投稿日 : 2024.08.30

【馬場智章 インタビュー】“ジャズ的なソロ” に縛られない音づくり─メジャー・デビュー作『ELECTRIC RIDER』発表

Photo by Keiichi Sakakura


アニメーション映画『BLUE GIANT』で主人公「宮本大」のサックス演奏を担当した馬場智章が、メジャー・デビューとなるリーダー作『ELECTRIC RIDER』(ユニバーサルミュージック)を9月4日にリリースする。

アコースティック・ジャズのイメージが強い馬場だが、今回はBIGYUKIを共同プロデュースに迎えたエレクトリック・サウンドが全面的にフィーチュアされている。エレクトリック・ジャズのアルバムを制作した理由、アルバムの内容の詳細、そして「これからのジャズ」に託す馬場智章の思いをたっぷりと語ってもらった。

アルバム制作の起点

──『ELECTRIC RIDER』はタイトル通り全面的にエレクトリック・サウンドの作品ですね。こういう音のアルバムをBIGYUKIさんと一緒に制作する、という企画はどういうきっかけで始まったのですか?

馬場智章『ELECTRIC RIDER』(ユニバーサルミュージック)

アイデアは2020年ぐらいからです。もともと僕とユキくん(BIGYUKI)は友人同士でした。僕はコロナ禍でニューヨークから日本に帰ってきたときにパソコンで打ち込みの音楽を作り始めたんです。もともとすごくやってみたかったので、このタイミングで始めてみようかと。

その後ニューヨークに行ったときに彼に聴かせたら「ええやんこれ」って言ってくれて、なので「これが形になることがあったら関わってほしい」という話をしていました。その後アルバム『ギャザリング』を出したりで、しばらくはエレクトリックなことから離れていたのですが、次にアルバムを出す時はエレクトリックな音でやりたいと思って、また曲を作り出しました。

それで今回のお話があったので、じゃあプロデュースというか、全体のディレクションをお願いしたいとユキくんに相談しました。

──BIGYUKIさんとは、まずどんな相談をしたんですか?

最近、海外のホーン奏者もこういうエレクトリックな、ヒップホップやアフロビート的なサウンドのアルバムをよく出していますけど、フィーチュアリング・アーティストとして歌手やラッパーを入れていることが多いんですね。そこをあえてインスト曲中心にして、インスト曲で大きいフェスやオールスタンディングのフロアで踊れるか、というチャレンジをしたい、ということをユキくんに伝えました。

──レコーディングの際、馬場さんが打ち込みで作った音は使ったんですか?

いや、僕が作ったトラックはあくまでデモで、曲のイメージを伝えるものでした。ユキくんと共有していたのは、打ち込みをベースとして作るのではなくて、しっかりバンドとして生で演奏して、そこに音を重ねていきたいということでした。

なので、レコーディングはまず僕とBIGYUKI、そしてドラムスのJK Kimで枠組みを作って、そこにユキくんや僕、そしてゲストがオーヴァーダブで足していく、という方法です。重ねていく中で一部デモの中で打ち込んだパートで採用したものもありますが、基本的にはバンドでの音作りに重点を置きました。

左からJK Kim、馬場智章、BIGYUKI

──じゃあベーシックな部分は生演奏で録っているわけですね。

そうです。編集の段階でいろいろドラムのグルーヴを組み替えたりはしましたが、最初の段階は完全に生です。

“引き算”で造形したサックスの音色

──馬場さんのサックスは後で何度もダビングしているように思えますね。

何度も重ねてるのもあるし、基本2声とかで重ねてるのもあるし、曲によって必要があれば重ねていった感じです。

──他のパートがなくて、サックスだけがリズム的なリフを吹いているパートがけっこう多いな、という印象があります。

今回やっている音楽は、ジャズ的な”スルーコンポーズ”というのかな、A-B-C-Dみたいにどんどん物語が展開されていくのではなく、同じリフをリピートさせてその中で進化させていく、ということが大事だな、と。その時にサックスを重ねて強いリフを提示することがベーシックになる、ということを考えていました。

