投稿日 : 2017.12.15 更新日 : 2023.05.08
【グッド・サウンド・シアター】vol.2『pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』
文/三浦 信(COLAXO) イラスト/シマジマサヒコ
映画で使用される「音楽」は、ときにセリフや映像以上に雄弁である。そんな、楽曲の魅力を最大限に引き出した映画作品や、音楽が効果的に使われるシーンを選出し、映画と音楽の素敵な関係、そして、その愉しみ方を探ってみたい。
「バレエの作品」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは『白鳥の湖』や『くるみ割り人形』だろうか。これらは1800年代に作られた、いわゆるクラシック・バレエの作品である。一方、モダン・バレエと称される、20世紀以降の作品群や様式もおもしろい。たとえば、ココ・シャネルやパブロ・ピカソらが制作スタッフとして名を連ねた『バレエ・リュス』など、一般的なバレエのイメージとは一線を画す、独特な世界が存在するのだ。また、これに連なるコンテンポラリー・ダンスも、知るほどにおもしろい分野。映画『pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』はその入り口にふさわしい。
ピナ・バウシュは1940年生まれ。ドイツ・ゾーリンゲン出身の舞踏家/コレオグラファー(振付家)である。彼女は1973年にドイツ西部の工業都市、ヴッパタールでバレエ団の芸術監督に就任した後、ダンスと演劇を融合した新しいスタイルの作品を次々と生み出し、やがてコンテンポラリー・ダンスの革命者として国際的な評価を獲得していく。
そんな天才舞踏家/振付家にフォーカスしたドキュメンタリー作品が『pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』である。監督はヴィム・ヴェンダース。名匠として知られる彼もドイツ出身。ピナ・バウシュとも古くから交流があった。本作が公開されたのは2011年だが、その20年も前から「一緒に映画を作ろう」と約束は交わされていたという。しかしなぜ20年もかかったのか。その理由を、監督はこう説明している。
「彼女の素晴らしい踊りを映像化するすべがなかった」
映画づくりが進行したのは、その “方法” を見つけたから。監督は「3D 映画」という手法で、ピナ・バウシュの世界を表現することを決め、いよいよクランクイン。その2日前に悲劇が起きた。2009年6月30日、ピナが他界したのだ。数日前に癌の告知を受けていたという。
途方にくれる監督をふたたび映画づくりに向かわせたのは、ピナが率いていたヴッパタール舞踏団のメンバーたちだった。映画には、彼女の代表的な作品から『春の祭典』、『カフェ・ミュラー』、『コンタクトホーフ』、『フルムーン』
が選ばれ、新たに収録。さらには劇場を飛び出して、モノレールや工場などの現代建築や、森や庭園など自然の中でパフォーマンスを繰り広げるダンサーたちを追いかけ、生前のピナの映像と共に構成されている。
映画公開に際して「これはダンスか? 演劇か? 否。生きる、そのもの」というキャッチコピーが添えられた。この言葉どおり、ピナの作品はコンテンポラリー・ダンスを媒介にして「命」そのものが表現されている。くるぶしが埋まるほどの土に覆われた『春の祭典』や、水にまみれた『フルムーン』の舞台など、ピナの演出もさることながらダンサーの演技力にも魅了される。
天才は天才を呼び込む──。先述の『バレエ・リュス』において、プロデューサーのセルゲイ・ディアギレフのもとにココ・シャネルやパブロ・ピカソなどパリ中の才知が集結したように、ピナのもとにも多くの芸術家やクリエイターが集った。その中に、二人の日本人がいる。ひとりはファッション・デザイナーの山本耀司。そしてもうひとりは音楽家の三宅純である。三宅は、生前の彼女の舞台作品『Vollmond』(フルムーン)のサントラをプロデュースしており、同作で使用された三宅の「リリーズ・オブ・ザ・ヴァレイ」は映画の本編のみならず予告編でも使われ、作品を象徴する楽曲となった。
舞台には月からの隕石と見紛うような巨大な石が置かれ、雨が激しく吹きつけ、愛を巡る男女間の争いが勃発。ダンサーたちは満月に気がふれたように踊り続ける。幻想的なシチュエーションと、非現実的に表現される人間の感情を見事にひとつのものとして三宅音楽が紡ぐ。
ちなみに、三宅のライフワークともいえるプロジェクト “ロスト・メモリー・シアター” シリーズの最新作『Lost Memory Theatre −act-3–』には、ピナのヴッパタール舞踏団に所属するダンサー、ナザレット・パナデロも参加している。ピナファンにはお馴染みの “あの声” が、日本人音楽家の作品にひとつの命を宿している。
残念ながらピナ・バウシュの舞踏を生で観ることは叶わない。しかし彼女の命は多くの芸術家に受け継がれ、それぞれの形で新たな芽を吹き、我々はピナを体感することができる。本作『pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』はその最たる例だろう。
残念ながらピナ・バウシュ本人の舞踏を生で観ることは叶わない。しかし彼女の魂は現在も活動中のヴッパタール舞踏団はもちろん、他の多くの芸術家に受け継がれ、それぞれの形で新たな芽を吹き、我々はピナを体感することができる。本作『pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』はその最たる例だろう。
『pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』 (2011)
監督・脚本:ヴィム・ヴェンダース
出演:ピナ・バウシュほか
音楽:トム・ハンレイシュ、三宅純ほか
配給:ギャガ・コミュニケーションズ