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これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。
前回に引き続き、今回のゲストもジャズピアニストの田中菜緒子さん。男性プレイヤーが圧倒的に多いジャズ界で、当初はかなりの苦労もあったという田中さん。ベテラン奏者や古参のジャズファンを前に、ビギナーはどう立ち回れば良いのか? 筆者が気になるセッション攻略法を聞き出した。
【本日のゲスト】
田中菜緒子(たなか なおこ)
ジャズピアニスト。1985年、福岡県生まれ。幼少期からクラシックピアノを習い、桐朋学園大学ピアノ科に進学。大学卒業後にジャズの勉強を始め、都内のライブ・ハウスを中心にさまざまなライブやセッションに参加。2015年に初のリーダー・アルバム『MEMORIES』をリリース。2017年には初のスタンダード作品『I Fall In Love Too Easily』でメジャーデビュー。また、GLAYのTERU&TAKUROミニライブにサポートメンバーとして参加するなど、多様なジャンルのレコーディングやツアーメンバーとしても活躍。
【担当記者】
千駄木雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。30歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという苦行を課せられ執筆中。郊外のリサイクルショップも一通り見終わったので、最近はネットオークションで20〜30年前のシーケンサーやドラムマシンを2万円程度で購入して、夜な夜なひとりで「マシン・ライブ」に興じている。Kaoss Padやサンプラーでジャムセッションに参加させてもらえないだろうか……。
“我” を出すときのバランス感覚
──田中さんが『ARBAN』の取材を受けてくださるのは、じつは2回目。以前、トランペッターの村田千紘さんと組まれているデュオ・ユニット「村田中」で、2019年に取材させていただきました。
田中菜緒子(以下、田中) もう、5年前になるのですね。
──そのインタビューで「村田さんとは、あるセッションの場で知り合った」と発言されていました。それを機にユニットを結成し、アルバムも発表した。
田中 そうですね。ジャムセッションって、単純に “楽しむ場所” であり “技術やセンスを磨く場” でもありますが、仕事に繋がったり、新しいプロジェクトが始まる可能性も秘めているわけです。プロ志望の人であれば、現場でプロたちと知り合って、引き抜いてもらえることもあります。
──現在の田中さんは “引き抜く側” の立場でもありますが、ジャムセッションの現場で、魅力的なアマチュアプレイヤーに出会うこともありますか?
田中 もちろんあります。これまで出会ったことのなかった若手プレイヤーで、輝く才能の持ち主と出会うと「わーっ!」って感動して。すぐ自分のライブに誘っちゃいますね(笑)。
──そんな田中さんが現在、もっとも魅力を感じている若手プレイヤーは?
田中 たとえばアルトサックス奏者の佐藤敬幸さん。彼は私のアルバムにも参加してもらいました。 それと、すっかり有名になったドラマーの中村海斗さん。彼にもよく声をかけて、共演させて頂いています。同じくドラマーだと、大儀見海さんも最近のセッションでお会いして素晴らしいと思ったので、自分のクインテットに参加してもらいました。
──ジャムセッションは自分を「見つけてもらう」場でもあるし、共演者を「見つける」場でもある、と。
田中 もちろん、気になる若手奏者のライブに足を運ぶという手もありますが、すぐに顔合わせできて、打ち解けて、演奏までできるんだから、やはりジャムセッションは格好の場ですよね。
ポップスで求められる「完全再現」
──ところで、田中さんはジャズだけではなく、GLAYのメンバー(TERU、TAKURO)のミニライブでサポートメンバーを務めたり、ウカスカジー(Mr.Childrenの桜井和寿と GAKU-MCによるユニット)のライブやレコーディングにも参加されています。
田中 私がピアノで参加したウカスカジーの「My Home」という曲は、三井不動産レジデンシャルのCMソングとして使われて。よくテレビやYouTubeで流れていたので嬉しかったですね。
──しかも、ミスチルのアルバム『REFLECTION』には「You make me happy」と「Jewelry」の2曲で参加されています。あれが田中さんのピアノだとは知らずに、今までずっと聴いていました……(筆者はミスチルの大ファンである)。ちなみに、ロックやポップスの人と共演することに抵抗感はないですか?
