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【小曽根真 インタビュー】新トリオ “Trinfinity” 始動─ 「ちゃんとジャズをやる。僕にとってそれはスイングとブルースを備えている、ってことです」

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Photo by Takumi Saitoh

小曽根真がデビューアルバム『OZONE』を発表したのは1984年。そこからちょうど40年を経た今年、新たなトリオ「Trinfinity」のアルバムを発表した。メンバーは小曽根真(ピアノ)、小川晋平(ベース)、きたいくにと(ドラム) の三者。ベテランの小曽根と、才気あふれる二人の若手音楽家。そんな組み合わせのトリオである。ことの始まりを小曽根真が語る。

「このトリオは素晴らしい」と実感した日

──このグループが結成されたのは、どんな経緯で?

2022年の夏に、このメンバーで八ヶ岳のライブ(※1)に出演したことがあって。このメンバーで公式にライブを行ったのはそれが最初でした。ただしその時は正式なグループとして結成したわけでもなく、特にユニット名もありませんでした。

※1:2022年8月20日/21日に、八ヶ岳高原音楽堂にて実施。初日はトリオでの演奏。2日目は小曽根のソロ。

──そのライブがきっかけで、今回のアルバムのレコーデイングにまで発展した。

いや、そうでもなくて。じつは以前から、このメンバーで何かレコーディングするつもりではいたんです。というのも、この二人は「From OZONE till Dawn(※2)」というプロジェクトの所属メンバーでもあるので、そのプロジェクトにちなんだ作品として単発で何かしらのレコーディングはやりたいと考えていました。

※2:次世代を担う若手音楽家のプロジェクト、小曽根真と神野三鈴が主宰。

──ところが(最初のライブから)1年後には、パーマネントなユニットとなって、こうしてオリジナルアルバムを制作することになった。その間に何があったのですか?

その(八ヶ岳のライブの)あとに東京でライブをやったのですが(※3)、その時に「あっ! このトリオは素晴らしい」と実感して。バンド名を考えようか、という気持ちになりました。

※3:2023年3月12日に狛江市のエコルマホールで実施。このライブは同ホールのリニューアルオープン記念イベントでもあった。

──そしてこのユニット名、トリンフィニティ(Trinfinity)が誕生した。

小曽根真 『Trinfinity』(ユニバーサルミュージック)

これは「トリオ(trio)」と「インフィニティ(infinity=無限)」をかけ合わせた造語です。若い彼らはどんどん変化を恐れず進化し続ける存在で、無限の可能性を秘めています。まあ、僕はもう60代なので、だいぶ有限が見えているけれど(笑)。

──小曽根さんはそう言って謙遜しますが、このアルバムは三者それぞれのみずみずしさが際立っていると感じました。楽曲も演奏も非常に今日的で。

そこはおっしゃる通りだと思います。時代とともにジャズも変容していて、グルーヴも変化している。その変化に、僕らは喜びを持って向き合っていて、そんな(ジャズの)可能性の拡がりに対して「このトリオでどんなことができるか」という意識を、明確なビジョンとして持っています。

“僕が知らないもの” を持ち込んでくれる人

──小曽根さんはこれまでに、いくつものトリオをやってきましたが、今回のトリオは他とは違う姿勢で臨んでいるのですか?

演奏や作品づくりに対するマインドは(他のプロジェクトと)同じです。ただ、メンバーが違うから、出てくる音楽も違う、というだけです。そこが僕にとって面白いと思えるポイントなんですよ。

たとえば20年以上さかのぼって考えると、これまでトリオで演奏してきたクラレンス・ペン(ドラムス)や北川潔(ベース)、ジェームス・ジーナス(ベース)は僕にとってかけがえのない大切なメンバーです。もちろん現在も共演の機会はあるし、お互いに素晴らしいものを生み出すことができる。その一方で、もっとタイプが違う音楽家や、世代も違う人とも演奏したい。その気持ちって僕にとってはすごく大事なことなんですよね。

