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photo:Kohei Watanabe
ジャズ、ソウル、ヒップホップなど、様々なビート・ミュージックを取り込んで自分たちのサウンドを生み出してきたバンド、WONK。4年ぶりのフルアルバムとなった『Shades of』は、そんな彼らの幅広い音楽性が一望できるアルバムだ。
本作にはビラル、久保田利伸、T3、K・ナチュラル、キーファー、BewhY、Jinmenusagi など多彩なゲストが参加。綿密に構成された楽曲がアルバムに豊かなグラデーションと奥行きを生み出している。
また、この新作を携えたライブステージ(12月に「モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン2024」に出演)も控えており、今回の新作やライブについて、メンバー全員に語ってもらった。
アルバム制作中に見えた指針
──今回のアルバム『Shades of』を制作するにあたって、最初にコンセプトのようなものを設定したのでしょうか?
江﨑 とくになかったです。最初は(前のアルバム『artless』を受けて)何となく〈artless2〉っていう感覚で臨んでいたんですよね。制作合宿をして「Passione」や「Essence」(今回のアルバム所収曲)を作ったあたりまでは、そんな感覚だった。でも、そこから他の曲を新たに組み立てていくなかで「〈artless2〉っていう感じでもないかな…」ってなってきて。
荒田 でも、僕の中では『artless』に通じるものはあるんですよ。打ち込みをめっちゃ使ってた時期もあったんですけど、そこを少し控えて、ちゃんと楽器を弾いてたり、しっかり空気を入れてレコーディングしているところは、結構『artless』を引き継いでいると思います。
江﨑 確かに、もう一回 “録音芸術に向き合う”というところは『artless』から続いているかもしれない。
荒田 だから、〈artless2〉っていう意識でスタートしたけど、やってみたらいろんな曲が入っていたというか。『artless』の時は、アコースティックという制約のなかで出来ることを考えたけど、今回は制約を考えずに曲を作って、そこに『artless』の良さを取り入れたという感じですね。
──そんな今作『Shades of』は、多彩なゲストが参加しているのも特徴のひとつです。
江﨑 僕らは海外で活動したいなとも思っていて。デビュー・アルバムの次にニューヨークのバンドと一緒にアルバム作ったり、なんだかんだで毎年のように海外公演にも行っていたんです。
でも、コロナ以降、そういうことがぱったりなくなっちゃって。外との繋がりが失われるのは悲しいなって思ってたんです。で、いろんな国の人たちと曲を作ろうってなったんです。データのやり取りで曲を作ることが、すごく簡単になったので。
──あらかじめゲストを想定して曲を書く、という作業もあったのでしょうか?
江﨑 そういう曲もあれば、そうじゃない曲もあります。例えば「Fleeting Fantasy」は、キーファーさんにあて書きしました。僕がキーファーさんのファンで、キーファー節が映えるような曲を書いて、「一応こんなイメージで鍵盤が入ってるけど差し替えてもらってもいいよ」みたいなことをメールで送りました。そしたら、バッチリなデータが届いたんで、最初に思い描いていた通りのかたちに仕上がりましたね。
──江崎さんから見てキーファーさんの魅力はどんなところですか?
江﨑 小難しすぎないってところかな。ジャズ・ピアニストって演奏をどんどん深めていくと “玄人にしかわからないカッコよさ” みたいな境地に行き着きがちなんです。でも、キーファーはジャズ・ピアニストの様々な語法を習得していながらもポップ・ミュージックとしての強度が保たれたプレイしか、あえてしないみたいな。
久保田利伸との邂逅
──そういう良さが、この曲(Fleeting Fantasy)にも出てますよね。その一方、ゲストにはボーカリストもいて、「Life Like This」では久保田利伸さんが参加されています。
江﨑 これも久保田さんありきで作った曲ですね。久保田さんは僕らのブルーノート東京でのライヴに来てくださったんです。ライブ後、楽屋まで久保田さんがお越しくださり、とてもびっくりしました(笑)。
──ライヴの感想は何かおっしゃっていました?
