これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。
今回は吉祥寺(東京都武蔵野市)の「音吉!MEG」を訪問。この店は1970年にオープンした名門ジャズ喫茶「Modern Jazz Meg」を継承し、2018年にスタートした、いわば “新生メグ” とも言える店だ。そんな、進化するジャズ系ライブハウスを切り盛りするのは、意外な才能とキャリアを持つ人物だった…。
【今回の現場】
音吉!MEG
ジャズ喫茶「Modern Jazz Meg」を継いで2018年に誕生。営業日は平日の水〜金は13:00〜16:00がカフェタイム、19:30〜21:30がライブ・イベントの時間と区切られており、土日祝はイベントによって営業時間が変わる。定休日は月〜火。カフェタイムにはハイエンドオーディオで上質な音楽を、ライブ・イベントでは至近距離で生演奏を味わうことができる。
東京都武蔵野市吉祥寺本町1-31-3/℡ 0422-21-1421
【担当記者】
千駄木雄大 (せんだぎ ゆうだい)
ライター。31歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという苦行を課せられ執筆中。ハービー・ハンコックの『ヘッドハンターズ』のジャケットでフェンダー・ローズを弾いている「ゆるキャラ」がかわいいから昔からTシャツを探しているのだが、最近になって元ネタがコートジボワールのバウレ族の仮面「ゴリ・プレプレ」ということを知った。
オーディオマニアのリクルートOB
今回は「住みたい街(駅)ナンバーワン」の吉祥寺。歓楽街の中にある「音吉!MEG(以下、MEG)」に突撃!
もともとここは1970年にオープンしたジャズ喫茶「Modern Jazz Meg(以下、メグ)」があった。ジャズ評論家の寺島靖国氏がオーナーということでも有名な店だったが、コロナ禍を経て店は変貌。ジャズ喫茶とは思えない最新鋭の設備が整う場所に生まれ変わっていた。しかも、それを実現させたのはリクルート出身のビジネスマン…。
当初はこの店で行われている「ジャズ・ヴォーカル・オーディション」に参加した顛末を紹介する予定だったが、入店して早々、カメラマンとその設備に驚かされてしまったため、まずは現・オーナーの柳本信一氏にこの店の進化の過程について話を聞いた。
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──私 (筆者・千駄木)が学生時代、ジャズ喫茶という文化に憧れて初めて訪れたのがメグでした。当時は最高級レコードプレイヤーを通して、真っ赤なスピーカーからジャズを爆音で聴かせてくれるお店だったのですが、ずいぶんと内装は変わりましたね。
2018年から6年半。カウンター周り以外はすべて変えました。
──それまで会社員だった柳本さんが、なぜ、この店を継承することになったのでしょうか?
もともと、私は高校生のときからオーディオマニアでした。今の若い人にとってみれば、お金がかかるため、取っ付きにくくなっていますが、昔の男の子の趣味というのは、車かオーディオだったんですよ。
──うちの父親もそうでした。
しかし、車はともかく、だいたいの人は結婚して子どもが生まれると、オーディオどころではなくなり、やめていくケースが多いのですが、私はたまたま生き残っちゃったんですね(笑)。そして、どの世界にもファンがいて、オーディオの場合は雑誌を通しての寺島さんで、ずっと好きだったんですよね。
──寺島さんといえば、ジャズやオーディオに関する著述だけではなく、レーベルや店舗運営なども手がけてきた、いわば業界の重鎮。
そんな寺島さんを、たまたま吉祥寺のデスクユニオンジャズ館で初めてお見かけして、そのとき思わず「こんにちは! ファンです」と声をかけてしまいました。
「音吉!MEG」柳本信一氏
すると、寺島さんから「オーディオ好きだったら毎月『オーディオ愛好会』をやっているから、是非来てください」と言われまして、そこからメグに通うようになり、常連になっていき、お互いの家にも行き来するようになりました。
──超仲良しじゃないですか。
きっと、寺島さんは雑誌の記事のネタにしたかったのでしょう。当時は私も熱心にオーディオを改良するため取り組んでいたこともあり、いろいろと学ぶこともあったので、結局数回くらいは行き来しました。
──なんか気が合う、みたいな感じもあったのでしょうか。
オーディオというのは孤独な趣味なんですよね。部屋の中でひとり、音を聴いて悦に入る……。人に聴かせることもありません。それが、メグに行けばオーディオが好きな仲間がいて、家族にも嫁にも理解されない趣味についてお酒を飲みながら語り合うことができました。だから、寺島さんだけではなく、仲良くなればお互いの家への相互訪問はよくしていましたよ。
ライフシフトを考えて継承を決意
そんなある日、たまたま寺島さんと二人きりになったときに「柳本さん、ここ(メグ)やらない?」と言われたんです。
──急展開ですね。その頃はまだ会社員ですよね。
そうですよ。それも自ら立ち上げたアール・リサーチという会社の社長です(笑)。そのため、最初に相談を受けたときは驚きのあまり、「何を言っているんですか!? ありえないですよ!」と返してしまいました。