Photo by Takumi Saitoh

──そういう気持ちを刺激してくれたのが、小川さん、きたいさんだった。

“自分が何を出せるか” も大切だけど、そこで “自分が何をもらえるか” って音楽家にとってすごく大事なことなんですよ。即興性を多分に含むジャズの場合はなおさら「僕が知らない何か」を持ち込んできてくれる人に、魅力というか驚きと喜びを感じるわけです。

──その “何か” を、二人は持ってきてくれる。

持ってきてくれる、というか “そこにある” っていう感覚です。だって、いま29歳と30歳のミュージシャンですから。僕とは聴いてきた音楽も違うし、感性も違う。僕の曲をやっても、僕が想像しないものが返ってくる。それが僕には最高の喜びです。

「弾き上手」である前に「聴き上手」であれ

──彼らも同じように、刺激や学びがあったと思います。

そうであるように努めています。彼らが知らない世界を見せたいと思うし、僕のこれまでの音楽的な経験が、彼らの糧になれば嬉しい。たとえば僕がゲイリー・バートンやチック・コリアからもらった “音楽を使った会話の方法” も彼らに伝えたいですからね。

演奏が上手い人はいくらでもいます。たとえばストリートピアノの映像とか見ていても、びっくりするくらい上手な人が大勢いますよ。でもアンサンブルになったとき、つまり “どれだけジャズの言語や話法を熟知してネイティブに話せるか”っていうレベルになってくると一気に(上手い人の)数は減る。ジャズの話法を成立させるには、演奏上手である前に聴き上手でなければならないのです。

──その話法を体得するために、若き日の小曽根さんも鍛錬を重ねたわけですよね。

僕がバートン(※4)と出会った頃、一音弾くたびに「違う」って言われたくらい、厳しかったです。僕はそのとき「何が違うんだろう?」って悩んだ。コードは合っているしテンポもタイムも合ってる。何がダメなのか? と尋ねると「お前は聴いていない」って言うんです。さらには「聴いている場所が違う」と。そういう “演奏者同士が聴き合って繋がること” の重要性を徹底的に教わりました。

※4:ゲイリー・バートン(1943-)米インディアナ州出身のビブラフォン奏者。小曽根がバークリー音大留学中に師事。共演・共作も多数。

──それと同じようなやりとりが、このトリオ内でもありましたか?

彼らはすでに「聴き上手」ですよ。そこが二人の素晴らしいところです。もちろん、細かなニュアンスの違いを指摘することはありますけど、そんな時でも彼らは「自分の理解を超えるもの」に対して真正面から向き合う。それによって “自分が変わってしまう” ことも恐れない。むしろ喜びを感じて、変わろうとする。そんなマインドを持っています。

さらに彼らは、とんでもなく広い範囲の音楽にアクセスできるテクニックとポテンシャルを備えている。だから一緒に演奏していてすごく楽しいんですよ。

“予想外の回答” に心が躍る

──とは言え、演奏しながらそこは違うな…と感じることもありますよね。

ありますよ。そんな時は、ああしろ、こうしろと言うのではなく、できるだけ自分で考えて見つけ出してもらうように努めています。せっかく、音楽という言語で感情を表現して創作しているわけですから、自分なりに導き出してほしいんですよ。

たとえば「今このメロディとハーモニーとテンポで、それは違うだろう」となったときに、何が違うんだろう? って考える。その見つけ出す道筋が大切だし、そこから始まる旅に価値があるのだから。

もちろん、それは僕自身にも言えることです。僕が彼らに教えているつもりで何かを問うと、僕の知らない答えが返ってくることもある。そこで逆に僕が考えさせられたり、見つけ出そうと模索したり。彼らの予想外の回答に、思わず「え? 何それっ(笑)!」ってワクワクすることもある。そこからまた新しい旅が始まるわけです。

Photo by Takumi Saitoh

──そうした演奏面での創意もさることながら、たとえば小川さんは今回、オリジナルの2曲エチュダージ」「ミスター・モンスターを提供していて、作曲の面でも才覚を発揮しています。

彼のこの2曲は見事ですよね。しかも普通の16小節がループする曲じゃなくて、起伏に富んだ物語のある、ユニークな展開と情景を持った曲。なかなか書けないんですよ、ああいう曲。

──小曽根さん(バークリー音大「ジャズ作・編曲科」を首席で卒業)が言うのだから説得力あります。

彼は作曲の才能があるのだと思います。もちろん演奏家としても魅力的ですけど。

「ちゃんとジャズをやる」ことを意識して

──小曽根さん自身、今回の作品を制作する過程で 新しい扉を開けたと感じる局面はありましたか?