田中 全くありません。むしろ前向きです(笑)。というのも、ジャズであれロックであれ、ボーカリストのバックで演奏するのは好きなんです。GLAYのTERUさんもミスチルの櫻井さんそうですが、歌の上手いボーカリストをピアノで引き立てるのって、本当に楽しい。
──そうした演奏では、ジャズとは違う感覚で臨むのですか?
田中 全然違いますね。例えばポップスの現場だと “CDの完全再現” を求められることが多いです。 「音源通りに弾いてください」というオーダーは、ジャズの現場とはまた別の緊張感を味わえます。いずれにせよ「主役を立てる」ことが重要なので、そこに徹していますね。
──もともと田中さんがいたクラシックの世界も、アドリブよりも「あるべき姿の再現」が求められますよね。長くジャズの世界にいるとはいえ、そこは得意なのでは?
田中 そうですね。ただ、ジャズから頭を切り替えないと弾けません。
──いまや、若手を牽引してライブやセッションを開催している田中さんですが、自身が若手としてジャムセッションに参加し始めた頃、怖くなかったですか? 現場のプレイヤーたちは「20代前半で音大クラシック出身の女子が現れたぞ!」となるわけですよね。とんでもない “かわいがり” を受けそうな気もします(筆者の偏見と妄想がひどい)。
田中 確かに怖かったですよ。
──セッション中に意地悪されたり?
田中 いや、演奏者ではなく “ジャズを知っているおじさん” に、いろいろ言われることのほうが多かったですね。「もっと、こうした方がいいよ」とか「〇〇のアルバムを聴いたほうがいいよ」とか(笑)。
──出た! マウンティングおじさんだ! 音楽に限らず、お笑いやアイドルなど、あらゆる娯楽や趣味の世界で若手を萎縮させるのは、こういうおじさんたちのせいですよ!
田中 でも、参加していくうちに、そういう人の「かわし方」も学べました。
反論はNG! ひたすら感謝の意を
──その「かわし方」はすべての “現場女子” にとって大事だと思うので、ぜひご教示ください。
田中 反論でもしようものなら、逆に刺激してしまうので、「ありがとうございました!」と言ってその場を去る……。これに限ります。
──なるほど。僕は以前、80年代に活躍したとあるバンドの “ファンの集い” に参加したことがあるのですが、当然ながら20代の参加者は僕ともうひとりの女性だけ。それも、母親の付き添いで来ていたようなのですが、おじさんたちはその女性に、執拗に貴重なレコードや雑誌を見せびらかして話しかけていて。愛想笑いで受け流すしかない状況でした。
田中 私自身、ジャズの世界に入った当初は、「みんなの意見を聞かないと!」と思っていたのですが、徐々に「尊敬する人の意見しか聞かない」ようになりました(笑)。そういう人のアドバイスのほうがありがたいですよね。
──僕もこの連載を担当して実感したのですが、ジャズ奏者とはまた別の“ジャズ道”を追求する、熱心な “ジャズ聴き” の人たちがいて、その中にかなりの割合で “ちょっと面倒なおじさん”がいることがわかってきまして。フュージョンとかクラブジャズとかポップスも好きな田中さんに対して「あんなのは聴いてちゃダメだよ」とか言いそうな…。
田中 はい、わかります(笑)。現場では「くそ〜」と思ったりもしましたが、「でも、そういう意見もあるかも」と後々考え直すこともありました。自分の価値観や趣味の押し付けではなく、本当に私のことを思って言ってくれる人もいるので、その見極めも大事ですよね。
──ジャムセッションの現場に若い男性はいても、女性が少ないのはきっとこういう “マウンティングおじさん” たちのせいなんじゃないかな(ひどい妄想です)。
田中 それはわかりませんけど(笑)、女性プレイヤーがジャムセッションに参加しやすい環境はもっと整えたいですね。ちなみに私は現在、昭和音楽大学で講師を務めているのですが、そこでも学生たちには「人の意見は大切だけど、過度に気にしなくてもいいからね」と伝えています。
──「ジャズおじさん」の話になると、(筆者の愚痴が)無限に続くので話題を変えますね。ジャムセッションの現場において、ピアニストやドラマーは、ベーシストやトランペッターと違って “マイ楽器” を物理的に持っていけません。現場ごとにその場にあるピアノを弾かなければならないと思うのですが、場合によっては「調律がおかしい」とか「弾きにくい」こともあると思います。そのようなときは、どう対処するのでしょうか?