荒田 「シブいねえ」って(笑)。
井上 「いいけどさあ、やり過ぎじゃない?」って笑いながら去って行きました(笑)。
長塚 それがあったから、今回声かけやすかったよね。まさか受けてくださるとは思わなかったけど。
──久保田さんとはどういうやり取りで曲を仕上げて行ったのでしょうか。
荒田 まず1曲、デモを送ったんです。ところがその後、思うところあって「すいません! やっぱあの曲やめます。作り直すんで待っててください」ってボツにしたんです。それから半年ぐらい待ってもらったのかな。で、「納得いくものができたんで、これでお願いします」って言ったら、「いいね。わかった」って返事があって。そこから歌詞はこっち(長塚)に任せて。
長塚 一緒に歌うアーティストの方とは共通項を探したいんですよ。そこで久保田さんと色々お話してたら「東京をテーマにしよう」っていうことになった。
考えてみると、東京は華やかな側面もありつつ暗い側面もあるなと。新宿のトー横に集まる若い子を取り巻く環境の問題や、大久保公園関連のニュースが盛んに取り上げられていた時期でした。「じゃあ、そういった社会が孕んでいる負の側面も描写できるような歌詞にしよう」ということになったんです。
──曲作りの面で久保田さんの個性を意識したところはありました?
井上 あまりなかったですね。外国の音楽ばかり聴いて育った我々から見たら、久保田さんってその先駆者なんで、音楽的な言語は一緒だなって勝手に思っていて。自分たちがやりたいことをぶつければ絶対ハマる。なので、あまり意識する必要はないんじゃないかなと思ってました。
江﨑 この曲は荒田と(井上)幹さんで作っていたんですけど、この2人だったら絶対、ディアンジェロあたりの雰囲気になるだろうとは思ってました。
──それを見事に久保田さんが歌いこなしていますね。長塚さんから見て、ヴォーカリストとしての久保田さんの魅力はどんなところですか?
長塚 久保田さんは大好きなシンガーのトップ3に入るんですよ。学生時代にめちゃくちゃカラオケで歌ってたし、久保田さんから学んだことは多くて。今回、レコーディングをご一緒させてもらって思ったのは、リズムに対する意識が高いというか、歌にグルーブがすごくあるし、引き出しの多さがすごい。
今回、久保田さんに「コーラスもやってほしい」っていうオーダーを荒田からしたんですけど、久保田さんは「メイン1本でやりたい」と言われて。でも、いざスタジオに入ってみたら「このサビの裏で、ちょっとフェイク入れてみようか」って、たくさんのテイクを録ってくださったんですよ。やっているうちにいろんなパターンが出てくる。それが本当にどれも素晴らしくて。
“ビラルの回答” に過去最高の感動
──同じくボーカルで、「Miracle Mantra」にビラルさんが参加しているのも驚きました。
江﨑 ある時、レコーディングスタジオで荒田が「ビラルとやりたい」って言ったら、そのスタジオのオーナーの吉川さんが「ビラルやったら呼べるで」って(笑)。吉川さんはニューヨークにもスタジオを持っていて、そこでビラルがレコーディングをしているそうなんです。それで公私ともに交流があってビラルに連絡してくれました。
井上 それでビラルがWONKの音を聴いてくれたみたいで、吉川さんが「ビラルから返事きたで。『ええやん! やるわ』って言うとるわ」って(笑)。
荒田 俺だけじゃなく、メンバー全員がビラルとやりたかったんです。それがすんなりできた。「マジか?」って感じでしたね。それで曲を作って送って向こうで歌ってくれたんです。
──戻ってきた歌を聴いてどんな感想を持たれました?
