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【キーファー/インタビュー】ピアノトリオを探求する日々─「ずいぶん遠回りして、ここへ戻ってきた…」


キーファーが新アルバム『Something For Real』を発表。その直後の6月、ピアノトリオでアジア・オーストラリアのライブツアーを行った。

ロサンゼルスを拠点にピアニスト/プロデューサーとして活躍する彼は、2017年にデビューアルバムを発表。以来、“エレクトロニックなビートやトラックの作り手” として広く認知され、のちのサードアルバム『When There’s Love Around』(2021年)ではバンド形態でレコーディング。バンドリーダー/プレイヤーとしての実力も発揮する。

そして今回の、5作目となる最新アルバムではさらに新しい趣向が披露された。まずはピアノトリオというフォームを採用。さらにライブ録音作品であることも、これまでにないアプローチだ。

Kiefer『Something For Real』(2024)

よって冒頭の「ピアノトリオによるライブツアー」が映えるわけだが、このツアーもアルバムもやはり「優れたピアニストとしてのキーファー」を強く印象づけることとなった。コンサートで東京滞在中の本人に話を聞いてみよう。

じつは最初から “ピアノトリオ” だった?

──最新作の『Something For Real』はピアノトリオによるライブ盤ですが、どんな意図で製作したのですか?

これまで僕はいろんなサウンドの作品を出してきたけれど、ライブのステージにおいても素晴らしいミュージシャンたちと演奏してきた。そのことを多くの人に知ってもらいたかった。

──確かに、あなたのデビューアルバム『Kickinit Alone』(2017年)と、セカンドアルバム『Happy Sad』(2018年)は、ビートメイカーとしての側面が強く出ていて、少なくともその時点では “ピアニスト”としての印象は薄かった。

そうだよね。僕の周囲でさえ、そう感じていたと思うよ。

『Kickinit Alone』(2017年)/『Happy Sad』(2018年)

──とはいえ、最初期のアルバムの中心的な部分には トラディショナルなピアノトリオがいる。そんな雰囲気も感じました。つまり、ドラムビートとベースラインがあって、あなたはそれに乗ってインプロヴァイズしているという

うん、最初期のアルバムを「ピアノトリオ」という視点で解釈するのは、当を得ていると思う。何よりもまず、僕は自分自身をピアニストだと思っているからね。ピアノトリオの音楽はたくさん研究したし、自分がいちばん良く知っている分野でもあるから。

ちなみに僕がビートメイキングを始めたのは中学生の頃で、持っていたアップルのコンピューターにガレージバンドというアプリが入っていたのがきっかけだった。ただ、22、3歳になるまで真剣にはやっていなかった。最初のアルバムを出したのは25歳の時だったから、それほど時間は経っていない。つまりビートメイキングは僕にとってまだ新しい分野なんだ。

──最初の2作品は、どんな手順で録音しましたか?

アプリはAbletonのLiveを使って、1枚目ではピアノの音を40ドルぐらいの安物のマイクロフォンで録った。それしか持っていなかったからね。それ以外の、過激にサウンドをいじくりまわす作業は全てラップトップ上でやった。あと、カセットテープに録音したり、「Evil Eye」なんかでは音をAkaiのMPCに通して、いったんピッチを上げたものをまた下げることで音を歪ませたりもした。

──ピアノのパートはどの段階で録音する?

いつもドラムのパートを最初に作って、次がベース、そしてピアノという順番だね。曲作りの作業の最初の30分ぐらいはだいたいこの手順でやっている。ただし、この時のピアノ・パートはあらかじめ譜面に書いたものかループにしたもので、ピアノソロを録音するのはいちばん最後の段階だね。

ファーストアルバム収録曲の「IDK」や「Most Beautiful Girl」のメロディーは譜面に書いたものだし、「Happysad Sunday」はピアノでインプロヴァイズしたものを録音しておいて、気に入った部分を磨き上げて譜面にした。ピアノソロはライブ演奏のつもりでワンテイクで決めたいと思っているから、録音する何週間も前から構想を練っておくこともあるよ。

“スタジオ演奏アルバム”に対する羨望

──その後、初めての バンド形態によるアルバム『When There’s Love Around』(2021年)を発表しましたが、この段階でバンドのアルバムを作ろうと決心したのはなぜですか。