ありましたよ、まず、曲がそうですよね。今までやっているようでやってこなかったことを、いっぱい書いていますから。

──いきなり1曲目から、そう感じさせる楽曲でした。

でしょ? それってやっぱり、彼ら(メンバーの二人)をはじめ、あの世代の人たちと密に交流しているから。国内外問わず、次の時代を担うプレイヤーたちの演奏を聴いていると「あっ、これ面白い!」って思える表現に出会うことも多いし、そうやって感じたことは自分の中にも残るんですよね。

──そこは演奏家としても作曲家としても。

そうです。曲を書くときに出てきますね。たとえば、くにとが叩く様子を想像しながら「こんな事を書いたら彼は楽しいんじゃないか?」って、こっちもワクワクしながら書くわけです。

──今回、ゲストとして参加したミュージシャンも、小曽根さんの創作に大きく影響をもたらしたのでは?

その通りです。佐々木梨子(※4)とかね、本当に素晴らしいですよ彼女は。まだ19歳ですから。彼女と一緒にやった「ザ・パーク・ホッパー」は、ビバップのようだけどちょっと違うベクトルを持った曲だし、ダニー・マッキャスリン(※5)に書いた「デヴィエーション」という曲も、僕が今まで書いてきた曲にはない表情を持っている。

※4:現在、米バークリー音楽大学に在学中の新鋭サックス奏者。北海道札幌市出身。

※5:米カリフォルニア州出身のサックス奏者。ほか、本作にはパキート・デリベラ(クラリネット)、二階堂貴文(パーカッション)も参加。

──このアルバムを制作する上で、大きな方針のようなものはありましたか?

ちゃんとジャズをやる。そこは明確にありました。僕にとってそれはスイングとブルースを備えている、ってことです。今の自分はそこにすごくこだわりがあって。

ここで言う「ブルース」って、フォームのことではなくて、叙情とでも言うのかな、独特の節(ふし)や精神性があるわけです。その要素は、昨今のアメリカの若い世代の音楽を聴いていても、しっかりと在るんですよ。複雑で難しいことをやっていても、その背後にはブルースが見え隠れする。今の僕はそんなブルース要素に心惹かれていて、もともと自分もそこから出てきたんだから、またブルースのもとに戻ってみるか、みたいな心境ではあります。

そういう気持ちになれる、っていう意味でも、このトリオは現在の自分自身の基盤としてすごく重要な場所だと感じています。

取材・文/楠元伸哉

小曽根真 『Trinfinity』(ユニバーサルミュージック)

【収録曲】
1. ザ・パス/The Path (Makoto Ozone)
2. スナップショット/Snapshot (Makoto Ozone)
3. ザ・パーク・ホッパー/The Park Hopper (Makoto Ozone)
4. デヴィエーション/Deviation (Makoto Ozone)
5. エチュダージ/Etudade (Shimpei Ogawa)
6. モメンタリー・モーメント/Momentary Moment (Makoto Ozone)
7. ミスター・モンスター/Mr. Monster (Shimpei Ogawa)
8. インフィニティ/Infinity (Makoto Ozone)
9. オリジン・オブ・ザ・スターズ/Origin of the Stars (Makoto Ozone)

【メンバー】
小曽根 真(p)
小川晋平(b)
きたいくにと(ds)
with
パキート・デリベラ(cl)on 5
ダニー・マッキャスリン(ts)on 3, 4
佐々木梨子(as)on 3
二階堂貴文(per)on 5

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