荒田 レコーディング・データのやり取り史上、いちばん感動しましたね。
江﨑 それは間違いないね。僕が曲の下地を作ったんですけど、その時に入れていた仮歌とは全く違う。かと言って原曲の雰囲気を損ねる感じじゃなくて、より良いものにしてくれたんです。
シンガーだと通常はだいたい仮歌通りのものが来るんですよ。でも、ビラルの場合は勝手にコーラスが入ってるし、メロディーラインも変わってる。ピアノが弾いてたメロディーを自分のメロディーに持ってきたりもする。「こっちの方がいいでしょ?」っていうビラルのアイデアに納得させられる感じがして、「クリエイターだな」って思いました。
井上 とにかく自分の声に対する理解度が高いよね。
どうしても譲れなかった「アルバムの構成」
──その他、スラムヴィレッジのT3、K・ナチュラル、BewhY、Jinmenusagi など様々なゲストが参加されていますが、アルバムを聴くと全体に統一感があるんですよね。明確なコンセプトはないということですが、アルバムに大きな流れを感じる。最初はアコースティックで静かな曲で始まり、次第にビートが加わって、アルバム中盤の「Here I Am」あたりからダークなゾーンになっていって「Shades」がアルバムの最深部。そこからラストに向けてまたアルバムの世界が変わっていく。アルバムの構成にストーリーを感じました。
荒田 ですよねえ(笑)。
井上 曲の流れは荒田がめちゃくちゃこだわったんです(笑)。
──「Here I Am」のイントロでアルバムの空気が変わりますよね。
荒田 イントロがクソ長くてマーケティング的にはよろしくないんですけど、関係ねぇか…と思って作りました。作った後、ラップは誰がハマるか考えてJinmenusagiさんに依頼したんです。
井上 今回のアルバムに関しては、マーケティング的にどうとか、そういうことは考えないでおこうっていう荒田の強いこだわりがあって。アルバムの1曲目から聴いたら「WONKってこんな静かなバンドなんだ」って思われてもおかしくないと思うんすけど、アルバムを通して聴いてもらえれば絶対わかってもらえるっていう流れを作っているんです。
荒田 暗めのゾーンの曲は、だいたい僕が作ったんですけど。僕は暗い曲しか作れない病気にかかっていて(笑)、自然とそんなふうになったんです。その両サイドを固めるのに、(江﨑)文武にベーシックを作ってもらったり、(井上)幹さんと一緒に作ったりするとちょっと明るい世界に行ける。1人で作ると暗くなるんだけど、みんなと作ると明るい世界に行けるっていうアルバムなんです。
──「Shades」がアルバムの核になっているように感じたのですが、そういうつもりで作った曲なのでしょうか。
江﨑 じつは「Shades」は “After Passione” っていう仮タイトルがついてたんですよ。最初は「Passione」と繋がる曲っていうぐらいの感じで作っていて。
井上 でも荒田から「アルバムのタイトル曲にしたいから、そんな内容にして欲しい」と言われて、そうなるように仕上げたんです。
──そうだったんですか。「Shades」~「Endless Gray」は組曲みたいになっていますよね。そして、「voice_03.10.2023」がインタールードみたいな役割を果たしていて、この3曲の流れが見事です。
井上 もともとは「Endless Gray」がインタールード的な曲だったんですよ。仮タイトルも「インタールード」だったし。でも、作っているうちに「これカッコよくない?」ってことになって独立した曲として仕上げたんです。
──それで「voice_03.10.2023」がインタールードっぽくなったわけですね。この曲はデモ音源みたいな感じですが、実際は?
井上 長塚がiPhoneのボイスメモで録音したデモ音源のままです。制作合宿中に録ったものなんですけど、歌詞を書いて録り直したものもあったんですけど、荒田が「この音源がいい」って結構ごり押しな感じだったので、じゃあ、これを採用にしようってことになって。
荒田 「信じてください」って言った気がする。「これが良いんです、信じて」って。
──このトラックの空気感がディープなゾーンの淀みを清浄化して、アルバムのムードを変える重要な役割を果たしていると思います。
荒田 そうなんですよ。この空気感が重要なんです。
歌詞に映した“人間の営み”
──そこから、「Miracle Mantra」「One Voice」というアメリカのヒップホップ/R&Bアーティストをゲストに迎えた曲でクライマックスを迎える。ラストナンバー「One Voice」では、ビラル、T3、Kナチュラルといった面々を迎えています。
荒田 この曲は、トラックは作り込んで送りました。ラップを入れて欲しい尺をこっちで固定して長めにとってたんですけど、「ちょっと長い」と言われたんで短くしたくらいしかキャッチボールはしてないですね。でも、トラックに合わせたリリックとかラップの蹴り方を考えて歌ってくれたんで、すごくいい曲になりました。
──歌詞に関しては何かテーマはあったのでしょうか。「Life Like This」をはじめ、ところどころに今の社会に対する懸念みたいなものが織り込まれているのが印象的だったのですが。
荒田 長塚さんは社会派だからね(笑)。
長塚 そうではないんですけど(笑)、「Here I Am」の歌詞を書く時、荒田から「カオスをテーマにしたい」と言われたり、バンドから色々な意見が出てくることもあって、僕のプライベートなことを歌うイメージが湧かないんですよね。そうなってくるとテーマがより大きくなるというか。でも、僕の個人的な感情がこもった歌詞も多くて、これまでのアルバムで一番素直に言葉が出てきたし、一番吐き出せたという感じはあります。
──これまでよりも吐き出せたというのは何か理由があったんでしょうか?