友達の何人かがスタジオでアルバムを録音したのを知って、羨ましいと思った。それが正直なところだよ(笑)。あと、MNDSGN(マインドデザイン)の『Rare Pleasure』に参加した時も “僕も同じようなことがやりたい” と思ったんだ。それで『Rare Pleasure』と同じスタジオを押さえて、『When~』のセッションを録った。

僕は学生時代から毎日コンボで演奏していたし、ずっとライブ活動もしていたんだけど、最初の2作品の印象で “たまたまピアノもけっこう弾けるビートメイカー”という程度にしか認識されていなかった。アンサンブルで他のミュージシャンたちと反応しながらライブ演奏ができるとは思われていなかったんだ。そういった見方を払拭するためにも、バンドのレコードを作るのは良い機会だった。

2024年6月5日、ビルボードライブ東京で行われたライブの一幕。左からキーファー(Piano/Keys)、キャメロン・シッスル (Bass)、マイルス・マーティン(Drums)。photo/Masanori Naruse

──あえて言うなら、あなたは本来の立ち位置から横道に逸れたところでアルバム制作を始めた、ということになるんでしょうか。

その通りだよ。現在の位置に戻るまで、ずいぶん長い回り道をしていたんだ。最初はとにかくアルバムが作りたかったし、ビートメイクも好きでやっていたけれど、スタジオ・アルバムを作りたくても、当時の僕には予算的にも無理だった。

だから、まずはとにかく自分に出来る範囲で作品を発表し続けて、アーティストとして認知が広がればスタジオで録音する機会も生まれるだろうと思っていた。その判断は正しかったんじゃないかな。数年経って、もともとやりたいと思っていたアルバムを作ることができたわけだからね。

──結果的に、そうなりましたよね。

僕のことをトラックメイカーだと思っていた人たちは、バンドのアルバムを聴いて面食らったかもしれない(笑)。

「今やりたいこと」を忠実に

──とは言え、トラックメイカーとして製作した初期のアルバムが無ければ、バンドで録音した『When~』の方向性も少し違ったものになったかもしれない。

そうだね。かなり違ったものになったと思う。『When~』は僕にとって6番目のプロジェクトで、それまでにアルバム作りや作曲、アレンジ、録音、編集、マスタリングなどについて多くのことを学んでいて、スタジオ録音が初めてとは言え、やり方についてはかなりの部分が見えていたから。

──そうして長年の念願が叶って、スタジオ録音のバンド作品を発表した後、ふたたびトラックメイカー路線の『It’s OK, B U』(2023年)を作りました。今回もバンドでとはならなかった?

『When~』を作り終えて、また家に籠ってビートメイキングがやりたくなったんだよね(笑)。変な話だけれど、とにかくありとあらゆる種類のアルバムを作ってみたいんだろうな。

 

僕は必ずしも人の目を惹いたり、みんなに気に入ってもらえたりするアルバムを作りたいと思っているわけではない。とにかく自分がその時に感じる “いちばん好きな音楽” がやりたいんだ。その “好き” な気持ちがあるから人の心に響くと思うんだよね。

だから今後もビートメイカーとしてのアルバムを作りたいし、ドラムン・ベースのアルバムも作りたいと思っているし、ライブ・アルバムももっと作りたいし、やりたいことはたくさんあるよ。

──そして現時点の 好き(=ピアノトリオ)” が反映されたのが、この最新作。メインの楽器としてフェンダー・ローズ(以下、ローズ)を選んでいますね。

理由はいくつかあって、まずはローズが大好きだから。アコースティック・ピアノとローズは全く違う楽器で、全く違う難しさがあるけれど、ローズは僕にとってすごく楽に弾ける楽器なんだ。

そもそも僕はアコースティック・ピアノも普通の使い方をしていないんだよね。アルバムで録音したピアノのほとんどは、ハンマーと弦の間にフェルトを挟んでいるんだ。そのためにグランド・ピアノじゃなく、アップライト・ピアノを使っている(註:アップライト・ピアノには、弱音ペダルの代わりとして、ハンマーと弦の間にフェルトを挟む機構が付いているものがある)。フェルトを挟むと、タッチもサウンドもローズに近くなる。

photo/Masanori Naruse

あと、デジタルのアコースティック・ピアノのサウンドは、自分の音楽の中で使うのが耐えられないというのもある。他の人たちが使っているのは良いと思うけれど、サウンドや質感の点で自分の音楽にはどうしても馴染まない。だから、バーみたいな場所で本物のピアノが使えない時でも、デジタル・ピアノでローズのサウンドを使っている。

とはいえ、グランド・ピアノを弾いたトリオの作品はぜひとも作りたいと思っている。グランド・ピアノを弾くと、ものすごくスウィングしたくなるんだよね。

ピアノトリオを徹底的に研究

──そうしたピアノトリオで演奏する際に、これまでのジャズのピアノトリオの歴史について考えたり、何かを強く意識することはある?