──サックスのパートだけではなく、シンプルなリフ的なものを何度も繰り返していくうちに変化していく、という感じが今回はすごくしますよね。

歌モノのメロディをテナー・サックスで吹いたときに、なんか“いなたく”なるというか重たくなるような印象があります。キャッチーなメロディを作ってそれをサックスで吹くと、スムース・ジャズっぽくなったり、いわゆるフュージョンぽくなったり。今回、そういう音にはしたくなかったんですね。

 

あと、サックスの音色については、エレクトリックなサウンドに合わせてエフェクトを足していくのではなく、引き算で考えようと。曲によってはリヴァーブも入れないドライな音で、という瞬間もあったりします。そういういろんなバランスについては、今回はすごく考えました。曲のメロディも10分ぐらいで思いつきそうな(笑)シンプルなメロディに思われるかもしれませんが、意外とそこにたどり着くまでは長い時間がかかって、その中でボツになった曲も多かったです。

──録音の際、BIGYUKIさん、JK Kimさんと3人でディスカッションをしたんですね?

基本的に曲作りは僕が全部やって、それをまず3人で聴いて、とりあえず1回この通りに音出してみる。それで、音出した時に、これすごいジャム・セッションっぽいなとか、想像通りにいかない瞬間があって、その時には3人が意見を出し合って、ユキくんがそのあとにシンセを足していくのを想定して組み立てを考え直したりしました。

ディレクションに関してはユキくんにすごく先導してもらいました。あと、僕の曲を彼が聴いて「ここのところ、いらんのちゃう?」というのでカットして、その場で新しいメロディを作ったりもしています。だから今回、ユキくんのプロデュースは不可欠でしたね。

──馬場さんの周りには素晴らしいドラマーがたくさんいると思うんですが、その中からJK Kimさんを選んだ理由を教えてください。

今回BIGYUKIとタッグを組んでやるにあたって、まず考えたのは、いわゆる “ジャズ・ドラマー“ 以外の選択肢です。たとえば今回の曲を踏まえると、ジャズ・ドラマーがいろんなおかずを入れてどんどん盛り上がっていくのを欲してるわけじゃなくて、本当にシンプルなグルーヴをタイトに続けられることのかっこよさを共有できる人が欲しい、となって。

Photo by Makoto Miura

とは言え、BIGYUKIバンドのドラマーだとほとんどBIGYUKIバンドになってしまうので、僕のバンドらしさが欲しい。それでいろいろ考えて、JK Kimがいちばんいいんじゃないか、と思いました。彼はジャズのドラムもすごくて、今年のインターナショナル・ジャズ・デイでハービー(・ハンコック)と共演したり、アーロン・パークスのバンドにも参加し、ジャズ・ドラマーのイメージが強いですが、とにかく色んなジャンルのプレイの引き出しを持っている。今回欲しかった音は、ジャズ・ドラマー的な繊細さというよりは、マッチョ系というか太いハイハットとかスネアのサウンドでしたので、そういう音を共有できるということで、JK Kimでよかった、と思っています。

「ソロを吹きまくること」は今回の目的ではない

──ところで何度か聴いてふと気がついたんですが、馬場さんのサックスのアドリブ・パートって実は今回は少ないんですよね。これは意図的なものですか?

そうですね。もともと大前提として、今回は “ジャズ・アルバム” を作らないっていうのをBIGYUKIと話してましたので。最初ソロを入れようと思っていた曲ではいろいろソロを録ってみたりしたんですけど、なんかハマんないね、ってなって、それだったらもうバッサリ切っちゃった方がいいんじゃないか、と。

それに今回は、僕がサックス・ソロで目立つことよりも、バンド全体でどんなサウンドになるかっていうことを重視したかった。ジャズのアプローチで、サックスがすごくテクニックがあってそのソロがかっこいい、というのは、今回のアルバム制作においては必要ないと思いました。

ソロをやるにしても、テクニック全開というよりは、リズミックな同じフレーズを繰り返してバンドが盛り上がっていくみたいな、アメリカというより最近のUKジャズ、あるいは昔のフェラ・クティのアフロビートでのサックス・ソロとかね。だからこれは意図的なんです。この『ELECTRIC RIDER』という作品においては、サックスがソロをたくさん吹くことがむしろマイナスになるのでは、ということで、思いきって切ることにしました。

