ARBAN

若き才能が続々と集まる!─御茶ノ水「Cafe, Dining & Bar 104.5」セッション・レポート 【ジャムセッション講座/第25回】


これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、もっと上手に、もっと楽しく演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。

今回は久々の現場体験記。舞台となるのは神田淡路町(東京都千代田区)にある「Cafe, Dining & Bar 104.5」。“イチマルヨンゴー”の通称で知られるこの店は、ブルーノート東京の系列店である。

ここで毎月行われているのが、「Good “Jam Session” in 104.5」というジャムセッションイベント。セッション・ホストは、「ジャズの二刀流」という異名を持つ曽根麻央さん。トランペッターでありピアニストでもあるのだ。

今回のセッション、これまで筆者が取材してきたジャムセッション・イベントとは圧倒的に何かが違う。その驚くべき内容をレポート。

【今回の現場】

Cafe, Dining&Bar 104.5(カフェ,ダイニング&バー イチマルヨンゴー)
2013年にオープンしたカフェダイニング。ブルーノート・ジャパンがプロデュース。神田淡路町の複合施設「WATERRAS(ワテラス)」の2階にある。営業時間は11:30~22:00(土日祝は11:30~22:00)。月に1回、ジャムセッションイベント「Good “Jam Session” in 104.5」を開催。チャージフリーだがひとり1オーダーは必須。
東京都千代田区神田淡路町2-101 ワテラスタワー2F


【担当記者】

千駄木雄大(せんだぎ・ゆうだい)
ライター。30歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという苦行を課せられ執筆中。この取材の3日前に大学時代のサークルの仲間たちとスタジオでジャム・セッションし、この取材の4日後に社会人軽音サークルでレッド・ホット・チリ・ペッパーズのコピーバンドをやってきた。やる気十分。

カジュアル&スタイリッシュな店内

この日、東京都心はとてつもない大雨。夕方になると雨足は弱まったが、こんな日に楽器を持って外に出たくない。今日のセッションイベントの参加者も少ないのではないか? と、一抹の不安を抱えながらJR御茶ノ水駅で降りる。

駅からニコライ堂方面に歩いて3分。スマートフォンのアプリは「目的地に到着しました」と、ナビゲーションを終了してしまったが、目の前にあるのは「ワテラス(WATERRAS)」というオフィス、レジデンス、学生マンション、商業施設、コミュニティ施設で構成された41階建ての複合施設だ。

「本当にこんなところでジャムセッションが行われるのだろうか?」

これまで参加してきたジャムセッションの現場のほとんどは地下にあったため、まるで狐につままれた気分で商業施設エリアをしばらく歩いていると、オシャレなダイニングが現れた。

店内は落ち着いた大人な雰囲気で、開演前にも関わらず、すでに美味しそうにお酒をと食事を嗜む、ミドルエイジのお客さんたちが10人ほどいる。

通常はランチ、カフェ、ディナー営業で、日常的にライブはやっていません。ただ、このセッションだけは毎月恒例で、今年の6月で25回目となります

そう語るのは、BLUE NOTE JAPAN・広報の片岡千草さんだ。彼女は続ける。

ジャムセッションへの参加方法は、事前にお電話をいただくか、当日の来店時にリストに名前を書いてもらうというスタイルです。入場料や演奏の参加費、観覧に伴うチャージは発生しません。ちなみに(ジャムセッションではなく)食事が目的のお客様もいらっしゃるので、ご要望があれば、ステージから離れた会話がしやすいスペースにご案内しています

フロア面積が広く、テーブルやカウンター席など“客の居場所”も豊富。セッションをBGMに、食事や会話を楽しめるよう配置された席もある。

“若き才能” が集まる理由

そんな同店に対して、演奏者側はどんな魅力を感じているのか? この日のホスト奏者である曽根麻央さんは、次のように語ってくれた。

このイベントの最大の特徴は、参加者の年齢が若いこと。下は小学生から、中高生、大学生まで、10〜20代のプレイヤーが積極的に参加しています。そこは僕としても新鮮というか、刺激的でもあります