長塚 ここ数年、生き方について色々考える時間あって。そういうことをメンバーと朝まで話したその時の様子みたいなものが、実は1曲目に書かれていたりするんですよね。
──プライベートなことと社会的なことが両方入っているのが良いんでしょうね。社会的なテーマばかりだと説教くさくなってしまうし。
長塚 ですね。荒田から「『Shades』というアルバム・タイトルにしたい」という話が出た時に、「Shades」は影という意味だけではなく、「色合い」とか「様々な側面」という意味もある言葉だから、人のいろんな側面、感情のいろんな側面を描けたらいいのかなって思ったんです。 弱い部分も強い部分も全部ひっくるめてのひとりの人間だし、ひとりの集合体だし。
新作披露 “一発目”のライブステージ
──なるほど、確かに様々な表情があるアルバムですよね。この新作が出てすぐに「モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン 2024(※1)」が待ち受けていますが、モントルー・ジャズ・フェスティバル(スイス)に対する印象は?
※1:50年以上の歴史を誇るスイス「モントルー・ジャズ・フェスティバル」の日本版。今年は12月6日〜8日の3日間、ぴあアリーナMM(横浜市)をメイン会場に開催される。
長塚 出ているアーティストはみんな好きですね。繰り返して見てる動画ランキングのトップ10があるとしたら、そのうち、4~5本はモントルーの映像だったりしますからね。
江﨑 僕はモントルーといえばビル・エヴァンスのライヴ・アルバムですね。
──スイスのモントルー・フェスは映像や録音作品も豊富ですよね。今回、皆さんが出演する “モントルー・ジャパン”については?
荒田 今回、自分たちが出演しない日も横浜に泊まって、全部見ようかなって思ってます。絶対とんでもないし。そういえば、ドラムを始めたきっかけがモントルーなんです。
──えっ!? それはどういうことなんですか。
荒田 昔、エリック・クラプトン、ジョー・サンプル、デビッド・サンボーン、マーカス・ミラー、スティーヴ・ガットの5人が “レジェンズ” というユニットを組んでモントルーに出てて。
──すごいメンバーですね。まさにレジェンズ。
荒田 その映像を小学生の時にたまたま見たんです。もちろん、その頃は演奏しているのが誰かなんて知らないですよ。確かマーカス・ミラーのソロからスティーヴ・ガットのソロに移るところを観て、「世の中にはこんな音楽があるんだ」って思ったのが、すごく記憶に残っているんです。
──小学生がモントルーで覚醒するというのもすごいですね。
長塚 でも「レジェンズ」って自分たちでつけたのかな。俺たちも年取ったらレジェンズって呼ばれたいね(笑)。
──今回のモントルーではハービー・ハンコックというレジェンドが来日します。
江﨑 まさにレジェンドですよ。絶対見たいですね。楽屋では何してるんだろう(笑)。
──今回のモントルーには馬場智章さんも出演しますが、馬場さんと江﨑さんは古くからの付き合いだとか。
江﨑 19歳ぐらいの時から知ってるんですけど、彼は数年前から打ち込みを始めていて。それが新作の『ELECTRIC RIDER』で結実していて、すごく良いアルバムに仕上がっているんです。
井上 BIGYUKIさんと一緒にやったやつ?
江﨑 そう。最近はジャズの人がインプロビゼーションだけに走るんじゃなく、トラックメイキングもやるようになってきたのはすごく良い変化だなと思って。結局、ハービー・ハンコックも曲を作る人じゃないですか。オリジナル作品があるっていうことがやっぱ強いっていうことを、この前、馬場君と話をしていました。
──そういう流れの先頭にいたのがWONKですよね。モントルーのジャズフェスティバルはどんなステージになりそうですか?
荒田 ゲストの奏者の方をしっかり入れて、弦管入れた大編成で生でやろうと思ってます。
江﨑 新作を披露する一発目。プレワンマンみたいな気持ちで臨むつもりなので、ぜひ観に来てもらいたいですね。
取材・文/村尾泰郎
モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン2024
“世界3大ジャズフェス”として知られる国際的な音楽フェス「モントルー・ジャズ・フェスティバル」が日本で開催。日程は2024年12月6日(金)〜8日(日)の3日間(会場:ぴあアリーナMM)。
WONK(12/7 出演)のサポート/ゲスト・アーティストが決定!!
WONK
長塚健斗(ボーカル)
井上幹(ベース)
江﨑文武(キーボード)
荒田洸(ドラム)-Support-
MELRAW(サックス・フルート)
小川翔(ギター)
常田俊太郎(バイオリン)
村岡苑子(チェロ)-Guest-
Jinmenusagi
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