投稿日 : 2024.10.25

【東京・神保町/肆(ヨン)】最高の音響に包まれる 部屋飲み気分の秘密基地

取材・文/富山英三郎  撮影/高瀬竜弥

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いつか常連になりたいお店 #83

「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は2024年7月にオープンした、神保町(東京都千代田区)のカフェ&バー『肆(ヨン)』を訪問。ビル一棟をリフォームし、地下に音響ルーム、2Fにギャラリーを併設したカルチャー発信基地ながら、想像以上にリラックスできる空間でした。

アバンギャルドのスピーカーで鳴らす地下室

都営地下鉄の三田線と新宿線、東京メトロ半蔵門線が乗り入れる神保町駅A7出口から徒歩約2分、靖国通り沿いにある『肆(ヨン)』。古本屋街として知られる神保町だが、ここはかつてオタクの聖地と言われた『コミック高岡』のあったビル。そこを一棟借りし、1Fをカフェ&バー(肆cafe)、地下を音響ルーム(地下肆)、2Fをギャラリー(肆 gallery)というカルチャー発進基地に仕立てた。将来的には3Fにスーベニールショップを併設する予定もあるという。

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フロアごとに個性を持たせているが、最大の特徴といえるのがディープリスニングスペースと名付けられた地下室。DJのMOODMANが音響面をプロデュースしており、スピーカーはアバンギャルドのUNO XD FINO EDITION、ターンテーブルはマイクロ BL-101(トーンアームはサエク)とマークレビンソン No515の2台。パワーアンプはトライオード TRV-845SE、フォノイコライザーはアイファイオーディオのZen Phono 3、クリーン電源はアイソテック EVO3 SIGMASというシステムが組まれている。

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「本当にたくさんのスピーカーを全国で聴き比べて、何にするかいろいろと迷いました。そして、あるオーディオ店でアバンギャルドのTRIO G3を至近距離で聴いたとき、泣きそうになったんです。その感動が忘れられず、最終的にアバンギャルドを選びました」。そう語るのはオーナーの杉山佳世子さん。

原点はクラブカルチャーがもつ自由さとバランス感覚

杉山さんは、15歳頃から今はなき芝浦GOLDなどで遊んでいた筋金入りの都会っ子でありパーティピープルだ。その一方で、昼間は本人が「天職」と語る歯科医でもあり、ひとり娘を育てる母としての顔ももつ。

「小学生の頃、レピッシュがすごく好きだったんです。中学くらいでザ・クラッシュの『ロンドン・コーリング』をジャケ買いして、その後はレゲエを聴いたりしていました。そこからGOLDに行くようになってハウスにハマるんです。あとは90年代のヒップホップ。オールジャンルですが、10代の頃から大好きなDJがMOODMANでした」

MOODMANは80年代後半より活動をスタートし、ハウスを中心としながらも、あらゆる音楽を巧みなテクニックでクロスオーバーさせる人気DJである。クラブミュージックにいいイメージがない人でも、彼のプレイを聴けば魅了されるだろう。

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いい音で音楽を楽しみたい。

杉山さんは2009年に渋谷・円山町にて人気のスタンディングバー『ゴールデンボール』をオープン。その3年後には2Fにスナック『女豹』をつくるなど、これまでも音楽やカルチャー色の強い飲食業にたずさわってきた。

「子どもができて夜遊びができなくなったこともありますが、クラブに行っても楽しくなくなっている自分に気づいたんです。すぐに飽きちゃうんですよ、ひとりで1時間くらい踊って帰るみたいな。今後、どういうふうに音楽と関われば楽しいかを考えたとき、もっといい音で聴きたいと思ったんです」

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いい音で音楽を楽しみたい。そんな構想を浮かべてすぐに、偶然通りかかって見つけたのがこの空きビルだった。すぐに内覧して大きな可能性を感じたものの、ビルは老朽化しており、電気、ガス、水道など設備投資に想像以上のお金がかかったという。

「いろいろまだ未完成なんです。朝働けるスタッフがいれば早朝からオープンして、仕事に行く前に音楽を聴きながら朝食やコーヒーを楽しんでほしい。他にもいろいろと、少しずつ理想に近づけていきたいですね」

最近は念願のパン職人がスタッフに加わり、自家製パンの提供も開始した。ランチメニューには、サバカレーやアフリカ料理のプレヤッサ、マフェなどがあり、近くで働く人たちから好評を得ている。夜もお酒のアテになる美味しいメニューが多く、神保町のカフェ&バーとして認知度を徐々に高めているところだ。

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誰もがアットホームに楽しめる 音の実験室

地下のディープリスリングルームは、MOODMANをはじめイベントとしてセレクターがいるときのみレコードでのプレイを聴くことができる。なお、その他の時間帯も地下で飲食を楽しむことができ、CDやUSBを持参すれば好きな曲をCDJでかけることも可能だ。昼間は無料、17:00以降は500円(2024年は無料)、イベント時は1000~2000円のチャージとなる。

DJにとっても、「この音響でこの音楽を鳴らしたらどうなるだろう?」という好奇心からレコードを持参しており、ジャズ、ハウス、ダブ、マイアミベースなどなど、毎回さまざまな音楽が実験的に鳴らされている。そのワクワク感をみんなで共有する感じもあり、アットホームな空気が流れる。

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「ジャズ喫茶のお喋り禁止というのが、どうしても自分には馴染めなくて。ここは自由に喋れて、吸音の意味もありますが絨毯にしているので床に座ってもいいし、椅子を動かして好きな場所で聴くこともできます。もちろん踊ってもいいですし、自分の好きを詰め込んでますね」

1Fのカフェ&バーから階段を降り、靴を脱いでディープリスリングルームに入った瞬間から、友だちの家にお邪魔しているようなリラックスした雰囲気。イベント時はDJと軽い音楽談義が始まったり、2台あるターンテーブルの音色の違いが面白かったりと、新しい発見がたくさんある。そして何より、音楽ジャンルを超えてクリアで圧倒的なサウンドに包まれる体験は極上だ。

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イベント以外の時間はデジタル音源でのリスニングとなるが、そこもしっかり調整されているので最高の音楽体験はそのまま。まだあまり知られていないこともあり、いまなら独り占めできる時間が多いのも嬉しい。

「自分にその才能がないこともあって、DJやアーティスト、クリエイターにリスペクトがあるんです。2Fにギャラリーを併設したのも、そんな思いからきています。今後は近所に住んでいる方や、働いている方にふらっと立ち寄ってもらって、いい音楽が聴けて良かったなと思えるような場所にしていきたいです」

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取材・文/富山英三郎
撮影/高瀬竜弥


・店舗名 ヨン
・住所 東京都千代田区神田神保町1-9-23
・電話番号 03-5801-6464
・営業時間 11:00~23:30
・定休日 不定休

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