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パソコンや電子機器を用いた「DTM(デスクトップ・ミュージック)」での音楽制作は当たり前となった昨今だが、まだまだ抵抗がある方も多いのではないだろうか。以前は高価な機材や専門知識が要求されていたが、現在はパソコンや音楽ソフトの飛躍的な進化により、より身近なものへと変貌を遂げている。
しかも、かつてはテクノやハウスといった、いわゆるダンスミュージックに特化したイメージだったが、近年では生音のバンド演奏を彷彿とさせるものや、モダンジャズ風の演奏など、コンピュータ・ミュージックのイメージを覆すような楽曲も数多く制作されている。
そもそもDTMって何ですか?
鈴木:本誌編集者。音楽には詳しいが楽器の演奏はできない。コンピュータ・ミュージックも素人。
中村:本誌ライター。コンピュータ・ミュージックに精通。楽曲制作も数多く手がけるエキスパート。
鈴木 まずはじめに「DTMって何?」って話なんだけど…。いわゆる「打ち込み」っていう理解でいいのかな?
中村 厳密にいうと「打ち込み」と「DTM」は同義ではないですけどね。DTMとは「Desk Top Music」の略で、文字通り「机の上で作る音楽」ですね。簡単に言えばパソコンを使用した楽曲制作全般を指します。和製英語なので、英語圏では通じませんけど。
鈴木 そうなんだ。海外ではなんて呼ばれてるの?
中村 普通に「Computer Music」です。要するに、シンセサイザーなどの「音源」と呼ばれるものと、パソコンを接続して、人間の代わりにパソコンに演奏させるものです。かつては、一部の特殊なミュージシャンの手法でしたが、今ではかなり広まりました。昔はいかにも“デジタル”な楽曲が多かったですけど、最近はいろんなジャンルの音楽がDTMで制作されたり、DTMによって新しい系統の音楽が生まれたりしてますよ。
鈴木 うーん、何となくわかるんだけどさ、俺が知ってる「ジャズ界におけるコンピュータ・ミュージック」の知識は、ここで止まってるんだよね。
●ハービー・ハンコックが「フェアライト」導入(1984年)
中村 なるほど…フェアライトですか…。
鈴木 あれ? ちょっと呆れてる?
中村 遅れてるとかそういうレベルを超えてますね(笑)。ただし、このフェアライト(1979年に発売)は、現在のDTMのベースになっている部分もあるんですよ。当時のジャズマンの中でも最先端を走っていたハービー・ハンコックが「生まれたてのDTM」を自分の音楽に採用していたのは非常に興味深いですよね。
鈴木 ジャズマンってのは本来、変化を恐れない人たちだから。でも、このシステム、当時はものすごい値段したんだよね。
中村 はい。ちなみにこのフェアライトは1982年から日本でも輸入販売が始まっていますが、当時の価格は1200万円だったとか。
鈴木 うわー! そこから30年以上経った現在、DTMはどうなってるの?
中村 80年代のコンピュータ・ミュージック黎明期と比べると、安価で、サイズはコンパクトになりました。しかも“できること”はどんどん拡大しています。
鈴木 そうは言っても、所詮は“機械で作った音楽”でしょ?
中村 いえいえ、最近ではDTMの機能も進化して、音源もビックリするくらいリアルになってます。例えば、オーセンティックなモダンジャズをDTMで制作する人もいるんですよ。ほら、こんな感じで。
鈴木 すげー! 生演奏みたいだね。
中村 他にもファンクとかフュージョンっぽい曲を作っちゃう人もいますね。
鈴木 「こんなものはジャズじゃない」って怒る人もいるだろうけどね。
中村 とは言っても、ジャズ自体にいろんなスタイルがあるし、最近の“新世代ジャズマン”の多くの作品に、何らかの形でDTM要素は介入していますよ。
鈴木 それにしても「パソコンで作る音楽」って、テクノとかエレクトロニカみたいなピコピコしたイメージだったけど、その先入観は払拭できたよ。
中村 ひと昔前は「数千万円のスタジオ機材がパソコンに!」なんて謳い文句もありましたが、生楽器系の音源はお粗末なクオリティだったし、パソコンにもそれなりのスペックが必要で、付属品を揃えるだけでもなかなかの金額でしたからね…。でも今は、パソコン自体の基本スペックも上がったし、ソフトの性能も格段に上がったから、特別なパソコンやソフトを揃えなくても音楽制作できますよ。
鈴木 そうなの? すごく興味はあるんだけど、何から始めていいのか分からないし、楽器も弾けないし譜面も読めないよ。そんな人でもできる?