曽根麻央
“ジャズ二刀流”として知られるマルチインストゥルメンタリスト、作曲家、プロデューサー。 幼少期よりピアノとトランペットの演奏を開始。2010年に米バークリー音楽大学へ全額奨学金を得て入学。2014年に同大学を首席で卒業。2016年には同大学の修士課程の第1期生として首席(summa cum laude)卒業。在米時にはニューポート・ジャズ・フェスティバルやモントリオール・ジャズ・フェスティバル、モントレー・ジャズ・フェスティバルなど国際的なジャズフェスに出演。また、国際トランペット協会主催のジャズ・コンペティション優勝など国際的なアワードも多数獲得。2018年にセルフプロデュースによるアルバム『Infinite Creature」でメジャーデビュー。以降、『Brightness of the Lives』や『プレイズ・スタンダード』などのアルバムをリリース。

なぜ若者が多いのか? 曽根さんはこう分析する。

この会場の環境によるところも大きいと思います。都心でアクセスも良く、クリーンでオープンな雰囲気。しかも、ブルーノート東京さんの直営店ということもあり、未成年の参加者を持つ親御さんにとって安心感がある場所だと思います

確かに、同じ施設(ワテラス)内では、子供向けのイベントやワークショップなども頻繁に開催されているし、学習塾の四谷大塚も入っている。しかもここ(四谷大塚・お茶の水校舎)は同校の中で最も生徒数が多いという人気校舎。夕方以降も頻繁に小学生が出入りする(=安全性も高い)場所なのだ。

とはいえ、小学生がジャムセッションに現れたときは、さすがに主宰の曽根さんも驚いたという。

このイベントが始まって2年が経ちますけど、参加者の年齢がどんどん若くなっていった。最初の頃は大学生と一緒にやりながら『若いって、いいな』なんて思っていましたが、ある日そこに高校生が現れて『すげーっ!』となって。今度は中学生や小学生まで参加するようになって……。何がすごいって、みんな演奏も人間性もしっかりしてるんですよ

たとえば、このイベントに足繁く通う12歳の女の子がいる。彼女は(12歳なのに!)東京インターハイスクールに通う現役の高校生(!?)で、しかも最年少でバークリー音楽大学に合格(授業料全額免除)。そんな彼女はAi Furusatoの名でBLUE NOTE PLACEで公演もおこなった。

そうした才気あふれる若者(子供)たちが、このセッションで多くを学び、同時に大人たちも刺激を受ける。ホストプレイヤーである曽根さん自身も、その一人だ。

僕の世代(30代)だと、10歳上の人と仕事で関わることは普通にあります。けど、10歳下の人と関わることなんて滅多にない。だからすごく新鮮だし、ありがたい機会です。かつての僕もそうでしたが、10代の頃って基礎的な練習に励みますよね。今まさに、そういう日々を送っている若いプレイヤーと接すると、基礎練習の大切さを実感するだけではなく、現在の自分の “仕事と練習のバランス” についても考えるきっかけになります

そんな“若き才能”たちが、笑顔でのびのびと演奏する様子を見ていると、なんだか楽しくなってくる。その一方で、筆者のような30代初心者は二の足を踏んでしまう(実際、筆者は「今回はヤバそうだ」と察知し、参加を取りやめた)。危うく、小学生から哀れみをかけられるところだった。

ちなみに、このセッションに参加するためには、どのような心構えが必要なのだろうか?