Photo by Makoto Miura

──やっぱり意図的だったんですね。そこはかなり驚きましたけど。

たとえば『BLUE GIANT』を観て、あるいは僕の前のアルバムを聴いて、ジャズ的なソロをバリバリ吹くことを期待する方は、あれ?って思うかもしれませんが、そこはもう「すみません、このプロジェクトはちょっとまた別なんです」って言うしかないですね。ソロを吹きまくるコンテンポラリー・ジャズ的なことは、今回とは別の機会にぜひ。

──まあ、やろうと思ったらいつでも出来ますもんね。

そうですね、それは『BLUE GIANT』の登場人物の「沢辺雪祈」の言葉にもありましたが、いろいろなプロジェクトやバンドに参加するといったジャズ・ミュージシャンならではの考え方かもしれません。

──3曲目の「WHAT IS ??」は、アメリカのヒップホップ・ユニット「ビッグ・ギガンティック」のドミニク・ラニがミックスを担当しているんですね。これは?

これは、最初は「リミックス」のはずでした。今回、これは普通のジャズ・アルバムではないよ、というメッセージの提示のひとつとして、リミックス・ヴァージョンを作りたいと思っていました。それで、ユキくんが「ビッグ・ギガンティックが絶対いい」と言って音源を彼らに送ってくれたら、向こうも気に入ってくれてリミックスをやってくれました。ただ、原曲の構成に基づいた仕上がりだったので、じゃあオリジナル・ヴァージョンをアルバムに入れてこっちをリミックス版としてシングルで出すよりも、これをアルバムに組み込もうかと。

ビッグ・ギガンティックは数万人規模の人に向けて公演をやっているようなアーティストなので、その規模感の音作りというか、そのマインドみたいものがすごく勉強になりました。ジャズ・ミュージシャンが何万人もの聴衆を相手に音楽をやるってことはほとんどないので、このアルバムを普通のジャズ・アルバムには留めない、という一つの意思表示として、ビッグ・ギガンティックの参加はすごく意味があると思ってます。

“短いフレーズ”の反復効果

──あと、おもしろかったのは、アルバムの真ん中に相当する5曲目の「Reprise」と6曲目の「88」が、どっちも1分ぐらいの短さなんですよね。これはインタールード的な雰囲気で、ということですか?

もともとインタールードは収録しようと思っていました。「Reprise」は2曲目「Season of Harvest」のリプライズなのですが、2曲目のイントロをそのままイントロに付けちゃって、あれ? 戻っちゃった? みたいに思った瞬間にどーんとシンセとドラムが入ってきて、という。

「88」はもともと僕が作ったときには打ち込みのドラムをがっつり入れて、ラッパーを入れようかな、と思っていたんです。でもユキくんに聴いてもらったら、これラッパーはおろか、もうドラムもいらないんちゃう? ってなって。サックスを重ね録りしたところにユキくんがドラム・マシーンでがんがん重ねていきました。

──「88」は、ちょっと日本の “音頭” ぽくっておもしろいです。

僕は曲を作っていると、どんどん展開が欲しくなるんですよ。ところがユキくんは、このアルバムにおいては曲をどんどん展開させるのはもったいない、って言うんです。せっかくかっこいいことをやっているのに、ああ、もう次に行っちゃうの? って。一つのリフとかパターンのかっこよさを続けていくおもしろさがあるんだ、と。そのあたりは、おおなるほど! みたいな発見がありました。

Photo by Makoto Miura

──お話を伺っていると、とても細かくいろんなことに配慮していることがわかりました。曲の並び順についてはどうでしたか?

いわゆるジャズ・ライヴのセットリストみたいに並べても、僕らが聴いてもらおうと思っているリスナーには届かない、と思いました。もうとにかく強い曲を3連発で頭から続けようと。

曲のタイトルについてもだいぶ考えましたね。7曲目の「CircusⅡ」の「Ⅱ」って何? 「CircusⅠ」はどこにあるんだ?(笑)。8曲目の「BaBaBattleRoyale」なんてふざけてますからね。今回、このアルバムをきっかけに、海外に向けてアピールしていきたいということも考えていまして、海外の人が見たときに、このタイトル何やねん、みたいな、そんなところもおもしろいんじゃないかと。

音楽そのものももちろんですが、タイトルだったりジャケットのアートワークだったり、普通のジャズが持っていないポップさやキャッチーな部分は必要だな、と考えました。

──このアルバムのライヴは予定ありますか?