中村 全然OKです。もちろん、曲のクオリティはその人のセンスや技術次第ですが。
結局のところ何が必要?
鈴木 とりあえず「コンピュータ・ミュージックはすごい進化を遂げている」ってのはわかった。あと「素人でも入りやすい」ってこともわかった。そこで、知りたいのは「DTMをやるには、どんな装備が必要か?」ってこと。
中村 それは「どんな音楽を作りたいか」とか「どんなスタイル(手法)で作りたいか」によって変わってくるんですけど…。
鈴木 ほら、結局そうなるんだよ。そこでみんな「面倒くせー」ってなっちゃうの。細かいことはいいから、もっとわかりやすくビシッと「必要なのは、これと、これ。以上!」みたいに説明して欲しいんだよね。
中村 うーん、その前にDTMの仕組みから説明しますね。まず、パソコンを「指揮者」と考えてみてください。そのパソコンに「演奏データ」を入力することによって演奏が行われます。ちょうど楽譜に採譜していくようなイメージですね。ただし、データだけでは音は鳴らないので「音源」というものが必要になります。
鈴木 「音源」っていうのは楽器に相当するわけね。
中村 そうです。で、その音源とパソコンが「MIDI」と呼ばれる規格で接続されて、このMIDIが演奏データを音源に送ることで、音源から採譜された楽曲が再生されるという仕組みです。
鈴木 うーん。パソコンは指揮者、音源は演奏者ね。で、結局のところ何が必要なの? まずは“それ用”のパソコンが必要なのはわかるよ。あとは何を買えばいいの?
中村 DAW(Digital Audio Workstation)という作曲ソフト(注1)が必要です。このソフトが、制作環境の基礎になります。
鈴木 うん、それから?
中村 とりあえず、それだけでOKです。
鈴木 え?それだけ? パソコンとDAWソフト?
中村 もちろん、オーディオ・インターフェース(注2)やモニタースピーカーがあった方がいいとか、MIDIキーボード(注3)があると便利とか、いろいろありますけど、制作のベースになるのはそのふたつです。
注3:USBなどで接続できる外付けの鍵盤。ピアノ演奏に馴染みのある人や、理論的に音楽を理解している人には重宝する。マウスでコードやメロディを入力するよりも作業効率は圧倒的に高くなる。
鈴木 なるほど。じゃ、具体的にはどんな作業をやるの?
中村 先ほど紹介したMIDIで演奏データを入力したり、録音した楽器や声などの録音データを、マウスやキーボードを使って横や縦に並べていく作業などですね。
鈴木 縦横に並べる?
中村 基本的に、DAWソフトには横ラインと縦ラインがあるんです。横ラインは時間軸を表していて、左から右に進むにつれて10秒、20秒と楽曲が進行していきます。このラインに沿ってAメロ、Bメロみたいな感じでデータを切ったり貼ったりして並べます。で、縦ラインはギター、ピアノ、ドラムといったように各楽器が縦に並ぶようになっているんです。ほら、こんな感じで。
鈴木 おお、なるほど。楽器それぞれの「音を出すタイミング表」みたいなものを作って、それらを合奏させるわけね。まさに、マウスで曲を作る感じだ。
中村 パソコン上の作業なので、マウスやキーボードを触ることが多いですけど、自分が弾いた生演奏やボーカルを反映させることもできるし、自由度も高いですよ。理論的な知識がなくても、最近ではコードやスケールをパソコンが調整してくれる機能なんかもあります。
鈴木 ふ~ん。でもさ、こういうソフトって高いんでしょ?
中村 確かにプロ仕様だと10万円近くするものもありますし、プロユースの機材を揃えたら数十万~数百万なんてこともあります。けど、入門用ソフトもたくさん出ていて手頃な値段で始められるものもたくさんありますから。
鈴木 とりあえず、お試しで体験できるコースとかないの?
中村 あ、鈴木さん、Mac持ってますよね。「Garage Band」って入ってるでしょ? あれは無料ですよ。
鈴木 ってことは、普通のパソコン1台持っていれば、とりあえず簡単な曲はできるってこと? 俺のPCは貧弱だけど…。
中村 例えばMacを例に挙げると、いまは「Mac Book Air」や「iMac」なんかの低価格ラインがありますよね? これらに標準装備されてるスペックって、じつは音楽制作するにはすでに十分なパワーなんです。
全世代に“ひとり”バンドブーム到来?