基本的に、このお店(104.5)は、おいしい料理やお酒を楽しむお客さんが集う場なので、そのステータスは壊しちゃいけないと思っています。だからジャム・セッションをやるにしても、できるだけ演奏を途切れさせずスムーズに進行させるよう心がけています」(曽根さん)

そのために、演奏曲をできるだけ事前に(参加者やメンバー間で)共有しておくという。曽根さんはこう続ける。

自分がやりたい曲をリストアップして持ってきてもらったり、早めに来て譜面を用意して事前に共有してもらえると助かります。前もって相談してもらえれば、珍しい曲でもオリジナル曲でも、果敢なチャレンジも全然やっていいと思っています。そういう演奏者とって良い経験ができると同時に、そこにいるお客さんも素晴らしい時間を過ごせる場所でありたいですね」(曽根さん)

“ジャズ二刀流” 独特の立ち回り

いよいよ開演の時間がやってきた。この日のハウスバンドは曽根さんのほか、ベースの山本連さん(Chara、Little Glee Monster、嵐、King&Princeなどのサポートも手がける)、そしてドラムの山本陽一朗さん(現在BS-TBS『うた恋音楽会!』にもレギュラー出演中)の3人。

この3人で早速、演奏が始まる。ここでは曽根さんはピアノを弾く。リラックスした雰囲気のブルース調の楽曲。客席も同様、酒や食事を楽しみながら柔和な空気に包まれる。前出の片岡さんが言ったように、食事目当てのお客さんも来ているため、ステージから離れたソファ席では、BGMくらいの音量になっている。どういう音響設備なのだろうか?

こうして、3人の演奏に聴き惚れていると、あっという間に1曲目が終わった。次は参加者を交えてのジャムセッションだ。曽根さんがリストを読み上げ、ピアニストが加わる。と同時に、曽根さんはトランペットを持った。これが二刀流か……。

そして、セロニアス・モンクの「アイ・ミーン・ユー」が始まる。スタンダード・ナンバーらしいのだが、当然筆者は知らない。ただ、曽根さんたちも始まる前に「どういう曲だったっけ?」と軽く確認し合う。そして演奏が始まるのだが、先ほどまでの打ち合わせが嘘だったかのように、鮮やかなジャムセッションが繰り広げられていく。

気がつくと、曽根さんのほかにもうひとり、10代?と思しきトランペッターが参加していた。曲の後半に2人で一緒にテーマを吹き出す。カッコよすぎる! マジでさっきの「どういう曲だっけ?」はなんだったのか……。

参加者は2人ともハウスバンドに引けを取らないくらい、演奏レベルが高い。早速、話を聞いてみたところ、ピアニストは韓国人のイ・セウンさん。2か月前に来日したばかりで、母国では作曲を仕事にしていたらしい。

東京にはジャムセッションができる場所が多いと聞いていたので、Google Mapでお店を捜しながら、今日はここに辿り着きました。普段は高田馬場『イントロ』などのお店に行っているのですが、ここはなんだかゴージャスですよね(笑)」(イさん)

ちなみに、この日演奏した「アイ・ミーン・ユー」は韓国では有名な楽曲なのだろうか?

私は釜山出身なのですが、そこではよく演奏されていました。ただ、韓国のジャズ人口は少なく、釜山にはセッションできるお店が2店舗しかなかったですからね……。それに比べて、日本、特に東京はジャズのマニアもお店も多いので楽しいです。明日も新しいお店のジャムセッションに参加する予定ですよ」(イさん)

高校生トランペッター現れる……!

そして、見事なトランペットを聴かせてくれた西村大地さん。予想通り高校生だったのだが、なんと東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校に通いながらクラシックを学んでいる17歳だ。

曽根さんのインスタグラムの投稿を見て、『こんな世界があるんだ』と思い、中学生の頃から104.5には遊びに来ていました。“20代が中心”と書いてあったので、最初は『10代でもいいのかな…』と躊躇していたのですが、曽根さんから『全然いいよ』と言われて、今ではほぼ毎月通っています。普段、ジャムセッションに参加できる機会もなかなかないですからね。まだまだ、経験が浅いので、曽根さんにいろいろと教えてもらいながら、ここで経験を積んでいき、今後のプロ活動に生かしていきたいです」(西村さん)

なんだか、もう意識が違いすぎる……。筆者は毎回、言い訳を作って練習をサボっているというのに……。一応、この取材の3日前に大学時代の軽音サークルのメンバーと「枯葉」を合わせたので「よっしゃ、今度のセッション参加してやる!」と、心の奥では思っていたのだが、やはり虫の知らせは当たった。やめといて正解だった。

