ジャズとポップス、R&Bなどあらゆる音楽の境界線を超えた自由なサウンドと、スタイリッシュなたたずまいで地元・台湾の音楽シーンでは圧倒的な人気を誇る 9m88(ジョウエムバーバー)。2019年のサマーソニック出演や、昨年発表の最新アルバム『SENT』ではトランペッター黒田卓也と共演を果たすなど、日本でも着実に人気と実力が評価されている。
先日、東京の EX THEATER ROPPONGIで開催された来日公演では、あいにくの天気にもかかわらず開演数時間前から多数のオーディエンスが駆けつけるなど、大きな注目を集めるなか、昨年末にコラボ楽曲「Snowy Road」をリリースしたWONK、さらに漁港でも働く異色のミュージシャンjo0ji(ジョージ)とともにステージを盛り上げた。最新アルバム収録曲はもちろん、世界で話題のシティポップのカバーなどを交え、シルクのような滑らかさを感じる美しい声を響かせ、特別な夜を彩った。
“東京”という舞台
━━これまで、何度も来日公演を敢行されていますが、日本でのステージはいかがですか?
来日するたびに音楽をパフォーマンスをすることの楽しさを実感しています。台湾だと20〜30代の方が目立つのですが、日本では老若男女関係なく、私の音楽に親しんでくださっているという印象が強いですね。
また、心から音楽をエンジョイしている雰囲気。私の音楽の根本にジャズがあることを理解してくださっているなと感じています。
━━今回の公演は、WONKさんと、jo0jiさんという日本の気鋭ミュージシャンとジョイントのステージになりました。
実力がある新進で、R&Bからの影響も感じるミュージシャン2組とジョイントさせていただけたことを、とても幸運に思います。特にjo0jiさんは、今回は初共演になるので、楽しかったです。
━━WONKのみなさんとは、昨年末にリリースした楽曲「Snowy Road」で共演をしていますね。
じつは、あの楽曲はオンラインでかなり限られた時間のなかで完成させたものだったので、今回のライブが初セッションになりました。楽曲に新たな雰囲気をもたらしたパフォーマンスになったと思います。
━━また、今回のライブでは竹内まりやさんの「プラスティック・ラブ」と椎名林檎さんの「丸ノ内サディスティック」のカバーを披露されています。
来日公演をさせていただく際には、「プラスティック・ラブ」のカバーは必ずセットに入れています。また今回は、日本のミュージシャンの方と一緒のステージに立つということもあり、もっとオーディエンスの方との距離を縮めるため、もうひとつカバーを披露しようと思い、椎名林檎さんの楽曲を選ばさせていただきました。
この楽曲(丸の内サディスティック*)はとても東京っぽい雰囲気があると思います。都会で過ごす人々のおさえつけられた気持ちを解放させてくれるようなパワーがあるというイメージがあるというか。だから今回の公演でセレクトさせていただきました。日本語のフレーズを覚えるのは大変でしたが(苦笑)。
*椎名林檎のアルバム『無罪モラトリアム』(1999年2月24日リリース)に収録。シングルカットはされていないがライブ演奏やカバー曲などで世間からの認知度も高く、椎名林檎の代表曲ともいわれる楽曲。
━━9m88さんは、台湾だけでなくNYでも音楽の勉強をされているなど、グローバルな視点をお持ちです。他の都市と東京の違いを感じることはありますか?
