投稿日 : 2025.01.10
吉祥寺「音吉!MEG」のガチすぎるジャズ・ボーカル・オーディションに挑戦してみた【ジャムセッション講座/第29回】
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これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。
今回の現場は吉祥寺の「音吉!MEG」。1970年に開業した名門ジャズ喫茶「Modern Jazz Meg」を継承し、リニューアルオープンした同店。ここで実施されるジャズ・ボーカル・オーディションに挑戦した。ついに、参加するガチすぎるジャムセッションだが、果たしてその顛末は?
【今回の現場】
音吉!MEG
ジャズ喫茶「Modern Jazz Meg」を継いで2018年に誕生。営業日は平日の水〜金は13:00〜16:00がカフェタイム、19:30〜21:30がライブ・イベントの時間と区切られており、土日祝はイベントによって営業時間が変わる。定休日は月・火。カフェタイムにはハイエンドオーディオで上質な音楽を、ライブ・イベントでは至近距離で生演奏を味わうことができる。
東京都武蔵野市吉祥寺本町1-31-3/℡ 0422-21-1421
【担当記者】
千駄木雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。31歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという苦行を課せられ執筆中。毎年、11月22日(いい夫婦の日)にSNSを見ると、同級生たちの結婚報告の投稿にやられていたのだが、ついに今年はなかった。ホッとした反面、よく気づいたら周囲がみんな結婚していただけだった。そうか、今年32歳か……。
ボーカルセッションはカラオケではない
前回に引き続き、今回の舞台は吉祥寺の「音吉!MEG」だ。もともと、1970年オープンの老舗ジャズ喫茶だったが、今では最高品質の機材を常設し、ライブはもちろん、配信もライブハウス顔負けの設備になっている。
そんなジャズベニューで不定期に行われているのが「ジャズ・ヴォーカル・オーディション」だ。事前エントリー制で6人限定。他店舗でよくあるジャズ・ボーカル・セッションデーとは趣が異なるオーディション、つまりプロが「審査」してくれるわけだ。自分の長所や短所、レベルを知ることができる貴重なチャンスである。今回の参加者(ボーカリスト)を迎え入れてくれるセッションメンバーは大江陽象(ドラムス)、竹田康友(ベース)、南野陽正(ピアノ)のトリオだ。
この日のホストプレイヤーである大江さんはこう語る。
「今日のコンセプトは “カラオケ” ではありません。我々、ピアノトリオがイントロとエンディングを演奏しますので、それに対して歌のコミュニケーションを取れる人が、これからステージに立つための審査基準のひとつです。そして、本日の楽器隊の編成は最高です。それぞれキャリアが20年以上あり、フィーリングはバッチリです」
なんだか、えらいところに来てしまった……。もう2年くらいこの連載は続いているが、実際にセッションに参加するのは今回で3回目だ。そして、そのうち2回はフレンドリーなジャズボーカル・セッションデーだった。それから1年近くブランクが空いている。本気の草野球チームに読売ジャイアンツのレプリカユニフォームで参加するような状態だ。
ただ、オーディションとは銘打っているが、なにかを決めるわけではない。もともと2019年に「ジャズ・ヴォーカル・セッション」として始まった「ジャズ・ヴォーカル・オーディション」は今回で11回目だという。
「というのも、これは『音吉!MEG』というお店にとって大切だからこそ、継続して開催されています。ここで歌うことで、全世界に配信することもできる。つまり、素晴らしいボーカルであれば『今後はお店のためにもライブをやってほしい』という趣旨なんですね。私自身も今回のオーディションのために、『参加してほしい』と知り合いに声をかけました」
そう語るのは前出の大江さん。
「もともと先代(寺島靖国氏)はこの店を “ジャズヴォーカルの登竜門” と位置付けていました。その伝統を引き継いで、素晴らしいジャズボーカルが生まれる場所にしたいと我々も思っています。これまで10回のオーディションを行いましたが、ここから次のステージに飛び立った人もいます」
いよいよ、場違いなところに来てしまった……。この日、5曲は歌わなければならないのだが、筆者は3曲しかレパートリーがない。
ちなみに、他の参加者は20〜30代の女性と、近所に住むおじいさんだ。みんな経験者で、自分で演奏やバンドを組んでいる人が多いようだ。しかも、それぞれ青梅市や浅草からわざわざ吉祥寺まで出向いており、並々ならぬ意気込みを感じる。どうしよう……。