レベルの高い演奏が2曲続けて行われる中、続いてはタップダンサーが登場。この連載の第3回で納浩一さんが「ジャズの心得がある限りは、基本的にどんな楽器で参加しても構いません」とは言っていたが、まさにこのことである。

そして「ウィー・アー・ザ・モーメント」が演奏されたのだが、視覚的にも聴覚的にも「映える」ステージだ。タップダンスの心地の良い「コツコツ」というリズムと、ドラムの掛け合いは異種格闘技戦のようでおもしろい。

ふと、大学時代に喫煙所の前でタップダンスの練習をしていた男子学生を思い出す。喫煙者たちから怪訝な目で見られながらも、必死にタップを踏んでいた彼は元気にしているのだろうか?

そんな話はどうでもよくて……。この日のセッションでタップダンスを披露したcharuさんは、クラシック出身のため、テーマだけであれば「鍵盤ハーモニカ」でも参加できるという。

もともと、コンテンポラリーダンスをやっているので、『全身で表現すること』を武器にジャム・セッションには参加しています。即興でできるという面ではジャズは参加しやすいですが、その一方でタップダンスを知らない人も多いです。だから、このような場所でタップを紹介できるのは、とてもありがたいですね。毎回、タップダンス用のボードを持って行っています」(charuさん)

この日、初めて筆者はジャムセッションの現場でタップダンスを見たのだが、charuさんは前出のイントロや「コットンクラブ」にも参加しているらしい。

意外とタップダンサーの出入りは多いですよ。ただ、初見の人からはやはり驚かれますね」(charuさん)

いずれは“若き才能の見本市“になる?

3曲目にも関わらず、バラエティ豊かすぎる。その後も、サックスの名手が登場し、「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」が演奏される。この頃にはもう、曽根さんはおろかハウスバンドも参加していないが、非常に高度な演奏が繰り広げられている。素人目に見ても(連載開始から2年が経過)、表現の豊かさや技術の高さに驚かされる。この催しに入場料や観覧料が課されないのはすごい話だ。セッションには参加せずに“食事と音楽”を楽しむお客さんが多い理由もわかる。

そんなことをあれこれ考えていると、ステージには12歳(小学6年生)のギタリスト・颯汰くんが登場するのだから、見る側を1秒たりとも飽きさせない。

颯汰くんはギブソン・エクスプローラーという、U2のジ・エッジやメタリカのジェイムズ・ヘットフィールドが使っているようなイカつい稲妻のような形のギターで、ベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」の演奏を始めた。まぁ、筆者よりもギターが上手いのは、いつもの話である。

演奏を終えた颯太くんに話を聞くと、じつは今日が初めてのジャムセッション・デビューだったという。だから、ステージ前方で見ていたお母さんもハラハラしていたのか。

というか、104.5はこれから、10代のミュージシャンたちの盛り場になるのではないか? 曽根さんは、こう語る。

気軽でラフな感じで、楽しく過ごせる場所というか、そういう次世代のプレイヤーたちのコミュニティとして成立すれば面白いと思います。なによりも、彼らが楽しんだり成長したりする、その一端を担えたらうれしいですね

そして、最後には、この日の主な参加者、総勢12人で「ナウ・イズ・ザ・タイム」が演奏された。ドラマーも変わり代わり、1台のピアノを3人のピアニストたちが弾く局面もあり、2本のトランペットとサックスのユニゾンは圧巻だった。

そんな中でも、隙あれば自分のアドリブを挟もうとする者が何人もいた。よくよく考えてみると、このステージに立っていたのは30代以下ばかりである。これが月によっては、ほとんどが10代ということもあるのだ。

もともと、この店が入っている「ワテラス」は小学校の跡地に建っている。そんな歴史が重なるように、いずれこの店のジャムセッションが「若手ミュージシャンの見本市」と呼ばれる日が来るかもしれない。

取材・文/千駄木雄大
撮影/鈴木健太

ARBANオリジナルサイトへ
モバイルバージョンを終了