というのも、オーディオはあくまで趣味ですからね。ただ、2〜3日経つと気持ちも変わってきます。いわゆる、「ライフシフト」について考えるようになったんです。
──人生100年時代。65歳までバリバリ働き、引退することも 「キャリアチェンジ 」と捉え、その後は仕事・学び・遊びに重点を置いて、健康に長く働き続けることをライフシフトといいます。
私はリクルート社で23年間、主にマーケティング・リサーチや統計の企画や立案を担当していました。そして、リクルートがマーケティングから撤退するタイミングで独立しました。そのとき、会社に「今のお客さんをもらっていいですか?」と聞いたところ快諾されたので、「売り上げゼロからスタート」ということにはならず、順調に軌道に乗りました。
──いわゆる、世間がイメージする 「ドブ板営業 」とは違う部署だったんですね。
もちろん、何年かドブ板営業もやりましたが、向かなかったんですよね(笑)。とはいえ、会社員時代を経て、自分の会社も作った……。そこから15年が経ち、私も59歳になったところで、同じ仕事を続けてきたことに飽きてしまったんですよね。
──それまで、30年以上もマーケティング・リサーチという仕事に邁進してきたわけですからね。もう、十分やったでしょう。
人生の最後は趣味みたい仕事をできないだろうか……。そこで、改めて寺島さんに話を聞いていくうちに「これが最後のライフシフトかもしれない」と思ったんです。そこから、引き継ぐことになったのですが、やってみたらそれはもう大変でした。
会社員とは大違い! 個人経営の難しさ
──マーケティングとはまったく違う飲食店のオーナーだったため、戸惑うことも多かったでしょう。
これまではひとつのリサーチで何百万、何千万円という単価の仕事をしていたのですが、ここではコーヒー1杯700円ですからね。
──0がいくつ変わるのでしょうね……。
それと、時代の流れもあり、私が引き継いだ時点でメグはジャズ喫茶として立ち行かなくなってしまいました……。というのも、お店がオープンした70年代と比べて、ジャズを聴く人が少なくなったのはもちろんのこと、家でも十分にいい音質で音楽を聴けるようになってしまったんですね。そうなると、わざわざ出かけて聴くよりも、自宅で聴く方がマニアとしては満足度が高いんです。
──もともと、オーディオマニアの柳本さんだからこそ、説得力がありますね。
そこで、2000年代に入ってライブをやるようになったんですよね。それで一時は盛り上がったそうですが、やがてだんだん厳しくなって……。そんな中で、継承してしまったものだから、MEGとして心機一転。みんなの心の拠り所を残すための活動を始めました。
──ただ、柳本さんはオーディオの造詣は深いと思いますが、ミキサーなどライブ用の機材を触るのは初めてだったのでは?
初めてライブ用のPA卓を見たときには「これはなんだろう?」と思ってしまいました(笑)。やり始めてから、ようやく「これ大変だ!」ということがわかったんです。それでも、たくさんの人たちに手伝ってもらいながら、ようやく自分たちだけでお店を回せるようになった。そこまで2年はかかりました。そして、2020年1月に過去最高の売り上げを達成します。
── 「たった2年ですごい! 」と言いたいところなのですが、時期が完全に新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大の前夜ですよね ……。
その通り。4月に緊急事態宣言が発令されて以降、東京都からいきなり「休業しろ!」というお達しが出てしまいました。その後、緩和されて営業できるようになりましたが、20時まででお酒の販売は禁止という……。このときばかりは「どうしたものか」と、頭を悩ませました。
──わァ…..ァ…….。
コロナ協力金で店内を大改造!
それでも嘆いてばかりではいられません。そこで、コロナでお客さんを呼べないため、ライブ配信を購入してもらうことにしました。ただし最初はスマートフォンをOBSで撮影からスタート。
だんだんと拡充し、あるタイミングで1台50万円するSONYのPTZオートフレーミングカメラという、リモートで動かせるカメラを3台(そのほか固定カメラ5台)を駆使してライブ中継するようになりました。ミキサーで音を調整するだけではなく、カメラ用のコンソールを使ってズームしたり、切り替えたり、テレビのようにスムーズにスイッチできるようになりました。
──さっきから、柳本さんの座っている場所に、PA以外の機材がいくつもあって気になったのですが、これはライブ配信用だったのですね。それにしても、かなり高い買い物をしましたね。
当時、まん延防止等重点措置で飲食店に国や自治体から、感染拡大防止協力金を支給してもらえたのですよ。当初はデタラメで「月に150万円(1日5万円)出すから営業しないでくれ」と……。
──ありましたね。当時は 「協力金バブル 」という言葉も生まれ、飲食店そのものが叩かる風潮でした。
結果的に、うちも2年間で1500万円くらい支給してもらえました。そこで、半分はミュージシャンに「協力金」として、残りの半分は配信機材を揃えるため、さらにすべてのオーディオ、配信機器、楽器用の電源を、EMC設計による専用電源でクリーンに作るため、有効に使わせていただきました。
──電源環境まで……。さすがオーディオマニア。こだわるときは、とことんこだわりますね。ただ、PAと同じくライブ配信機材を操作するも初めてだったのでは?