大失敗! “間奏がない曲” を選んでしまった…
開演時間となり、ハウスバンドによる演奏がスタート。1曲目はミュージカル『マイ・フェア・レディ』より「あの娘の顔に慣れてきた」という、今ならコンプライアンスに引っかかりそうな邦題だ。
もう1曲演奏した後、いよいよオーディションが始まる。今回は6人いるため、順番に歌っていくのだが、筆者は5番目で唯一の若い男性ボーカルだ。ちなみに6番目のおじいさんはしゃがれ声で渋みのある歌唱。
一方、筆者は自分で言うのもなんだが「ハツラツとしたハスキーボイス」だ。Mr.Childrenの桜井和寿のモノマネをさせれば、右に出るものはいない。
ただ、あまり低い声が出ず、白玉系のポップスでなければ正直、味を出せないどころか歌えない。つまり、ジャズボーカルには向いていない。長年、軽音楽部でボーカルとして活動してきたが、そこで歌っていたのはおもにシャウト系。毎年、新歓ライブでは後輩に誘われてクラッシュ、セックス・ピストルズ、アリス・イン・チェインズなどを歌ってきた実績はあるが、やっぱりジャズとは縁遠い気がする。
それらを考慮して、メロディアスな男性ヴォーカル曲で、なおかつロックやブルースに近いフィーリングの曲を探した結果、今回1曲目に選んだのはルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」だ。
もはや誰も選ばないようなベタ中のベタだから被ることはないだろう。これまで、たびたび「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」をギターとボーカルで共に練習してきたが、確実に被ってしまう。だからこそ、ここは敢えてサッチモだ。しかもこの曲ならラモーンズのジョーイ・ラモーンが2002年にカバーしたバージョンをよく聴いていたので、新たに聴き直す必要がなく、すぐに歌えると踏んだのだ。
早速ステージに立ち、自己紹介でスベったあと、曲目を告げてセッションがスタート。
演奏が始まったのはいいが、どこから歌が入ればいいのかわからない。が、とりあえず歌い始める。本気のオーディションのため、譜面台はなく、格好悪いが歌詞カードを手に握りしめて歌う。
しかし途中まで歌って気づいてしまった。
「この曲、歌い始めると間奏がなく最後までボーカルが続くのだが、どうしよう……?」
案の定、自分では最後のヴァースまで歌い切って安心して終わらせるつもりだったが、これは「ジャムセッション」だ。カラオケではない。楽器隊の演奏は続く。
「あれ? これ、最後にどこかでもう1回歌う必要があるの?」
結局、何度も最後のヴァースを歌ってはまた間奏に入りを繰り返し、なんだかんだでセッションメンバーたちが終わらせてくれた。普通に歌わせてはくれないということを忘れていた。というよりも、演奏者たちとのコミュニケーションが取れていなかったのだ。
本気すぎる参加者たちに圧倒されまくり
意気消沈しながら、ほかの参加者の演奏に耳を傾ける。その間に歌われた楽曲はざっとこんな感じだ。
◎シャドウ・オブ・ユア・スマイル
◎クライ・ミー・ア・リヴァー
◎オールモスト・ライク・ビーイング・イン・ラヴ
◎ボディ・アンド・ソウル
◎タキシード・ジャンクション
◎恋のチャンスを
◎ザッツ・ライフ
◎ア・タイム・フォー・ラヴ
◎エンジェル・アイズ
◎ザ・マン・アイ・ラブ
など……、男女関係なくカバーされているスタンダード曲を歌い上げている。
なるほど。「シャドウ・オブ・ユア・スマイル」はアストラッド・ジルベルトのバージョンなら歌いやすいかもしれない。あと、まさか「懐かしのニューオリンズ」でサッチモ被りするとは思わなかった。意外と歌える曲があることを知った。
それに、みんな筆者のように譜面の歌詞を見ながら歌うのではなく、ちゃんと記憶して演奏者たちと目配せしながら歌っている。これこそがジャムセッションだ。みんな発音も上手く、改めてこれがオーディションであることを思い知らされる。
そんなことを考えているうちに、筆者の2回目の順番が回ってきた。セッションメンバーに渡した楽譜は「枯葉」だ。この曲は以前にギターで練習したことがあり(コードをなぞった程度だが)、なんとなくボーカルのメロディも頭に入っている気がする。ほとんど歌ったことはないが、大きく外すことはないはず。しかもこの曲であれば間奏の位置もどこかもわかる。
前回と同様、歌う前に一言。曲紹介とエピソードトークを披露するがスベる。そして歌い始めると、先ほどの失敗と緊張が相まって、歌い出しのキーを2回も間違えてしまう。セッションメンバーたちの判断で2回とも演奏が止まった。「枯葉」なのに……。
歌い切ったのはいいが、キーがブレブレだったため消化不良だ。改めて、自分が生半可な気持ちでステージに立っていることを痛感した。前出の巨人軍のレプリカユニフォームではないが、完全に浮いてしまっている。もう、帰りたい……。
