ARBAN

【インタビュー】江﨑文武が創出する “音と空間”

音楽家・江﨑文武にとって、この1年は非常に実りあるシーズンとなった。WONKをはじめとするグループ活動はもちろん、ソロプロジェクトも精力的に展開。楽曲制作のみならずライブステージでも独創性を発揮し続けている。そんな江﨑文武の “個人としての作品”について、自身はどのように位置付け、どんな表現を標榜しているのか。本人に訊いた。

ソロ・プロジェクトの動機

──2021年にファースト・シングル薄光を発表して以降、江崎さんはソロ作品を発表してきましたが、ソロ活動をスタートするきっかけは何かあったのでしょうか。

作曲は小学生の頃から続けていて、大学生の頃に商業映画の劇伴デビューを飾ったり、ジャズのコンピレーション・アルバムにアレンジャーで参加したりと、少しずつ1人で音楽の世界に足を踏み出し始めてはいました。

でも、2016年にWONKの1stアルバム『Sphere』をリリースして以降は、おもにバンドに活動の軸を置くことになりました。バンドでの活動が広がるに連れて、自分がもともと目指していた景色を取り戻したい気持ちが芽生えて、2019年頃からソロ活動の構想を練り始めたんです。

──そうして、薄光」(2021)、「常夜燈」(2021)、「touten I」(2022)といったシングルやEPを発表していきますが、これらの曲を聴くと、アンビエントな穏やかさ、柔らかな音響など共通するものがあります。ソロ活動を始めるにあたって、どんな音楽をやっていくのか思い描いていたものはありましたか?

誰のためでもない、自分のためだけの音楽。人と聴いて盛り上がるための音楽ではなく、1人で過ごす時間に沁み入るような音楽。そうした音楽を作りたいと思いました。なので、ソロ名義の作品は内省的であることを大切にしています。

──ファースト・アルバムはじまりの夜』(2023)は光にまつわる曲名が多く、それぞれの曲が持っているムードも通じるものがあります。アルバムには何かコンセプト的なものはあるのでしょうか。

谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』に影響を受けたため、光に関するタイトルを意図的につけています。ただ、もともと映画音楽の作曲家となることを志望していたこともあり、視覚情報に音楽をつけることや、日本に脈々と受け継がれてきた平面や立体空間の美学といったものには昔から興味がありました。

江﨑文武『はじまりの夜』(2023)

──そのアルバムにはゲストを迎えて、ピアノ以外の楽器や歌声も加わったことで曲に広がりが生まれました。サウンド面で目指していたことや、トライしたことがあれば教えてください。

このアルバムはイヤホンで聴くのが前提の作りとなっています。たとえばピアノのマイキングも従来のマイキングとは異なっていて、非常に音源が「近い」音像になるよう努めているので、演奏者の衣擦れの音や呼吸の音もあえてそのまま収録しています。また、すべての曲がドルビーアトモス・ミックスで制作されているのは2023年リリースならではの作りだと思います。

自作における“歌唱”のあり方

──WONKのアルバムでもドルビーアトモス・ミックスを採用していましたね。シングルやEPはインスト作品でしたが、アルバムでは角銅真実さん、手嶌葵さん、mei eharaさんと3人の女性ミュージシャンがヴォーカルとしてフィーチャーされています。歌に対するアプローチに関して何か意識されていたことはありましたか?

これまでリスナーとして歌謡曲にはほとんど触れてこなかったですし、カラオケで歌ったことも一度もないのですが、友人たちに誘われてバンドのシーンで活動を続けるなかで、次第に歌ものにも興味が湧いてきました。そんななかで出合ったのが武満徹のポピュラー・ソング集で、多分に彼のスタイルに影響を受けていると思います。

──シングル曲で垣間見えた叙情性が、アルバムでより前面に押し出されているように感じました。叙情性やメロディーは曲を作るうえで意識されていることのひとつですか? 

とても意識しています。エンニオ・モリコーネの背中を追っているところもあるので、彼の実験的なアプローチはもちろんのこと、最高に美しいメロディーを書けるかどうかは今後のキャリアでも追究したいポイントですね。

──ソロ活動を通じて新たに興味を持つようになったことがあれば教えてください。

アンビエントを掘り下げてみたいと思っています。特に空間と音楽の関係性に興味が湧いていて、吉村弘さんや尾島由郎さんら先人の活動に目を向けています。

──WONKの活動と並行してソロ作品を制作することで、バンドに対する向き合い方に何か変化は生まれました?

