。

工藤 その通り。マウスピースはギターでいうところの「PAF(パフ/ヴィンテージのギブソンギターに搭載されているピックアップ)」なのか「DiMarzio(ディマジオ/カスタマイズ用のピックアップ)」くらいの差はあります。

──工藤さん、だいぶギターにも詳しいな…)マウスピースはどのような素材で作られているんですか?

工藤 ハードラバー(エボナイト)とか、金属製で真鍮のメタル、それとステンレスで作られたものが主ですね。

──ステンレス! なんかカッコいいですね。錆びにくいし。

工藤 ステンレスは加工が難しいので、精度が出しにくいという難点もあります。だから初心者にはあまりオススメできないですね。どちらかというとハードラバーのほうが吹きやすいと思います。もちろん、先ほども申し上げた通り、お客さまの “好み” は大切なので、それぞれの特徴をご説明しつつ、お好きなものを選んでもらっていますが。

「自分の相棒」とジャムセッションに参加しよう

──この連載のテーマはジャムセッションなんですが、工藤さんご自身は演奏者としてジャムセッションに参加したり…。

工藤 私はしないですね(笑)。でも当店にいらっしゃるお客様の中には、そういったセッションに参加している人も多いです。プロの演奏家さんも来られるので、「先生を探している」という初心者のお客様にプロ奏者を紹介することもあります。

ど素人・変な風貌・無礼者の三拍子が揃った千駄木にも誠実に対応してくださる工藤マネージャー。丁寧な接客・豊かな知見・いかしたオールバックという、こちらも三拍子揃ったサックスのスペシャリストだ。

──なるほど。セミナーや教室もいいけど、プロのマンツーマン指導は魅力的ですね。

工藤 大人数で吹いていると、自分が何をやっているのかわからなくなる、なんてこともありますからね。特に初心者の方は。

──販売者として何千本ものサックスを見てきた工藤さんが、サックスという楽器のここが素晴らしいと思うポイントって、どんなところですか?

工藤 やっぱり、サックスはカッコいいんですよね…。あ、答えになっていませんね(笑)。でも、サックスにしか出せない音の魅力や、サックスだけが作り出せる世界みたいなものは確かにあると思います。

それを実現するには、やっぱり借り物ではなく「自分の相棒」を持つべきだと思います。その方が絶対に愛着も湧くし、上達も早い。我々も楽しく演奏するための楽器を提供しますので、ご予算に関しては気兼ねなく言ってもらいたいです。例えば5万円とおっしゃるなら、それで揃えることも可能ですから。

──えっ!? 5万円でも買えるんですか!?

工藤 当店ではちょっと難しいので、ほかのお店を紹介します(笑)。ただ、一般的に言われるのは初期投資で15万円程度ということですね。購入するときは高いと思うかもしれませんが、実際に吹いていくとその理由に納得すると思います。どうですか? 千駄木さんもギターを一旦休んで、サックスでジャムセッション・デビューを目指すというのは。

──確かにサックス奏者の存在感や佇まいには、なんとも言えない魅力を感じるんですよ。しかも、ゼロから始めて、セッションで気持ちよく吹けた時の達成感や喜びは大きいだろうな。ただ、そこまで到達するのに何年かかることやら

工藤 だからこそ、まずはお気に入りの相棒を所有してみてください。是非またご来店をお待ちしていますよ。

取材・文/千駄木雄大
撮影/高瀬竜弥

ライター千駄木が今回の取材で学んだこと

① リコーダーの吹き方がわかればサックスも吹ける
② サックスの世界三大メーカーはセルマー、ヤマハ、ヤナギサワ
③ 初期費用15万円くらいは用意しておこう
④ 楽器本体と同じくらいマウスピースは大事
⑤ ジャムセッションに参加する前に個人レッスン
⑥ サックスはカッコいい

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