十八番も通用せずお手上げ状態
今回のオーディションは2時間の長丁場。ほかの出場者は5曲分持ってきているが、筆者は勝手にレパートリーを削ったため、楽譜も3曲分しかない。さすがにスタンダードが歌われているような現場だ。今回ばかりは「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」を歌えばよかったのかもしれない……。
一方、ほかの出場者たちはレパートリーが豊富で、ついには「サマー・サンバ」というポルトガル語の曲まで飛び出した。それも、なんちゃって発音ではない。みんな本気でヴォーカリストとしての成功を目指しているのだろう。それに比べて筆者は、ステージに1回立つごとに消耗している。
もうこうなったら十八番を出すしかない! ということで、最後の自分の順番では「君の瞳に恋してる」の楽譜を3人に渡す。以前、カフェテラオ(当連載「第16回」)で歌ったときに大盛り上がりした成功体験があるので、絶対に外さない自信がある。しかもこの曲は間奏に入っても有名なフレーズが始まればサビを歌って復帰することができるため、リカバリーも可能だ。
演奏前にセッションメンバーたちと打ち合わせが始まる。これまでの楽曲と比べてジャズ要素が薄いためか、「これどんな曲なんだっけ?」「4ビートですか?」と疑問が出た。あっ、なんかマズいぞ……。
ここで筆者が引っ張ることができれば良いのだが、いくらボーカル・オーディションとはいえ、ステージに立つ4人がしっかりとコミュニケーションを取れなければ演奏も始められない。ボーカリストがしっかり説明できればいいのだが、細かい音楽理論はよくわからないので、うまく伝えられない。鼻歌で説明するしか術がない。
入念に打ち合わせをしたはずだが、やはりいつものようにうまくいかなかった。結局全曲外してしまったじゃないか……。落ち込んでいる筆者に、ベースの竹田さんがこう耳打ちしてくれた。
「じつはこの曲、いろんな現場でよくトラブっていますよ」
えー! また、歌える曲が減った。もっと普通に歌えるジャズのスタンダードを知りたい。
ボーカリストは自分の楽譜を読み直そう
こうして、2時間半のボーカル・オーディションは終了した。冒頭でも紹介したように、この日に誰かが優勝するわけではない。ただ、最後にホストを務めた大江さんは、参加者たちにこう語った。
「まず大切なのは、“伴奏+歌” ではなくボーカリストがバンド演奏の中に溶け込んでいくこと。つまり、バンドと一緒に音楽を作っていくなかで、ボーカリストがフロントマンとして自分のイマジネーションをみんなに伝えて、歌いたい方向に声やイマジネーションでリアクションすることです。難しいと思いますが、我々も30年以上、国内外で活動してきて、そういったボーカリストたちとたくさん出会ってきました。そういう存在を目指しましょう」
また、ベースの竹田さんは参加者たちが持ち寄った「楽譜」についても注意点を説明した。
「譜面はちゃんと書きましょう。コードが少しでも違うと、今回の場合はベーシストとピアニストが躓いてしまいます。そのため、我々に渡す前に一度添削してみてください」
なるほど。筆者の場合はキーもコードも見ずに、「ぷりんと楽譜」で印刷したものをそのままA3で出力して持ってきてしまった。こういう参加者はどの現場に行っても好かれないだろう。そういえば前回も「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」のあまり例を見ないキーのバージョンを持って行き、結局『黒本』のコードで進めてもらったことがある。演奏者の気持ちを考えないといけないのだ。
例えばギタリストであればEからAへのスライドは簡単にできるが、ピアノの場合はそんなにすんなりとはできない。こうした心遣いも必要なのだろう。ボーカリストは、自分だけではなく、全員が気持ちよく演奏できるような下地を作らなければいけない。
非常に勉強になったが、改めて自分の実力のなさを実感してしまった。それにイベント終了後、みんなが仲良くジャズ談義しているのを見て、自分は「上手くできなかった」という負い目があるため加われなかった。羨ましいな……。
悔しくて、帰りに2時間カラオケボックスでMr.Childrenを歌い、今日の失敗を上書きした。次こそは頑張りたい。
取材・文/千駄木雄大
撮影/山元良仁
ライター千駄木が今回の取材で学んだこと
1. レパートリーは5曲は準備しておけ
2. ボーカルセッションもジャムセッション
3. キーを外すと台無しだからうろ覚え禁止
4. 別の場所ではウケた曲も外すこともある
5. 独りよがりにならずに楽器隊とコミュニケーションを
音吉!MEG
https://otokichi-meg.net/