10月にブルーノート東京など3か所でやります。そのときはゲストなしで、3人だけでやります。将来的には、ゲストとメンバー全員集合で、オールスタンディングの箱でパーティをやりたいですね。

あと、12月に「モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン」に出演します。そのステージにもBIGYUKIとJK Kimが参加します。

“僕の世代” がやるべきこと

──ところで、映画『BLUE GIANT』をきっかけに、馬場さんの生活とか考え方とかに変化はありましたか?

『BLUE GIANT』がきっかけ、というわけではないんですが、自分のセルフ・プロデュースというと偉そうに聞こえるかもしれませんが、リーダーとして出演する機会やタイミングについて考えることが多くなりました。

自分の公演が多くなりすぎるとどうしても準備時間が足りず、中途半端になってしまうかな、と。GATHERING、Story Teller、BaBaBar、Tenors in Chaosなどプロジェクトが多いので…。ただ人と演奏する感覚は主にライヴでしか得られないので、その辺のバランス感覚はすごく難しいです。吹きたくなったら「イントロ」(※高田馬場にあるジャズ喫茶。プロのミュージシャンがジャム・セッションに来ることで有名)にお世話になっています(笑)。

──この『ELECTRIC RIDER』によって、馬場さんの音楽はさらに多くの、そして広い世界の人たちに受け入れられると思いますよ。

今のシーンを語るときに、ニューヨーク、ロサンゼルス、UKの話がまず出ますけど、僕としては “今、日本のシーンがおもしろいよね“ と、海外の人たちに言ってほしいです。日本にもすごくおもしろいミュージシャンがたくさんいるので、それはできると思うんです。

──うん、それは絶対そうなるべきなんですよ。

今まで、僕らの上の世代の、渡辺貞夫さんや日野皓正さん、もうちょっと下の世代の方々もそうですけど、そういう方々が作ってきたジャズ・シーンが日本にあって、そういうミュージシャンを見に来てくれる方々に日本のシーンはすごく支えられてきていています。でも僕らはそこにずっと乗っかっているんじゃなくて、その次の僕らの世代が作るムーヴメントを意識しないといけないし、それが本当に世界基準にならないと。

世界の中で僕らが話題になるようになっていきたいし、そのポテンシャルがあるアーティストが日本にも増えてきた、と思います。『BLUE GIANT』のことが、海外の人たちが僕らを認知するようになるきっかけになるかもしれませんよね。そのタイミングで今、メジャー・デビューとして自分のアルバムを出すことができた。気分としては、けっこう攻めてます。

──とても興味深いお話をたくさん聞けてうれしいです。ありがとうございました!

取材・文/村井康司

馬場智章『ELECTRIC RIDER』(ユニバーサルミュージック)
https://www.universal-music.co.jp/tomoaki-baba/products/uccj-2236/

【馬場智章『ELECTRIC RIDER』発売記念ライブ】

TOMOAKI BABA “ELECTRIC RIDER” with special guest BIGYUKI

メンバー:馬場智章(ts) JK Kim(ds)
Special Guest:BIGYUKI(key, synth b)

●2024年10月8日(火) 大阪・BLUE YARD
open 6:00pm / start 7:00pm *1ステージのみ70分程の公演
https://blue-yard.jp/news/electric-rider-241008/

●2024年10月9日(水) ブルーノート東京
[1st.] open 5:00pm / start 6:00pm
[2nd.] open 7:45pm / start 8:30pm
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/tomoaki-baba/

▼高崎音楽祭
2024年10月12日(土) 群馬・高崎芸術劇場 スタジオシアター
open 4:00pm / start 5:00pm
http://www.takasakiongakusai.jp/concert/baba/

【モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン 2024】

2024年12月8日(日) ぴあアリーナMM
開演14:30 / 終演21:40予定
出演:ハービー・ハンコック / Bialystocks / TOMOAKI BABA ELECTRIC RIDERS Special Guest: BIGYUKI and more!
主催:MJFJ実行委員会
問:ぴあライブインフォメーション 0570-017-230
https://montreuxjazzfestival.jp/