その道のプロフェッショナルが3日間付いていて、そこでコンソールの使い方などを、手取り足取り教えてくれました。しかし、やることが多い……。ちゃんと数えていませんが、体感で100近くの手順があり、そのうちのひとつでも怠ると、配信できなくなってしまいます。
──60歳を過ぎてからの、新たなる挑戦の日々ですね。若者でもうまく使いこなせないと思うのですが、短期間でよく習得できましたね。
いやいや、当初はトラブル続きで出演者から「お前のところには出ない!」と言われたこともありました。それでも、ようやく使い勝手も理解してきたので、最近は「MEGの配信と音響はいいよね」と出演者やお客さんたちから、好評の声をいただいています。おかげさまで。コロナ禍には購入者が100人を超えたこともありました。
新しい事業に飛び付く精神
──その努力の甲斐あって 「飲食店 」とは思えないような配信環境を整えることができました。
コロナは突然始まりましたが、なかなか収束宣言が出ない。そもそも、ジャズファンは高齢者が多いため、その頃は外出できず、また「高齢者に感染させてしまったら大変だ」ということで、気軽にお店に来られなくなりました。そのため、今でも以前の売り上げは戻ってきません。
──終わりの見えない感染症と、国や行政に振り回されることになったのですね。
いろいろとサービスも始めていて、配信を購入された方にはもちろん、実際にお店に見に来られたお客さんにも、3日間はその日のライブが視聴できる動画のURLを教えて、付加価値を付けています。
──それはうれしい特典ですね! やっぱり、その日のライブをもう一度見たい人は多勢いるはずです。
それでも、お客さんは戻ってきません。3年間も外出自粛を強いられてきたものだから、みんな外に出ない癖が付いちゃって、もうライブには行かない。来店されても終演後にはサッと帰られます。コロナ前はライブ終了後も、お客さんたちがミュージシャンたちに「奢るから飲んでよ」という文化があったのですが、今は21時30分の閉店時間になるとみんなスーッと帰られてしまいます。最近は飲みにいく人たちも増えましたけどね。
──なかなか、大変な時期を過ごされましたね。
6年半やっているうち、3年間がコロナ禍でしたからね……。
──それでも、老舗のジャズ喫茶に、ライブハウス顔負けの配信機材を投入して、進化させるというチャレンジ精神はどこから湧いてくるのですか?
私が長年勤めていたリクルートという会社は常に「新しいことをやろう」と言ってくるのですよ。失敗しても構わない。むしろ、新しいことをやらないと怒られるくらいです(笑)。そういう会社にいたため、ちょっとした癖が付いたのだと思います。「新規事業」と聞くと飛び付いてしまうんですよね。
──いいですね!
いやいや、会社員時代は3回飛び付いて、2回は失敗していますからね(笑)。
──でも、3回のうち1回は成功しているのだから、チャレンジするだけの意味はありますよね。
確かに。「チャンスのときは、飛びついたほうがいい」というのは自然と身についたので、これまでさまざまなことができたのだと思います。
あとは、運も大事だったのかなと思います。メグ時代、オーディオ愛好会にはたくさんのマニアがいる中で、どうして寺島さんは僕に声をかけてくれたのか? 本人に聞いたら「たくさん声をかけたけれども、条件が合う人が柳本さんしかいなかった」と。これも運でしょう(笑)。
そもそも、ディスクユニオンで寺島さんに出会えたことは運が良かったし、声をかけたことがさらによい方向につながった……。偶然に偶然が重なって、今があるんだと思っています。
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ということで、本来の目的だった「ジャズ・ヴォーカル・オーディション」は12月6日公開の後編記事でレポート!
取材・文/千駄木雄大
撮影/山元良仁
ライター千駄木が今回の取材で学んだこと
① 失敗を恐れず「新規事業」に飛び付く精神を持て
② 初心者でも新しいことに挑戦すべき
③ 投資されたカネは惜しみなく、正しく有効に使え
④ 機材もケチらず最高級の物を揃えよ
⑤ マニアたちが集まれる場所は大切