鈴木 へぇ~、「パソコンで音楽制作」っていうと、かなりのハイスペックが要求されると思ってた。しかも「Garage Band」だっけ? 最近のMacには音楽ソフトがインストールされてるんだ。
中村 このソフトだけで曲作りに必要な最低限のものが揃ってますよ。
鈴木 ん? そのソフトって、iPhoneやiPadにも入ってない?
中村 そう! それです。極端な話、iPhoneやiPadを持っていれば、それで曲を作ることも可能なんですよ。このソフトにはピアノやギター、ドラム、ベース、サックス、シンセサイザーといった多種多様な楽器の音源が入っていて、タッチパネルやパソコンのキーボードを鍵盤代わりにして、演奏や打ち込みもできるんです。
鈴木 すげー! なんか、楽しそう。
中村 さらにMacには内臓マイクも付いてますよね? これを使って声や歌をレコーディングすることもできますよ。
鈴木 付属ソフトでここまでできるの!?
中村 もちろん最初からこうだったわけではなくて、パソコンやソフトが進化したことで、標準ソフトでもここまでできるようになったわけです。操作も格段にシンプルになったし、今から始める人がホント羨ましい(笑)。
鈴木 っていうか、他の機材なんか要らないじゃん…。
中村 簡単な作業ならこれで十分かもしれないですけど、もっと突っ込んだことをしたければ上級ソフトや専用の鍵盤とか、音質を上げるためにオーディオ・インターフェース(サウンドカード)があった方が良いですね。
鈴木 操作も簡単そうだしさ、俺でも何かできそう!(聞いてない)
中村 じゃ、実際に軽く作ってみましょうか?
鈴木 あはは、片手間にチャチャっと作ったわりには、結構リアルな雰囲気じゃないの。
中村 でしょ? 付属の音色って、昔はいかにも安物のペラペラした音でしたけど、今はかなりリアルに再現されてるんです。もちろん、あくまでコンピュータですから人間の演奏を完璧に再現できるわけじゃないですけどね。
鈴木 いや、それでも十分に面白いし、すごい可能性を感じるよ。楽器は弾けないし楽譜も読めないけど“曲のアイディアやイメージは持ってる”って人は大勢いると思うんだよね。
中村 そうですね。もちろん、楽器が弾けたり、コードの概念がわかってる方がいいですけどね。DTMをやりながら楽理も学んでいく、っていうのもいいと思います。いまはGarage Bandで作った曲をCDにしたり、データにしてネットで配信なんかもできるので。
鈴木 なんだか凄い時代だな~。これだけ簡単なら、昔のバンドブームみたいに若者たちが飛びつきそうだよね。
中村 実際そうなっていますよ。
鈴木 目に見えないところで“ひとりバンド”ブームが起きてる?
中村 最近は小学生でもiPhoneなんかで音楽作品をつくれる時代ですから。敷居が下がったことで、若い子でもデビューできる時代なんです。実際に販売されている楽曲の中には「Garage Bandで作った」ってことを宣言してる作品もあるくらいです。まあ、Garage Bandはあくまで簡易作曲ソフトなんで、興味があったら市販されてるソフトも見てみてください。
鈴木 うーん、俺は無料のヤツでいいや。
中村 たとえば、Garage Bandの上位機種「Logic」なんかは2万3800円で買えますよ。昔は10万円近くしたのに…(泣)。音源も楽器ごとに色んな種類のものが出ていて“全部入り”なんてDAWソフトもあります。安いものだと1万円以下でGarage Bandよりも高音質で表現力の高いものもありますよ。有名どころの廉価版だとこんな感じです。この中だと、Logic Pro Xが圧倒的にいいですけどね。
鈴木 えぇ〜マジで? 大人の趣味としては、かなりお手頃な価格だよねぇ。
中村 そうですよね。ちなみに鈴木さんはどんな曲を作りたいですか?
鈴木 若くして亡くなったジャズマンが、もし生きていたら「こんな編成でこんな音楽をやっていたはず」みたいな空想ジャズを作って遊びたいなぁ。
中村 ああ“ジャコ・パストリアスのその後”みたいな妄想は面白いですね。
鈴木 あと、パット・メセニーの腕が6本あったら…とかな。
中村 ……。