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2015年に東京・渋谷のミニシアター『アップリンク』で公開された映画『Cu-Bop Cuba New York Music Documentary』。キューバ音楽をテーマにした本作は、現在アメリカで活動するピアニストのアクセル・トスカを中心に、現代キューバ音楽の魅力やキューバと米国を取り巻く社会状況を浮き彫りにした意欲作だ。
公開直後から大きな話題となり、音楽ドキュメンタリー映画としては異例のロングランを記録したが、その後にキューバとアメリカが54年ぶりの国交回復を発表。これは本作のテーマに大きく影響を及ぼす出来事だった。加えて、監督の高橋慎一の“ある想い”によって、新バージョン『Cu-Bop across the border』の製作が始まった。前作を踏まえつつ、入念な再撮影と再編集を施した本作は、2018年に全国上映も決定。すでに関連書籍(公式ガイドブック)も発売され、期待は高まる一方である。
そんな高橋監督と、本作の主人公とも言えるアクセル・トスカの対談が実現した。まずは、これまでの経緯について語ってもらった。
——最初のバージョン『Cu-Bop Cuba New York Music Documentary』が完成したのは2014年ですよね。
高橋 そうですね。劇場公開したときは記録的なほどお客さんが入ったんです。でもアップリンクの浅井社長からは「フォトグラファーとしては認めるけど映画監督としてはまだまだだな」と言われまして。菊地成孔さんからも「作り変えたほうがいいんじゃないか」とアドバイスをいただいて。今回はプロの編集マンに入ってもらって再編集して、テルマリー(注1)にナレーションを読んでもらったんです。最初は再編集を断っていたんですが、周囲の方が「これは世界的に広めるべき映画だ」と熱心に言ってくれて、全面的に作り変えようと。
注1:キューバ出身の女性ラッパー。2006年にソロデビューアルバム『ア・ディアリオ』を発表。ハイブリッドなキューバ音楽を表現し続けている。
——そもそも、お二人はどんな経緯で出会ったのですか?
アクセル 最初に出会ったのはニューヨークだったっけ?
高橋 違う、2004年にキューバのディスコで会ったんだよ。
アクセル あまりにも前のことなので忘れたよ(笑)。でも、何があったのかは覚えている。シンイチ(高橋慎一)とプロデューサーのアヤコ(二田綾子)が最初に演奏を聴いてくれて、若い自分に可能性を見出してくれたんだ。その後も見守ってくれて、自分がニューヨークで音楽家として成長して新しいプロジェクトをやっていた頃に、もう一度会いに来てくれた。そこでシンイチがドキュメンタリーを作ろうというアイディアを持ちかけてくれて、CDもリリースした。彼の尽力なしに自分のキャリアはありえないよ。
高橋 (劇中での)彼が20歳のときの映像は、二田綾子がハンディカムで撮りました。もちろん、このときはキューバとアメリカの国交が回復するなんて思っていなかった。結果的に、国交回復前のキューバやキューバ音楽をこれだけ長期にわたって記録してる人は少ないんだから、たくさんの人に見せたほうがいいと言われて。それなら国交回復前のキューバの姿を多くの人に届ける義務があるんじゃないかと。それで今回(再編しようと)考えをチェンジしたのもあるんですよ。
アクセル キューバの多くのアーティストが外に出たい、世界で何が起きているのか知りたいという欲求があるんだけど、政治的に外交が開かれたことで、ニューヨークに行ってジャズの勉強ができるという意味でも大きな希望ができた。一方で、国交回復とともにアメリカのアーティストがキューバに流れ込んできて、音楽の面でも関係が深まったよね。
映像で見せたかった“演奏の魅力”
——今回の新たな『Cu-Bop across the border』には、どんな意図が込められているのでしょうか?