台湾で暮らす人間にとってJ-POPは、幼い頃から親しみのある音楽のひとつ。だから、東京に対しての憧れを持つ人が多いと思いますし、実際に訪れるととても刺激を受けます。
今回の来日公演の会場が六本木ということもあって、美術館や建築、もちろん音楽、たくさんの刺激にあふれていました。確かにNYにも同じ雰囲気がありますが、東京のほうがもっと整然としているというか。ディテールに対するこだわりが強いのかなって思います。
表現の追求、その先に
━━昨年発表されたアルバム『SENT』は、東京の雰囲気があるというか。ディテールに対するこだわりを感じられました。
ありがとうございます! このアルバムは、自分の自己紹介のひとつだと思っています。私自身、ヒップホップやジャズ、レトロ・ポップなど、幅広い音楽に興味がありますし、そういう音楽を追求しているという姿勢を表現できたのかなって思う。
いろんな音楽に対して柔軟な耳をもつ日本のリスナーのみなさんにとっても、聴き心地のいい作品に仕上がったのではと思います。
━━いろんなサウンドを横断しながらも、シルキーでエレガントな雰囲気のボーカルが、作品に統一感をもたらしている気がしました。
私は、自分の身体が楽器の一部だと思っているので、安定性をもたせることを大切にしています。不安定だと、楽曲の持つ世界やメッセージが正確に伝わらなくなってしまうので。
━━そのボーカルは、フランス語っぽいというか、シャンソンのよう。その影響もあるのですか?
初めてそんなことを言われました(笑)。じつは最近、歌い方を少し変化させたのです。
以前はソウル・ミュージックのように、とにかく力をこめて、厚みのある声を出そうとしていたのですが、楽曲の世界に寄り添うボーカルを考えていくうちに、何かひとつ歌い方に固執する必要はないと思うようになりました。もっと声に表情を出していかないと、って。
じつは台湾には「気音」という空気をあえて抜くような繊細な発音がありまして、それを取り入れるようになったのです。そこに、もしかしたらフランス語っぽい雰囲気があるのかもしれませんね。気づいていただいて本当にうれしいです。
━━今後の活動の予定は? またコラボレーションしたいミュージシャンなどいらっしゃいましたら。
自分の表現の幅を広げるにあたり、いろんなミュージシャンの方とコラボしていきたいですね。最近は、STUTSさんの作る音楽がお気に入りで、じつは連絡を取り合っているのです。うまく実を結んだらいいですね。
━━アーティストとして、この先どんなビジョンを描いていますか?
私はボーカリストであると同時に、最近はお芝居にもチャレンジしているんです。 演技と音楽って一見離れた表現と思うかもしれませんが、人前でパフォーマンスをするという意味では同じだと思っていて。また、どちらもある瞬間に没入して表現していく作業は共通であり、美しいものだと思う。
さまざまな角度で、何かに没入していくことを重ねていくことで、表現者だけでなく、人間としてもより深みが増していく気がするので、これからも枠にとらわれずに自由な感覚で何事にもチャレンジできたら。
━━最後に。今回の来日公演の様子が、アーカイブで配信されます。見どころを教えてください。
私はライブは、自己修正し進化できる場所だと思っています。それを多くの人と分かちあえる場でもないのかって。
だから、これまで私のステージを体感していただいたみなさんにとっては、着実に成長している姿を楽しんでいただけるのでは。また初めてご覧いただく方は、こういうミュージシャンが台湾にいて活動していることを知っていただき、多くの方々に広めていただけたら幸いです。
取材・文/松永尚久
通訳/池田リリィ茜藍
ライブ写真/木原隆裕
9m88(ジョウエムバーバー)
台北で生まれ、大学でファッションを学んだ後、NYの名門校『The School of Jazz & Contemporary Music』でジャズを専攻。R&B、ソウル、ジャズ、ポップスなど様々なジャンルからの影響を感じさせるメロウかつオリエンタル~エキゾティックなR&Bミュージックを体現し、台湾国内のツアーは全会場ソールドアウトするなど若者を中心に着実に人気を集めており、台湾のポップ・ミュージック/アート・シーンの次代を担う才能と言われている。2017年には台湾のレーベル、2manysoundから「九頭身日奈/PLASTIC LOVE」の7inchリリースが日本でも話題に。2018年には青山月見ルで来日公演、2019年にはサマーソニックのBillboard Stage出演。本国台湾ではAAAMYYY、D.A.N.、STUTS、Tempalay、TENDREといった日本国内からのメンツと共演し、落日飛車Sunset Rollercoasterの作品へのコーラス参加や、台湾で最も有名なヒップホップレーベル「KAO!INC」所属のラッパーLeo王とのコラボ作も。愛称は「バーバー」。