田中 私もそれは常々考えていることでもあるのですが、自分が好きなピアニストはどの現場でも「同じ音」で弾いているんですよね。 どんなピアノでもその人の音がして、その人の演奏になっている。 私もその域に到達できるよう努力しています。
“楽器の個性” をポジティブに受け入れよ
──確かに。YouTubeでプロのミュージシャンが飛び入りでアマチュアの現場に紛れ込んだジャムセッションの動画を見ても、絶対にそのミュージシャンのいつもの聴き慣れた音なんですよね。もっと雑な例えになりますが、ニンゲン観察バラエティ『モニタリング』(TBS系)でも、プロはその現場にある最低限の機材で、いつもの自分の力量を発揮している気がします。
田中 「やりにくい!」と言っているとキリがないので 、いかにそのピアノで自分の理想的な音を出せるか、を考えています。 頭の中で「こういう演奏だから、指をこのくらい動かして」など、理論で考えてしまうと、ピアノが変わってしまったときにその「理論」はすべて変わってしまう。だから自分の「感覚」をしっかり持って弾くのは大切なことだと思います。
──そう考えるとピアニストは毎回、「新しい楽器」を弾かないといけないということですよね。
田中 それが意外と大変なんです。指の押した感覚も違う。ただ、それも「個性」だと思って弾くべきなんですよね。
──ギターでも他人の物を弾くと「弦高が…」とか「なんか音こもってる?」と思うことはありますが、ピアノはそれと比べ物にならないのでしょう。
田中 クラシックのときも毎回ピアノは違いましたが、当時は入念にリハーサルができて、指を慣らすこともできました。
──でもジャムセッションはそうはいかない。
田中 加えて、ジャムセッションでピアニストは「曲を選べない」ことが多いため、たくさん曲を覚えておくことも大切ですね。さらに、ジャムセッションでピアニストに要求されるのは「イントロ」と「エンディング」です。そのため、さまざまな曲のイントロを山のように覚えておく必要があります。
──毎回思い通りにはならなさそうですね。
田中 でも、それが魅力なんですよ。完璧なんて求めなくてもいい。 別にエンディングが「ぐしゃっ」となってもしょうがない…。そもそも、大人数で演奏する時点で「完璧」に終わらせられることはできません。よく「弾けるようになってからジャムセッションに行きます!」 という人も多くいますが、そのスタンスだと “一生行けない” ので、とにかく参加し、いろんな経験を詰んだほうが、成長につながると思います。
──うへぇ、耳が痛い…。僕も「弾けるようになってからではないと、行きたくない!」と駄々をこねて何年も経とうとしています。
田中 私もあんまり社交的じゃないので、気持ちはすごくわかります。ただ、参加しないことには、ジャムセッションを楽しむことはできませんよ。
取材・文/千駄木雄大
撮影/加藤雄太
ライター千駄木が今回の取材で学んだこと
① “我” の出し方にもさまざまな種類がある
② 才能を持った若いプレイヤーがたくさんいる
③「マウンティングおじさんか」の見極め大事
④ その場にある楽器の「個性」を受け入れよう
⑤ さっさとジャムセッションに参加しなさい