自分自身はピアノのレコーディング方法にバリエーションが出来た程度の変化だったのですが、むしろ荒田(洸)はじめメンバーの方が私のソロ作品でのアプローチを積極的に取り入れてくれているな、と思います。

内省的なEP『artless』にもその片鱗が見られますし、新作『Shades of』にはアップライト・ピアノの独特な響きや、ソロでも多用している弦楽器のサウンドがふんだんに取り入れられています。

ソロ名義のライブ・パフォーマンス

──音源制作もさることながら、個人名義のライブも精力的に行なっています。近いところだと、もうすぐ橋本秀幸さんとの共演(10月26日)がありますね。

橋本秀幸さんは一方的に存じていて、彼の内省的で静謐な音楽のファンなんです。忘れられない一夜限りの静かな夜になればと思っていて、橋本さんと同じくソロ・ピアノで臨みます。

──他にも、年内にTHE PIANO ERA 2024」(11月24日)でカルロス・アギーレさんをはじめ様々なピアニストとの共演。その翌月にはソロ公演(12月15日)も控えている。それぞれどんなステージになりそうでしょうか。

「THE PIANO ERA 2024」は昨年プライベートでも足を運んだ素晴らしいイベントで、主催者独自の審美眼によってピアノを中心とした様々な鍵盤楽器の魅力が引き出されています。この日はキャリア史上初となる、ピアノとエレクトロニクス(シンセサイザーやパソコンなど)を組み合わせた新たなパフォーマンスをお届け出来ればと思っています。

12月15日はお馴染みのピアノ・トリオ(ヴァイオリン:常田俊太郎、チェロ:村岡苑子)でお送りします。彼らは昨年のツアー・メンバーでもあり、完成度の高いステージになると思います。このメンバーとは12月7日に行われる「Montreux Jazz Festival Japan 2024」のWONKのステージでも演奏します。

──それぞれ趣向が違ったライヴになるんですね。今年一年の意欲的なソロ活動を振り返って、どんな実感がありますか?

今年は地上波ドラマ劇伴デビュー(※1)にはじまり、初のブルーノート東京でのソロ公演。NHK FMで自身のラジオ番組(※2)もスタートしました。さらに、初の舞台音楽作曲(※3)や、ペインターの方とアートギャラリーでの作品発表。新聞連載スタート(※4)など、新たな一歩を踏み出したことが目立つ1年でした。

※1:『黄金の刻〜服部金太郎物語〜』(テレビ朝日系) ※2:江﨑文武のBorderless Music Dig!(NHK FM) ※3:ダンス公演『机上の空論』/オリジナルサウンドトラックもリリース ※4:西日本新聞 『音聞』

WONKの4年ぶりのアルバム制作にも魂を注ぎましたし、とても実りある1年だったと思います。来年は複数の映画で私の名前を見つけて頂けるかもしれませんね。

取材・文/村尾泰郎

【公演情報】

WWW & WWW X Anniversaries

2024年10月26日(土)
OPEN 17:30 / START 18:30

●会場
WWW
●出演
江﨑文武 / 橋本秀幸
●料金・チケット
自由席 ¥5,000 / スタンディング¥4,500 (税込 / ドリンク代別)


The Piano Era 2024

2024年11月24日(日)
OPEN 15:45 / START 16:30

●会場
めぐろパーシモンホール 大ホール
●出演
カルロス・アギーレ [Carlos Aguirre / Argentina]
ビュシュラ・カイクチャ [Büşra Kayıkçı / Türkiye]
江﨑文武 [Ayatake Ezaki / Japan]
●料金・チケット
指定席単日券 8,800円
自由席単日券 8,300円
指定席2日通し券 16,800円(※Live Pocketでのみ取扱)
自由席親子券
(大人1名+中学生以下1名 / 単日券) 13,800円
車椅子席 8,800円(※Live Pocketでのみ取扱)


L’ULTIMO BACIO Anno 24 〜月冴ゆる〜

2024年12月15日(日)
OPEN 16:00 / START 17:00
2部制、途中休憩あり

●会場
恵比寿The Garden Hall
●出演
江﨑文武
Strings : 村岡苑子 / 常田俊太郎
●料金・チケット
チケット : 指定席 ¥7,000(1Drink別)
プレミアムシート ¥10,000(1Drink&1タパス付き)

ARBANオリジナルサイトへ
モバイルバージョンを終了