もちろんあるよ。まず、僕がいちばん好きなピアノトリオは、レイ・ブラウンのトリオなんだけど、彼のトリオの素晴らしさは、それまでに出た偉大なピアノ・トリオの要素を総括しているところにある。フィニアス・ニューボーンやオスカー・ピーターソン、エロル・ガーナー、ウィントン・ケリーなんかのトリオのサウンドを受け継いでいるんだ。レイ・ブラウンはオスカー・ピーターソンのトリオを離れた後でも、自分のトリオでオスカーのアレンジを取り入れているしね。

ちなみに僕は、地元のロサンゼルスでもピアノトリオを組んでいるんだけど、そのトリオのコンセプトは “歴史上のいろんなピアノトリオのアレンジを再現する”というものなんだ。

たとえば、レイ・ブラウンやオスカー・ピーターソンのトリオ、レッド・ガーランド、ベニー・グリーン、フィニアス・ニューボーン、ビル・シャーラップのピアノトリオ…、それらのアレンジを完全コピーした譜面を100種類ぐらい用意していて、テンポもアレンジもオリジナルと全く同じに演奏する。そういうのを結婚式や会社のパーティ、ときにはクラブでもやっている。良い練習にもなるし、すごく面白いよ。「では次にアーマッド・ジャマルのアレンジで〇〇〇をやります」なんて言ってね(笑)。

ピアノ・トリオというのは僕にとって聴いて学ぶだけじゃなく、練習したり実際のライブで演奏したりする対象でもあるんだ。

──トリオといえば、ネイト・スミスやカートゥーンズともトリオのプロジェクトを始めましたね。

 

あれはネイトがリーダーのバンドで、まだ始めたばかりなんだ。ライブも15回ぐらいしかやっていなくて、ようやくサウンドがまとまってきたという段階だね。

今のところはそれぞれの曲を持ち寄ったり、3人で曲を作ったりしていて、頃合いを見計らってアルバムを作るつもりだけれど、バンドとして良いサウンドになるまでには、少なくとも1、2年ぐらいは一緒に活動する必要があるだろうね。

とはいえ、ネイトは最高のドラマーのひとりでもあるから期待はしているよ。最初に言ったように僕はピアノトリオが大好きで、長年にわたって研究してきたから、ネイトみたいな素晴らしいドラマーのいるピアノトリオで演奏できるというのは、本当に素晴らしいことだと感じている。

──これまでに日本人アーティストとのコラボレーションもありますね。WONKとか。

WONKとは、共通の友人を介して知り合ったんだ。彼らが僕と一緒に作品を作りたいということで、僕のパートは自宅で録音したものを送ったけれど、ライブ動画は日本に来て収録した。素晴らしい経験だったよ。WONKのメンバーはみんな才能豊かで、一緒に美味しいものを食べに行ったりして楽しかった。

 

──今後もWONKやその他の日本人アーティストとのコラボレーションはある?

もちろん、日本のアーティストとはもっといろいろやりたいと思っている。そのためには、自分が加わることのできるプロジェクトがあるかどうか、もっと詳しく調べる必要があるし、僕自身もすでにいろいろなプロジェクトに関わっているから、タイミングの問題もあるけれど、興味があるのは間違いないからね。

──もっともシンパシーを感じる日本人ミュージシャンは誰?

じつはあまり日本人ミュージシャンに詳しくないんだけど、ヌジャベスは大好きなプロデューサーのひとりだ。彼は偶然にもJディラと同じ日(1974年2月7日)の生まれで、亡くなった歳も同じぐらいなんだよね。『サムライチャンプルー』の音楽がよく知られている。

僕は彼の美しいビートメイキングに惹かれる。1990年代のヒップホップの荒っぽくて過激なビートメイキングも大好きだったけれど、ヌジャベスの美しいビートメイキングも好きだった。もともと、子供の頃から激しいロックン・ロールだけじゃなく、美しい音楽も好きだったからね。ヌジャベスの作品は、ビートメイキングの中でもひときわ美しいものだと思う。たぶん、僕のいちばん好きな日本人アーティストじゃないかな。

取材・文/坂本 信
取材協力:ビルボードライブ東京

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