高橋 今回、僕の考えのひとつに、アメリカのマイノリティの子供たちにこの映画を届けたいというのがあったんです。だからナレーションをつけて、彼らにジャズの歴史やアメリカとキューバの関係をわかってもらった上で見てもらうのがいいんじゃないかと。そこで、テルマリーのような若い世代の女性ラッパーがナレーションしているなら関心を持ってもらえるんじゃないかと思って。
アクセル テルマリーとは以前、彼女の家で、彼女が影響を受けたアーティストのビデオを一晩中観たりしたよ。レニー・クラヴィッツとかローリン・ヒルとかのね。その後で一緒にコラボしたり、僕の母親(キューバの国民的歌手シオマラ・ラウガー)と一緒にやる時も彼女を呼んだ。テルマリーは今、自分のバンドを率いているけど、音楽の世界で女性がリーダーになるのは難しい。そんな彼女を僕はいつもリスペクトしているんだ。
高橋 テルマリーと繋がっているとは思っていたけど、そんな関係だとは知らなかった。
アクセル キューバ音楽とアメリカ音楽を融合させるプロジェクト・アルバム『Two Beats,One Soul』で、自分はルイ・ヴェガの曲「Este Son Me Basta」に客演してるんだけど、そこにテルマリーも関わっているよ。
高橋 そうなんだ。あと、ドキュメンタリー映画でいつも不思議というか、不満に思っていたのが、インタビューが長くて演奏のシーンがあまりないということ。だから自分の作品では、映画が多少いびつになってもいいから演奏の魅力を損ないたくなかった。そこをどう処理するか、最初のバージョンでは自分ひとりで考えたんですけど、新バージョンでは優秀なスタッフのおかげでスムーズに解決した感じです。ISA=キューバ国立芸術大学でやったコンサートは、アクセルもバンドのメンバーも僕もみんな凄いテンションだった。長いこといろんなコンサートを見てきたけど、今までに見たジャズの演奏でいちばん素晴らしかったです。で、次の日のコンサートは、ほぼ全員どうでもよくなっちゃって(笑)。
アクセル そうだったね(笑)。自分はキューバの別の学校の出身で、ISAでは別のミュージシャンの演奏を聴きに行ったりしたけど、そこでコンサートをしたことがなかったし、学生の前で演奏できるのはすごく嬉しかったよ。ニューヨークではニュースクール大学に行ってて、ジェシー・ボイキンス三世なんかと一緒だった。ロバート・グラスパーとも仲がいいけど、ニューヨークで僕は「キューバのロバート・グラスパー」なんて呼ばれていたんだよ。グラスパー、チック・コリア、ハービー・ハンコックに影響を受けているって言われるのは嬉しいね。
越境するキューバン・ミュージック
高橋 僕はそういうアメリカのムーブメントを横目で見つつ、あくまでもキューバ音楽にフォーカスしていて。たとえばキューバ音楽をテーマにした映画で、僕も大好きな『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』という偉大な作品がありますけど、その一方で、僕は「現在のキューバの新しい世代がやってる音楽」を伝えたかった。クバトン(レゲトン)までいくと極端だけど、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』との繋がりもありながら、今の世代がやってる音楽はこうだよ、と。なおかつ、アメリカに行くとグラスパーみたいな新しいジャズのムーブメントもあるよ、っていう。そういうのを地続きで感じてもらえればいいかなと。だから今回のサブタイトルも、国境を越えることがテーマでもあると思うので、〈across the border〉にしたんです。
アクセル 自分もそう思いながら作曲しているよ。僕はキューバで生まれ育って音楽をやっているけど、やっているのはグローバルな視点を持ったキューバ音楽。僕のグループ(U)nity(ユニティー)ではアフロ・キューバン・ミュージックの影響を受けたサイケデリック・ジャズをやっているけど、それは国境を超えたキューバン・ミュージック、まさにキューバップなんだ。キューバ人は国を去るという決断をするときに便利さを求めるけど、そのときに自分が何をやりたいのかという明確な考えを持っていなければならない。そして行く先の社会に溶け込んで新しいことを学ぶ。キューバに戻った時にはアメリカだけじゃなくて世界の音楽から影響を受けたことに友人が気づいてくれた。今後も世界中の音楽や文化を吸収していきたいね。
——現在のアメリカ、つまりトランプ政権下のアメリカについて思うことは?
アクセル アメリカには皆が求めるような世界の全てのリズムが集まっている。アメリカは移民が作った国だよね。だからトランプが言ってることには矛盾がある。自分も移民だから、移民として良いことをすべきだと思っているんだ。実際に貢献していると思うし、ニュースクール大学からも教える側としてオファーがきている。でも、大統領が決めれば自分は国に帰らなきゃいけない。
高橋 アメリカっていう広い国の半分の人がトランプを好きで、半分はトランプやばいぞって言ってる人たちなんですよね。以前、映画祭の関係者や大学教授に「この映画はアメリカで上映することに意味がある」って言われたんですが、正直なところ、トランプが好きな人はもう諦めて、もう半分の人たちに届けばいいと思っているんですよね。
アクセル 僕はいま、ニューヨークのハーレムに住んでいて、クラブに行けばロン・カーターのライヴが見られたりする。自分の家賃を払うのも厳しい時があって大変だけど、そういう経験ができるっていうのはプライスレスなんだ。
『Cu-Bop across the border』トレーラー映像
2018年3月10日(土)シネマート新宿より順次全国上映予定
公式ガイドブック
『Cu-Bop across the border』
映画の制作秘話をはじめ、主演のセサル・ロペス、アクセル・トスカへのインタビュー、現地ミュージシャンやキューバの街並みをとらえた写真も所収。さらに、劇中で登場するコンサートを収録したCDのほか、高橋監督が新たに制作・編集した未公開映像をDVDで同梱。
A4/オールカラー/28P/CD(2曲)・DVD(未公開映像31分)付/2,800 円(税込)